身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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始まりは王女の名で

逃げ出したい願望①

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 私のカミングアウトから1時間後、息を吐くのも躊躇う程、重い沈黙が部屋を満たしている。

 この部屋には、ベッドの上で座り込んだまま俯く私と、壁際で腕を組んだまま眼光だけ鋭さを増すレナザード。

 そして、微妙な表情のケイノフに、横を向き、肩を震わすダーナが、ベッドを囲むように一定の距離を開けて立っている。


 何故こんな状況になったかというと───。


 燭台が倒れた音は、相当大きかったらしく、私のカミングアウトからすぐに帯剣したケイノフとダーナが部屋に飛び込んできたのだ。

 ただならぬ様子の私とレナザードに、理由を知らないケイノフとダーナは、とりあえず優先順位として、やんごとなき王女の身の安全を守るために、自分の主を羽交い絞めにしてしまったのだ。

『この戯け者!!先ずは話を聞け!』

 レナザードの一喝で、事の真相は明かされ、レナザードは二人の側近から自由になることはできた。

 けれど、寝込みを襲ったあげくに、私が偽りの王女と知ったという衝撃的な事実に、ケイノフは呆れ、ダーナは堪えきれずにとうとう豪快に笑い転げ出した。

「若、女性の寝込みを襲うなど、以ての外であります」

 ひとしきり笑い終えたダーナは、きりりと姿勢を正しレナザードに注進する。しかし、爆笑した後の注進は、まったく信憑性がない。

「この状況で大笑いできるお前こそ、以ての外だ。とりあえず息をするな、何なら死んでみるか?」

 レナザードは殺気のこもった視線でダーナを睨みつける。

 それは八つ当たりです。

 そう思った瞬間、何故かケイノフと目が合ってしまった。間違いない、彼も心の中でレナザードに同じ突っ込みを入れていたはずだ。そうとわかっても今は口に出す時では無い。お互い、軽く咳払いをして、静かに視線を外すことにした。

 それから再び沈黙が落ちる。が、それを破ったのはダーナだった。

「一先ず、隣の部屋に移動しましょっか」

 確かにそうして貰えると有り難い。冷静に考えてみれば、この状態は夜着のままでベッドにいる私を3人の男性が囲んでいるという図だ。あんなカミングアウトをした後だから絶対に男女のホニャララになる訳ないけれど、やはり私も年頃の女性ということで、そわそわと落ち着かない気持ちになる。

 ということで、ダーナの提案に異を唱えるものは一人もおらず、皆、無言で部屋を移動した。




 移動と言っても、扉を開けて隣の部屋に移るだけなので大した時間はかからない。

 ぞろぞろと移動した私達だったけれど、レナザードは無言で窓側のソファに腰を下ろす。ケイノフとダーナはその両脇に立つ。普段からそうしているのだろうと思わせる自然な流れだった。 

 そして私はというと、あんなことをしてしまった後だ。今更、逃げ出すつもりはないので、少し距離を置いて、レナザードの正面に立つ。

 そして私とレナザードが向かい合ったのが合図となり、ケイノフが口を開いた。
 
「確認しますが、あなたはティリアさまではない、ということですね?」

 ケイノフの問いに、私はこくりと頷いた。

「はい。私はティリア王女の身代わりです。私が身代わりだとわかれば、皆様に何をされるかわからなかったので……ずっと偽っておりました。本当に申し訳ありません」

 言い訳するつもりはない。ありのままを話して、私は深く頭を下げる。

「なるほど、そういうことでしたか。それでティリア王女は何処に────」
「お答えすることはできません」

 間髪いれずに即答してみた。というか、あの二人の行く先など知るものか。それに対し、ケイノフは私の食い気味の返答に、ふうと溜息を付いた。

「何度も申し上げていますが、私達はティリア王女に決して危害を与える者ではありません。居場所だけでも……どうか教えていただけませんか?」

 ケイノフは穏かな口調を崩さず問いかけるが、それでも私は首を横に振り続けることしかできない。

「なあ、嬢ちゃん、俺らは別にならず者って訳でもないし、王女さまを見つけてどうこうするつもりもないんだよ。頼むから、教えてくれねえか?」

 ダーナも砕けた口調で説得するけれど、私はただ首を横に振るしかできない。

 私を相当な頑固者だと思ったのだろう、再び想い沈黙が部屋に立ち込める。しかし、その沈黙はレナザードの声で破られた。

「おい、お前。手を焼かすな。さっさと答えろ。わかっていると思うが、お前の生き死には俺が握っているんだ。返答次第では殺すぞ」

 真っ直ぐに私を見つめる瞳は静かな怒りに満ちている。単純に憤怒の瞳の色が紅だとすれば、レナザードの瞳の色は深い深い紫。どうしようもないほどに心を傷つけられた、深い悲しみの色だった。

 こんな哀しい瞳を私は見たことがない。レナザードをそこまで悲しませてしまったことに、胸は激しく痛む。けれど、私にも譲れないものがある。自分の口から特別な想いを持ってしまった人が傷付く言葉を吐きたくない。

 だから結局、私は壊れたおもちゃのように、ただひたすら首を横に振ることしかできない。そしてそうしながら、いい加減諦めて欲しいし、もういっそのことこの屋敷から追い出してほしいと願ってしまう。

「知らないものは知らないんです。これ以上、偽りの王女は不要でしょう。どうぞ今すぐここから追い出してください」

 私の言葉に、レナザードの整った顔が僅かに歪んだ。

「ふざけたことを言うな。さっさとティリアの居場所を言え」
「だから知らないんです」

 若干キレ気味で答えた私に、レナザードは冷酷な笑みを浮かべた。

「お前の命を俺が握っているのだとしても言えないのか?」

 怒りに満ちたその笑みは、畏怖の念を抱くのに十分なものだった。
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