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【現在】居候、ときどき助手編
8.助手の仕事がありません
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どこの世界でも、助手というのは雑用をこなすのが主な仕事のはずだ。けれど、私は日がな一日ぼんやりと過ごしてしまっている。
朝起きれば、既に朝食が用意されていて、屋敷は常に清潔に保たれている。
日本にいた頃、私は諸般の事情で一人暮らしをしていたので家事もしていたし、勉強は程々、遊びは全力で毎日を忙しく過ごしていた。
聖女時代は、やることは少なかったけど、毎日、ピリピリした生活を送っていたし、放浪時代はそれなりにやることがあった。
まさか、助手という肩書をもらった途端に、こんなに暇な生活になるなんて誰が想像できただろう。
私の上司となるデュアといえば、暗殺者は内密の仕事で、王城での執務が主な仕事なのだ。しかも戦争が終わっても情勢が落ち着いていない現在、超多忙を極めている。城に泊まり込む日も多く、何日も顔を合わせないこともしばしば。
そんな時、私は三度のご飯と合間に用意されるお茶を頂く以外、まったくやることがないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「スイ様、頼まれていた本をお持ちしました」
ノックの音と共に扉を開ける音がして、次いでロゼ爺の穏やかな声が聞こえる。窓に写る景色をぼんやり眺めていた私は、慌てて振り返った。
入口に立つロゼ爺の手には数冊の本がある。出窓によじ登っていた私は、ぴょんと飛び降り、そのままの勢いでロゼ爺に駆けよった。
「ありがとうございますっ」
あまりの暇さに発狂寸前だった私は、ロゼ爺に何でもいいから暇つぶしになるものをくださいと、懇願したのだった。最初は、刺繍と楽器を進めてくれたけど、私は丁寧にお断りした。刺繍をしたら布と糸が無駄になってしまうし楽器はそもそも苦手だ。聞けたものじゃない。
本を受け取って、ぺこりと頭を下げる私にロゼ爺はにっこりとほほ笑んでくれた。
「他にもなにかご希望がありましたら、なんなりとお申し付けください」
慇懃に礼をするロゼ爺に、それじゃあと、ダメもとで聞いてみた。
「ちょっとだけ、外に行って来ても良い?」
「駄目です」
私のささやかなお願いは、瞬殺されてしまった。まぁこれは、デュアからも駄目だと言われていたことなので想定の範囲内だ。でもって、もう一つのお願いも口にしてみる。
「お手伝いさせてください」
「もっと駄目です」
にべもなく断られてしまった。と、いうか外に出るより手伝いをするほうが駄目の度合いが強いというのはどういうことなのだろう。
デュアの屋敷は、王直属の家臣としては小さいけれど、それでも二階建てのレンガ造りの屋敷は十分に広い。それに加えて屋敷の三倍以上ある広い庭まである。
そんな広大な屋敷をロゼ爺は一人で切り盛りしている。それはさすがに老体に酷すぎるだろうと、手伝いを買って出たけれど、頑として首を縦に振ってくれなかった。もちろん今日もである。ちなみに昨日も断られたし、一昨日も以下同文。
ロゼ爺曰く、庭師も掃除婦も通いで来てもらっているので、ロゼ爺の仕事はデュアと私の食事とお茶の準備と、屋敷の細々とした維持管理だけらしい。………それだけでも、十分忙しいと思う。
それなのに、皿洗い一つやらせてもらえないなんて、私はそんなに役立たずに見えるのだろうか。これでも一人暮らしをしていた身としては、それはそれで傷つく。
全てにおいて駄目だと言われ、自棄になった私はこんなことも聞いてみた。
「ロゼフさんの事は、これからロゼ爺って呼んでも良いですか?」
「光栄でございます」
それは良いんですか!?自分で言っておきながら、ちょっと慄く私にロゼ爺は、ほっほと、声を出して笑う。
「そうそう、言い忘れてましたが、先ほど、デュア様がお戻りになりました」
だからロゼ爺、それ早く言ってください!!!!
