身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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季節外れのリュシオル

偽りの王女、メイドになる②

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 すぐに理解してくれたのは有り難いが、吹き出したユズリとは反対に私は笑えない状況だ。

 なぜならメイドの管理統括はメイド長に権限がある。加えて一般的にキッチンは不可侵領域となり、例え屋敷の主でも雇用に関して口を挟むことはできない。

 そう今まさに私はこの屋敷のメイドとしての絶賛面接中なのだ。ここで不採用をくらったら、監禁生活か最悪、投獄となるかもしれない。

 自分を偽らずありのままで生きていこうと決めたのは良いが、その決心が今、ユズリに委ねられている。緊張のあまりゴクリとつばを飲んだ私に、ユズリはもう一度くすりと笑って口を開いた。

「あなた素直ね。それに思い切りも良いみたいね。私、気に入ったわ。よし、決めたっ。今日からメイドとして手伝ってちょうだい。………実は一人で屋敷を切り盛りするのは大変だったの。キッチン以外も手伝ってちょうだいね。大丈夫、誰にも文句は言わせないわ。そうそう、これは私からのお願いなんだけど、ついでにリオンの面倒をみてくれたら更に助かるわ」

 つらつらと一気に言い切った後、ユズリはさっぱりとした笑顔を向けてくれた。それはつまり採用決定ということ。じわじわくる喜びよりも前に、思わずはぁーっと大きく安堵の溜息を付いてしまった。

「では……まず、何から始めたら良いのでしょうか?」

 採用して貰えたものの、屋敷にはそれぞれのやり方がある。一言でメイドの仕事といっても様々で、ユズリに教えてもらわなければなにもできないのだ。

 それはユズリもわかっているようで腕を組み、顎に手を添えて少し考えている。

「そうね、まずあなたが最初にすることは……本当の名前を言うことかしら?」
「あっ……名前ですね。えっと、スラリスと申します」

 すぐに居住まいを正し、ユズリに頭を下げた。

「そう、じゃスラリス、さっそく朝食の準備に取り掛かりましょう」
 
 ユズリはこの話はこれでお終いと言うように、ぱんっと手を打つと私に笑顔を向けた。それから、手早くエプロンを掛け仕度の為に釜戸へと向かう。けれどすぐ、あっと声を上げた。

「この恰好じゃ、さすがにマズいわね。ちょっと待ってて。すぐに制服を用意するから」

 そういえば私は夜着のままだった。同じように、あっと声を上げる私を残して、ユズリはパタパタと軽い足音を立ててキッチンを出ていく。それから待つこと2分。

「ごめんなさいスラリス、今はこれしかないの。こんなものでわるいけど、直ぐに仕立てるからちょっと我慢しててね」

 手渡されたのは、ユズリと同じ黒のメイド服。……どうしよう、ユズリはこんなものと言っていたけれどアスラリア国の部屋付きメイドの制服より上等な生地だ。

「……ありがとうございます」

 ちょっと複雑な気持ちを抱えたままぺこりと頭を下げた私に、ユズリは掌で扉を差す。

「あっちで着替えてきてね」
「はい!」

 元気よく返事をして、奥の部屋へと向かい手早く着替える。再びキッチンに戻ると、ユズリは既に朝食の準備に取り掛かっていた。

「スラリス、お皿を並べて頂戴」

 手元から目を離さずそう言って指示を出してくれるユズリは、もう何年も私と共にキッチンで働いているような自然な口調だった。だから私も───。

「はい、ユズリさん、ここに並べます」

 余分なことは口にせず、食器棚から取り出したスープ皿を作業台に並べた。そして、次の指示を待つ間に、使い終わった調理器具を洗う。テキパキと手を動かしながらも、内心ほっと安堵の笑みを漏らしてしまう。この屋敷に来て、やっと本当の意味で肩の力を抜くことができたのだ。

 そんな思いを胸の内だけに留めておけるはずもなく、思いっきり顔に出てしまっていたようだ。ユズリと目が合った途端に吹き出され、今度は私も声を上げて笑ってしまった。

「姫さま~見っけ~」

 その声と同時にバタンと扉が開かれ、私とユズリの笑い声に惹かれるようにリオンが飛び込んできた。

「え!?」
「つかまえたっ」

 目を丸くする私に、リオンはものすごい勢いで突進してくる。転んではいけないと咄嗟に小さな体を両手で抱きとめる。抱きとめられたリオンは、私を見上げて嬉しそうに声をあげる。その笑顔も笑い声も可愛すぎて悩殺ものだ。

 そんな天使のようなリオンに私の頬もだらしなく緩みそうになるが、それを全力で我慢して神妙な顔を作る。子供だから、何もわからないなんて大人の都合の良い解釈でしかない。リオンにだって、この状況をきちんと説明をしなくてはならない。

「リオンごめんね。あのね、私はもう姫様じゃないのよ。スラリスっていうの。今日からここで働くのよ」

 膝を折りリオンと目線を合わせると、わかりやすいように、ゆっくりと説明をした。しかし、だいぶ端折り過ぎたせいか、リオンはその言葉にぱちぱちと瞬きをすると、もう一度姫さま~と言って私に飛びついてしまった。

 駄目だ、まったく理解していない。そんなリオンの背に手を添えながら、目だけでユズリに助けを求める。

「まあ、子供にはちょっと難しかったですか。それに、スラリスのあだ名が《姫さま》だと思えば、このまま良いのでは?」

 ユズリは頬に手を当て事も無げに言うと、あとはよろしくという言葉を残して、お皿の盛り付けを始めてしまった。

 ただのメイドに戻った私が姫様と呼ばれて良いものかと困惑するが、リオンを納得させるには【自害】とか【落城】などといったワードが必須になってしまう。年端もいかない子供にその言葉を使って説明するのは、ぶっちゃけする側もされる側も嫌だと思う。

「ほらスラリス、リオンのことは置いといて、ワゴンに出来上がった料理を移してちょうだい」
「はい!」

 優しく厳しいのはどこのメイド長でも一緒のようだった。ユズリの指示に我に返った私は、今の優先順位はリオンではなく朝食の準備と気持ちを切り替える。

 そしてなぜだか分からないけれど、慌てて立ち上がった私の後にリオンがきゃっきゃと、笑い声を立てながら続いてくる。

 ………まぁ良いか。

 忙しない朝のキッチンでは私の呼び名などさしたる問題ではない。箒とバケツを持った私を見れば、リオンもそのうち理解してくれるだろう。

 そんなことを考えながら、慌ただしい早朝の時間は過ぎていった。
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