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十六夜に願うのは
駆け出した先で向かうところ
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屋敷の主様の廊下を走るなどあってはならないこと。ついでにそんなメイドを叱責するどころか、気遣いの言葉をかけてくれる主様なんて、聞いたことが無い。
けれど、実際ここにいるので、これからは珍しいという表現を使うようにしよう。
なんでそんなことを急に思ったかといえば、廊下を全速力で走り出した私の背後から、【おい、走るな。転ぶぞっ】というレザナードの慌てた声が聞こえてきたから。
そして私は都合よく転ばなければ良いのかと受け取り、走る速度は落とさずに元気よく【はいっ】とだけ返事を返す。
そして無事、転ばずにキッチンに飛び込んだ私は、バタバタと二人分の食器を片付ける。そして一目散にそこを飛び出した。
駆け出した先は、レナザードの部屋ではなく屋根裏にある自分の部屋。
勢い良く部屋に踏み入れた瞬間、思わず苦笑してしまう。そして本音が声に出てしまう。
「……どうかしてる、私」
そう、本当にどうかしている。
レナザードは一介のメイドに単なる気まぐれで声を掛けてくれただけ。もしかしたら、本すら読めない下々の人間を哀れんだのかもしれない。なのに、そんなことどうでもいいやと浮かれてしまう自分がいる。
そしてそうと分かっていても、大急ぎで部屋に戻って服の皺を取って、髪を結い直してしまうなんて。彼の瞳に写る自分が少しでも綺麗でありたいなんて。本当にどうかしてる。
でも浮きだってしまう気持ちは隠しようがない。
本を読めることは、もちろん嬉しい。でも私にとったら……指を折って数えてみると、なんと8年ぶりの再会だったのだ。そう、8年ぶりのデートだったりもする。
「あ!リボン」
良く見れば、制服のリボンの端が少しだけ濡れていた。慌てて食器を片付けたせいだ。まったくもう、と自分にちょっとだけ苛立ちながらも、すぐに新しいリボンに取り換えて、バタンと大きな音を立てて部屋の扉を閉めた。
それからバタバタと廊下を全速力で走り抜けながら、かつて彼と共に過ごした時間を思い出す。
待ち合わせの約束なんてしたことがなかったし、そもそも確約ができなかったから時間が取れれば、お互い勝手に待ち合わせの小屋に足を運んでいた。
だから会える時はいつも突然だった。私が先に到着しているときもあれば、レナザードがもう既に待っていてくれている時もあった。
そしてどちらにしても彼は会えた瞬間、決まって眩しそうに眼を細めてくれた。そしてすぐに肩の力を抜いてほっとしたような笑みを浮かべてくれていた。
そうだ、私はあの瞬間がたまらなく好きだった。
そんなことを思い出しながら疾走していた私だったが、レナザードの部屋の直前でぴたっと足を止める。乱れる心音を落ち着かせようと大きく深呼吸する。乱れた息は収まったけれど心音はバクバクしっぱなしだ。……まぁそれは仕方がない。
一つ頷いて、最後に窓を鏡代わりにして身支度のチェックをする。全力疾走のせいでちょっとだけ髪が乱れたけれど今朝よりは整っているので良しとしよう。
「うん、よし!」
大きく頷いて、歩を進めるとレナザードの扉をノックする。そして勝手に入ってくれば良いという彼の言葉に甘えて、私は勢いよく扉を開けた。そして───。
「お待たせしましたっ」
隠しきることができなかった笑みが、レナザードに向かって零れ落ちる。そんな私を、レナザードは眼を細めて向かい入れてくれる。
「ほら、好きなだけ読め」
私の大好きな彼は、そう言って肩の力を抜いてほっとしたような笑みを浮かべてくれた。
きっとレナザードが眼を細めたのは、逆光で眩しかったからだろう。そしてほっとしたような笑みに見えたのは、私がそう都合よく受け取ってしまっているだけかもしれない。