ノックもそこそこにデュアの部屋兼執務室に入ると、勢い良く口を開いた。
「デュア、お帰りなさい。で、お手伝いさせてください!」
「ない」
無下に断れた私は不貞腐れながらも、デュアの傍から離れない。
もちろん私は、デュアとはあの夜が初対面ということを意識して、他人行儀に敬語を使って距離を置こうとしていた。
でも、そんな小細工をしなくても、デュアは私に無関心なのか、忙しいのかわからないけれど、どんどん顔を合わす時間が減っていく。
ある程度、距離を保たないといけないと自制しつつも、完璧に距離が離れてしまうのは寂しいので、こうしてデュアが屋敷にいるときは自分から近づいてしまうのであった。
「お茶飲む?あ、空気がこもってるね。そろそろ換気しよっか」
書類から目を離さないデュアを無視して、私は窓に手をかけようとするが……。
「喉は乾いてない。それに、窓を開けるな。書類が飛ぶ」
「……さようですか」
今日もデュアは素っ気ない。
こんなデュアだから、どうせ彼が距離を置くなら、別に私が距離を置かなくても良いのではという結論に至ったのだ。
でも、一度も邪魔だ出ていけとは言われたことはない。私が近づくのは構わないけど、自分からは構わないというスタンスだと都合よく解釈する。
ちらりとデュアを見ると、デュアは書類を両手で持ち、とんとんと机で叩きながら束ねている最中だった。
書類を束ねる音と共に、シャンシャンと小さな鈴のような音が鳴る。それは、デュアの左腕に嵌めてある腕輪からの音だった。
───懐かしいなぁ……。
ふとそんな思いが沸き上がって、デュアの左腕をぼんやりと見つめる。
あの腕輪は、ガダルド王から選ばれた者しか嵌めることができないもの。聖女だった私も王様から贈られて、日本に戻ろうとした当日まで身に付けていた。
腕輪には石が埋め込まれていて、その石の色は王様が決める。ちなみにデュアは青色で私は白だった。
これ以上見ていたら聖女だった私と今の私の境界線が曖昧になりそうで、慌ててデュアから目を逸らして代わりに部屋を見渡す。
デュアの部屋は執務室も兼ねている。まさに執務室と呼ぶにふさわしい、大きな机と、一面に本棚が設えているだけの簡素な部屋だった。
装飾品の類はものの見事に一切ない。一応、来客の為の長椅子とテーブルはあるけれど、長椅子の端に無造作に置かれたクッションは、真ん中が凹んでいる。これは来客の為ではなくデュアが仮眠を取るための長椅子なのだ。
その長椅子に腰かけて、足をぶらぶらとさせながら、デュアに問いかける。
「ねぇ、デュアって結婚してるの?」
「してない」
「彼女はいるの?」
「いない」
「じゃ、好きな人いる?」
「……お前、暇なんだな」
その通りです。でも、今の質問はずっと気になっていたことだったので、決して暇つぶしで聞いたわけではない。
一応これでも気を遣っているのだ。この広い屋敷にデュアは、ロゼ爺と二人っきりで生活をしている。でも、本当はもう一人を呼びたくても呼べない状況にあるのではないかと。
そのもう一人というのは、まぁ……恋人というか伴侶というか、デュアがイチャコラできる相手のこと。私が居座るせいで、デュアがそういうことができていないのではないかという気遣いだ。
それと今日私が着ている服は若葉色の膝下まであるワンピース。置き引きにあった私は、持っている服は一着しかない。しかもそれ、日本の制服。なのでデュアが用意してくれた服を有り難くお借りしてるんだけど、その量がハンパない。3着あれば充分だと思っていたのに、いつの間にかクローゼットにパンパンになっている。忙しい二人が、居候の私の為に用意できる時間も理由もないはず。
あー……ひょっとしたらこの服、デュアの恋人さんから譲ってもらった服なのかな?と推測し、それなら是非ともお礼を言いたいなって思うんだけど───。
