身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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始まりは王女の名で

罪悪感の痛みと終わりを告げる夜明け

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 最高の幸福とは愛する者に殺されること、と昔読んだ小説に書いてあった。その時は陳腐だな、と思ったのが正直な感想。けれど、実際そうなってみると、そうかもね、と思ってしまう私は結構単純な性格なのかもしれない。というか、斬られた筈なのに衝撃も痛みも………ない。


「主、なりません」
 
 沈黙を切り裂いたのは私の血飛沫ではなく、ケイノフの厳かな声でだった。その声で私は、恐る恐る目を開けた。
 
 最初に目に映ったのは、ダーナの後姿。次いで、視線を少し動かせば、レナザードの腕を両手で掴むケイノフの姿。その姿はまるで、私を庇うかのようだった。

 ……どうして?

 想像もしなかった展開に、私は声を出すことすらできない。

「お前達、どういう事だ」

 ダーナの背後から、レナザードの低い声が聞こえる。その声は、怒りを極限までに抑えた、猛獣の唸り声のようだった。

「ティリアさまの居場所を知るのは、この者のみ。今、殺せば、本当にわからなくなります」

 もし仮に私がティリア王女の居場所を知っているならケイノフの言葉は、至極真っ当で、レナザードの怒りを鎮めるには、十分なものであった。でも私は本当に知らない。

 けれど、嘘をつき続けてきた私の言葉など何も信じられないのだろう。

 ケイノフの言葉を受け止めつつも、レナザードは怒りが消えたわけではないのだろう、痛みを堪える様に大きく息を吸った。次いで、ダーナの背後にいる私に向かって口を開く。 

「お前の命はこの俺が預かっている。生かすも殺すも俺が決めること。ここから決して逃げようと思うな、逃げれば……即座に斬り捨てる」

 レナザードは、それだけ言い捨てると乱暴に剣を鞘に収め、足音荒く、私の部屋を後にした。

 ダーナとケイノフは互いに顔を見合わせ、何か言いたそうな感じであった。が、結局私に声を掛けずそのまま部屋を立ち去った。

 誰もいなくなったしんとした部屋でしばらく蹲っていた。罪悪感で、心が引きちぎられそうになる。

 でもこの痛みの全ては……自分の愚かしさが招いたこと

 欺ききることも、彼の見る夢に、留まることもできなかった。
 
 理由は簡単だった、好きになってしまったから。傍にいたいと思ってしまったから。私を見てほしかったから。だけど結局、それは自分の我が侭でしかなかった。結果として最悪な形で露見してしまったのだから。
 
 最初から素直に話せばよかったのだ。そうすればきっと刺すような冷たい視線を受けずに済んたし、こんな胸の痛みを知らないままでいられた。だからこれは当然の報いなのだ。そう自分に言い聞かせて両手で口を覆い嗚咽を堪える。しかし溢れる涙は止まらなかった。
 
 大切なものを失ってしまった。自分の手で壊してしまった。もう、二度と元には戻らない。

 痛いなぁ、辛いなぁ。
 恋がこんなに苦しいものなら、もう二度としたくないって本気で思う。こんな気持ちいらない。

 そんなことを考えながら泣いて泣いて、泣き続け、やっと涙が枯れた頃、東の空が白み始めているのに気付く。

 一睡もできず朝を迎えてしまった。瞼が腫れて頭の芯もずきずきと痛む。部屋は、淀んだ空気が充満していた。

 のろのろと立ち上がり、部屋の空気を入れ替えようと窓を開け、東空を見つめる。
 白み始めた空は、初めて目にしたように新鮮で眩しくて、その美しさに目を細めた。

 昨日と変わらない朝、でも、自分はもうティリア王女としてかしずかれる身分ではない。昨日とは全く違うのだ。
 
 それでも夜は明け、必ず朝は来る。どんなに逃げ出したくても、時は待ってくれない。

 なら、自分は自分の足で歩いて行かなければならない。

 できることはとても少ないが、それでも出来ることから一つ一つ始めていこう。
 私ができる事は……何?

「そんなの一つしかないじゃん」

 思わず零れた独り言に、苦笑いを浮かべてしまう。良かった、まだ笑うことができる。それから思いっきり身体を伸ばして、気合いを入れる為に両頬をパチンと軽く叩いた。よしっと声に出して一つ頷くと、私は目的の場所へと脚を向けた。

 これから先は、なるようにしかならない。ならその時が来るまで、私らしくこの屋敷で生きていこう。ティリア王女ではなくスラリスとして。
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