そんなふうに自分に言い聞かせてみても、8年前のあの頃と変わらない彼の仕草に眩暈がする程、嬉しかった。
けれど、実際ここにいるので、これからは珍しいという表現を使うようにしよう。
なんでそんなことを急に思ったかといえば、廊下を全速力で走り出した私の背後から、【おい、走るな。転ぶぞっ】というレザナードの慌てた声が聞こえてきたから。
そして私は都合よく転ばなければ良いのかと受け取り、走る速度は落とさずに元気よく【はいっ】とだけ返事を返す。
そして無事、転ばずにキッチンに飛び込んだ私は、バタバタと二人分の食器を片付ける。そして一目散にそこを飛び出した。
駆け出した先は、レナザードの部屋ではなく屋根裏にある自分の部屋。
勢い良く部屋に踏み入れた瞬間、思わず苦笑してしまう。そして本音が声に出てしまう。
「……どうかしてる、私」
そう、本当にどうかしている。
レナザードは一介のメイドに単なる気まぐれで声を掛けてくれただけ。もしかしたら、本すら読めない下々の人間を哀れんだのかもしれない。なのに、そんなことどうでもいいやと浮かれてしまう自分がいる。
そしてそうと分かっていても、大急ぎで部屋に戻って服の皺を取って、髪を結い直してしまうなんて。彼の瞳に写る自分が少しでも綺麗でありたいなんて。本当にどうかしてる。
でも浮きだってしまう気持ちは隠しようがない。
本を読めることは、もちろん嬉しい。でも私にとったら……指を折って数えてみると、なんと8年ぶりの再会だったのだ。そう、8年ぶりのデートだったりもする。
「あ!リボン」
良く見れば、制服のリボンの端が少しだけ濡れていた。慌てて食器を片付けたせいだ。まったくもう、と自分にちょっとだけ苛立ちながらも、すぐに新しいリボンに取り換えて、バタンと大きな音を立てて部屋の扉を閉めた。
それからバタバタと廊下を全速力で走り抜けながら、かつて彼と共に過ごした時間を思い出す。
待ち合わせの約束なんてしたことがなかったし、そもそも確約ができなかったから時間が取れれば、お互い勝手に待ち合わせの小屋に足を運んでいた。
だから会える時はいつも突然だった。私が先に到着しているときもあれば、レナザードがもう既に待っていてくれている時もあった。
そしてどちらにしても彼は会えた瞬間、決まって眩しそうに眼を細めてくれた。そしてすぐに肩の力を抜いてほっとしたような笑みを浮かべてくれていた。
そうだ、私はあの瞬間がたまらなく好きだった。
そんなことを思い出しながら疾走していた私だったが、レナザードの部屋の直前でぴたっと足を止める。乱れる心音を落ち着かせようと大きく深呼吸する。乱れた息は収まったけれど心音はバクバクしっぱなしだ。……まぁそれは仕方がない。
一つ頷いて、最後に窓を鏡代わりにして身支度のチェックをする。全力疾走のせいでちょっとだけ髪が乱れたけれど今朝よりは整っているので良しとしよう。
「うん、よし!」
大きく頷いて、歩を進めるとレナザードの扉をノックする。そして勝手に入ってくれば良いという彼の言葉に甘えて、私は勢いよく扉を開けた。そして───。
「お待たせしましたっ」
隠しきることができなかった笑みが、レナザードに向かって零れ落ちる。そんな私を、レナザードは眼を細めて向かい入れてくれる。
「ほら、好きなだけ読め」
私の大好きな彼は、そう言って肩の力を抜いてほっとしたような笑みを浮かべてくれた。
きっとレナザードが眼を細めたのは、逆光で眩しかったからだろう。そしてほっとしたような笑みに見えたのは、私がそう都合よく受け取ってしまっているだけかもしれない。
そんなふうに自分に言い聞かせてみても、8年前のあの頃と変わらない彼の仕草に眩暈がする程、嬉しかった。
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