「くだらないこと言ってないで、部屋で本でも読んでろ」
「……」
人の気も知らないデュアはジロリと私を睨みつける。私は不貞腐れた表情を隠さず口を開いた。
「助手を雇うぐらい、お仕事忙しいんじゃないの?」
それとも私が役立たずってことなの?という質問は、是と言われたら、ちょっと立ち直れないので自分の胸の中に秘めておく。
私の問いにデュアは、顎に手を当てたまま答えてくれない。何を考えているのだろう。デュアの整い過ぎた顔は、黙ってしまうと何を考えているのかわからない。
しばらく無言の時間が過ぎる。デュアが口を開いたのは、数分後だった。
「まぁ、そろそろ頃合いか」
「何が?」
何が頃合いなのだろうか。独り言すぎて、良くわからない。首を傾げる私に、デュアはこう言った。
「盗まれた荷物、詳しく教えてくれ」
質問の答えになっていない。あと、藪から棒にどうしたと思ったけど、デュアと会話のキャッチボールができそうなので、素直に答える。
「着替えと、身の回り品がちょっとだけだよ」
「大雑把すぎる。詳しくって言っただろ?ちゃんと言え」
キャッチボールはできたけど、何かちょっと違うと思いつつ、もう一度ちゃんと言ってみる。
「鏡と櫛、あと護身用の短剣、それから白い花の髪飾り。書きかけの日記帳と万年筆。……着替えというか、ショールが一枚とその……下着。下着っていっても上と下があるか。えっと───」
「それはもういい、貴重品は?」
詳しく言えと言ったくせに、遮られてしまい、ちょっとイラっとする。まぁ、私も自分の下着について語りたくなかったので、良しとしよう。気持ちを持ち直し、デュアの問いに答える。
「金貨が2枚と銀貨が数枚あったけど、それは諦める」
もともと聖女時代だった時に護衛をしてくれていた一人のカダンが日本の通貨に興味をもってくれて、小銭と交換したものだったのだ。カダンには申し訳ないけど、取り戻そうとは思わない。
「以上……かな」
「…………」
デュアは、口を閉ざしてしまった。
何も言われないと、諦めるつもりの所持金以外はガラクタばかりと言いたいのかもしれないと悪いほうに考えてしまう。そして、そう考えてしまったら、勝手にガラクタ呼ばわりするなと怒りがこみあげてくる。
確かに、文字にすればガラクタに聞こえるかもしれない。でも、私にとっては一つも無くすことのできない全部大切なものだ。
一つ一つに思い出が詰まっている。そしてそれらは、もう二度と取り戻せないものだ。
鏡と櫛は、桶に張った水を鏡代わりにして手櫛で髪を整えていた私にアスラが贈ってくれたもの。
短剣はサギルとカダンが護身用に用意してくれたもの。手の小さい私の為に、握りやすいように改良してくれた世界でただ一つしかないもの。
貝殻の髪飾りは下手くそな看護をしてくれたお礼にって兵隊さん達から贈られたものでショールはホームレス中に宿屋の女将さんが見かねてくれたのだ。デュアから貰ったものだって、ちゃんと大事にしていた。
それらの全ては、皆とちゃんとお別れできなかった代わりに絶対に日本に持って帰るって決めていた私の宝物ものだったのだ。それなのに───
「ま、全部とは言わないが、ある程度戻ってくる可能性はあるな」
「へぇ?」
勝手に腹を立てていた私は、意外な返答に目を丸くする。
「アテはあるの?」
「ああ、とりあえずこれが、お前の初仕事になるかな」
ここで、まさかの初仕事になるとは思ってもみなかった。デュアのその言葉で不機嫌が一気に上機嫌になる。我ながら単純だ。
「デュア、私、頑張るね!」
任せてと胸を張って言ってみたら、デュアに真顔でこう言われてしまった。
「別に張り切らなくていい。ただ、余分なことだけはするなよ」
引きつった笑顔を浮かべた私を無視して、デュアはマントを羽織り立ち上がった。
あれ?屋敷にいるのに木枯らし吹いた気がする。おかしいなぁ。
朝起きれば、既に朝食が用意されていて、屋敷は常に清潔に保たれている。
日本にいた頃、私は諸般の事情で一人暮らしをしていたので家事もしていたし、勉強は程々、遊びは全力で毎日を忙しく過ごしていた。
聖女時代は、やることは少なかったけど、毎日、ピリピリした生活を送っていたし、放浪時代はそれなりにやることがあった。
まさか、助手という肩書をもらった途端に、こんなに暇な生活になるなんて誰が想像できただろう。
私の上司となるデュアといえば、暗殺者は内密の仕事で、王城での執務が主な仕事なのだ。しかも戦争が終わっても情勢が落ち着いていない現在、超多忙を極めている。城に泊まり込む日も多く、何日も顔を合わせないこともしばしば。
そんな時、私は三度のご飯と合間に用意されるお茶を頂く以外、まったくやることがないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「スイ様、頼まれていた本をお持ちしました」
ノックの音と共に扉を開ける音がして、次いでロゼ爺の穏やかな声が聞こえる。窓に写る景色をぼんやり眺めていた私は、慌てて振り返った。
入口に立つロゼ爺の手には数冊の本がある。出窓によじ登っていた私は、ぴょんと飛び降り、そのままの勢いでロゼ爺に駆けよった。
「ありがとうございますっ」
あまりの暇さに発狂寸前だった私は、ロゼ爺に何でもいいから暇つぶしになるものをくださいと、懇願したのだった。最初は、刺繍と楽器を進めてくれたけど、私は丁寧にお断りした。刺繍をしたら布と糸が無駄になってしまうし楽器はそもそも苦手だ。聞けたものじゃない。
本を受け取って、ぺこりと頭を下げる私にロゼ爺はにっこりとほほ笑んでくれた。
「他にもなにかご希望がありましたら、なんなりとお申し付けください」
慇懃に礼をするロゼ爺に、それじゃあと、ダメもとで聞いてみた。
「ちょっとだけ、外に行って来ても良い?」
「駄目です」
私のささやかなお願いは、瞬殺されてしまった。まぁこれは、デュアからも駄目だと言われていたことなので想定の範囲内だ。でもって、もう一つのお願いも口にしてみる。
「お手伝いさせてください」
「もっと駄目です」
にべもなく断られてしまった。と、いうか外に出るより手伝いをするほうが駄目の度合いが強いというのはどういうことなのだろう。
デュアの屋敷は、王直属の家臣としては小さいけれど、それでも二階建てのレンガ造りの屋敷は十分に広い。それに加えて屋敷の三倍以上ある広い庭まである。
そんな広大な屋敷をロゼ爺は一人で切り盛りしている。それはさすがに老体に酷すぎるだろうと、手伝いを買って出たけれど、頑として首を縦に振ってくれなかった。もちろん今日もである。ちなみに昨日も断られたし、一昨日も以下同文。
ロゼ爺曰く、庭師も掃除婦も通いで来てもらっているので、ロゼ爺の仕事はデュアと私の食事とお茶の準備と、屋敷の細々とした維持管理だけらしい。………それだけでも、十分忙しいと思う。
それなのに、皿洗い一つやらせてもらえないなんて、私はそんなに役立たずに見えるのだろうか。これでも一人暮らしをしていた身としては、それはそれで傷つく。
全てにおいて駄目だと言われ、自棄になった私はこんなことも聞いてみた。
「ロゼフさんの事は、これからロゼ爺って呼んでも良いですか?」
「光栄でございます」
それは良いんですか!?自分で言っておきながら、ちょっと慄く私にロゼ爺は、ほっほと、声を出して笑う。
「そうそう、言い忘れてましたが、先ほど、デュア様がお戻りになりました」
だからロゼ爺、それ早く言ってください!!!!
ノックもそこそこにデュアの部屋兼執務室に入ると、勢い良く口を開いた。
「デュア、お帰りなさい。で、お手伝いさせてください!」
「ない」
無下に断れた私は不貞腐れながらも、デュアの傍から離れない。
もちろん私は、デュアとはあの夜が初対面ということを意識して、他人行儀に敬語を使って距離を置こうとしていた。
でも、そんな小細工をしなくても、デュアは私に無関心なのか、忙しいのかわからないけれど、どんどん顔を合わす時間が減っていく。
ある程度、距離を保たないといけないと自制しつつも、完璧に距離が離れてしまうのは寂しいので、こうしてデュアが屋敷にいるときは自分から近づいてしまうのであった。
「お茶飲む?あ、空気がこもってるね。そろそろ換気しよっか」
書類から目を離さないデュアを無視して、私は窓に手をかけようとするが……。
「喉は乾いてない。それに、窓を開けるな。書類が飛ぶ」
「……さようですか」
今日もデュアは素っ気ない。
こんなデュアだから、どうせ彼が距離を置くなら、別に私が距離を置かなくても良いのではという結論に至ったのだ。
でも、一度も邪魔だ出ていけとは言われたことはない。私が近づくのは構わないけど、自分からは構わないというスタンスだと都合よく解釈する。
ちらりとデュアを見ると、デュアは書類を両手で持ち、とんとんと机で叩きながら束ねている最中だった。
書類を束ねる音と共に、シャンシャンと小さな鈴のような音が鳴る。それは、デュアの左腕に嵌めてある腕輪からの音だった。
───懐かしいなぁ……。
ふとそんな思いが沸き上がって、デュアの左腕をぼんやりと見つめる。
あの腕輪は、ガダルド王から選ばれた者しか嵌めることができないもの。聖女だった私も王様から贈られて、日本に戻ろうとした当日まで身に付けていた。
腕輪には石が埋め込まれていて、その石の色は王様が決める。ちなみにデュアは青色で私は白だった。
これ以上見ていたら聖女だった私と今の私の境界線が曖昧になりそうで、慌ててデュアから目を逸らして代わりに部屋を見渡す。
デュアの部屋は執務室も兼ねている。まさに執務室と呼ぶにふさわしい、大きな机と、一面に本棚が設えているだけの簡素な部屋だった。
装飾品の類はものの見事に一切ない。一応、来客の為の長椅子とテーブルはあるけれど、長椅子の端に無造作に置かれたクッションは、真ん中が凹んでいる。これは来客の為ではなくデュアが仮眠を取るための長椅子なのだ。
その長椅子に腰かけて、足をぶらぶらとさせながら、デュアに問いかける。
「ねぇ、デュアって結婚してるの?」
「してない」
「彼女はいるの?」
「いない」
「じゃ、好きな人いる?」
「……お前、暇なんだな」
その通りです。でも、今の質問はずっと気になっていたことだったので、決して暇つぶしで聞いたわけではない。
一応これでも気を遣っているのだ。この広い屋敷にデュアは、ロゼ爺と二人っきりで生活をしている。でも、本当はもう一人を呼びたくても呼べない状況にあるのではないかと。
そのもう一人というのは、まぁ……恋人というか伴侶というか、デュアがイチャコラできる相手のこと。私が居座るせいで、デュアがそういうことができていないのではないかという気遣いだ。
それと今日私が着ている服は若葉色の膝下まであるワンピース。置き引きにあった私は、持っている服は一着しかない。しかもそれ、日本の制服。なのでデュアが用意してくれた服を有り難くお借りしてるんだけど、その量がハンパない。3着あれば充分だと思っていたのに、いつの間にかクローゼットにパンパンになっている。忙しい二人が、居候の私の為に用意できる時間も理由もないはず。
あー……ひょっとしたらこの服、デュアの恋人さんから譲ってもらった服なのかな?と推測し、それなら是非ともお礼を言いたいなって思うんだけど───。
「くだらないこと言ってないで、部屋で本でも読んでろ」
「……」
人の気も知らないデュアはジロリと私を睨みつける。私は不貞腐れた表情を隠さず口を開いた。
「助手を雇うぐらい、お仕事忙しいんじゃないの?」
それとも私が役立たずってことなの?という質問は、是と言われたら、ちょっと立ち直れないので自分の胸の中に秘めておく。
私の問いにデュアは、顎に手を当てたまま答えてくれない。何を考えているのだろう。デュアの整い過ぎた顔は、黙ってしまうと何を考えているのかわからない。
しばらく無言の時間が過ぎる。デュアが口を開いたのは、数分後だった。
「まぁ、そろそろ頃合いか」
「何が?」
何が頃合いなのだろうか。独り言すぎて、良くわからない。首を傾げる私に、デュアはこう言った。
「盗まれた荷物、詳しく教えてくれ」
質問の答えになっていない。あと、藪から棒にどうしたと思ったけど、デュアと会話のキャッチボールができそうなので、素直に答える。
「着替えと、身の回り品がちょっとだけだよ」
「大雑把すぎる。詳しくって言っただろ?ちゃんと言え」
キャッチボールはできたけど、何かちょっと違うと思いつつ、もう一度ちゃんと言ってみる。
「鏡と櫛、あと護身用の短剣、それから白い花の髪飾り。書きかけの日記帳と万年筆。……着替えというか、ショールが一枚とその……下着。下着っていっても上と下があるか。えっと───」
「それはもういい、貴重品は?」
詳しく言えと言ったくせに、遮られてしまい、ちょっとイラっとする。まぁ、私も自分の下着について語りたくなかったので、良しとしよう。気持ちを持ち直し、デュアの問いに答える。
「金貨が2枚と銀貨が数枚あったけど、それは諦める」
もともと聖女時代だった時に護衛をしてくれていた一人のカダンが日本の通貨に興味をもってくれて、小銭と交換したものだったのだ。カダンには申し訳ないけど、取り戻そうとは思わない。
「以上……かな」
「…………」
デュアは、口を閉ざしてしまった。
何も言われないと、諦めるつもりの所持金以外はガラクタばかりと言いたいのかもしれないと悪いほうに考えてしまう。そして、そう考えてしまったら、勝手にガラクタ呼ばわりするなと怒りがこみあげてくる。
確かに、文字にすればガラクタに聞こえるかもしれない。でも、私にとっては一つも無くすことのできない全部大切なものだ。
一つ一つに思い出が詰まっている。そしてそれらは、もう二度と取り戻せないものだ。
鏡と櫛は、桶に張った水を鏡代わりにして手櫛で髪を整えていた私にアスラが贈ってくれたもの。
短剣はサギルとカダンが護身用に用意してくれたもの。手の小さい私の為に、握りやすいように改良してくれた世界でただ一つしかないもの。
貝殻の髪飾りは下手くそな看護をしてくれたお礼にって兵隊さん達から贈られたものでショールはホームレス中に宿屋の女将さんが見かねてくれたのだ。デュアから貰ったものだって、ちゃんと大事にしていた。
それらの全ては、皆とちゃんとお別れできなかった代わりに絶対に日本に持って帰るって決めていた私の宝物ものだったのだ。それなのに───
「ま、全部とは言わないが、ある程度戻ってくる可能性はあるな」
「へぇ?」
勝手に腹を立てていた私は、意外な返答に目を丸くする。
「アテはあるの?」
「ああ、とりあえずこれが、お前の初仕事になるかな」
ここで、まさかの初仕事になるとは思ってもみなかった。デュアのその言葉で不機嫌が一気に上機嫌になる。我ながら単純だ。
「デュア、私、頑張るね!」
任せてと胸を張って言ってみたら、デュアに真顔でこう言われてしまった。
「別に張り切らなくていい。ただ、余分なことだけはするなよ」
引きつった笑顔を浮かべた私を無視して、デュアはマントを羽織り立ち上がった。
あれ?屋敷にいるのに木枯らし吹いた気がする。おかしいなぁ。
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