銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす

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あなたと私の始まり

初夜③

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 私の質問をあくびで遮ったハスキー領主は、手を繋いだままさっさとベッドに移動する。

「あの……」

 そこまで言って口を閉じる。続きの言葉が見つからないのだ。就寝するためにベッドに向かったのか、実は別のいかがわしいことをするためにベッドに向かったのか、それをやんわりと問える話術なんて持ち合わせていないし、ストレートに聞ける程の度胸もない。

 そんなまごまごする私をスルーして、ハスキー領主は繋いでいた手を解くと、するりとベッドにもぐりこんだ。そして枕の位置を調整して、首まで掛布を引っ張り上げている。あ、これ完全に就寝の流れだな。

「君、寝る時は灯りは消す派?それとも、ちょっとだけ付けとく派?」

 ハスキー領主は、枕の位置が気にいらないのだろうか、もぞもぞ微調整をしながら私に問い掛ける。

「特にこだわりはありません」
「そ、じゃ灯りはこのままでよろしく」
「……はい」

 ───私も寝よう。どぎまぎすることが、なんだか無駄に思えてきた。

 ぐるりと回って、私も反対側のベッドにもぐりこむ。おやすみなさいと挨拶はせず、背を向けて目を閉じたその時───。

「あー!」

 ハスキー領主の声で、飛び起きてしまった。うるさいよ、ハスキー領主。さっさと寝ろと悪態をつきそうになる。

「しまった、うっかりしていた。天井開けるの忘れていた」

 天井を開けるってどういうことだろうと首をかしげる。見上げた天井は、しっかり板で閉じられていて開閉など簡単にできる構造ではない。

 何をするのかと見ていたら、ハスキー領主は中指と人差し指を立てると、くるりと円を描いた。

「これでよし、さぁ寝よう」

 天井を見上げた途端、言葉を失ってしまった。
 信じられないことにベッドの部分だけ天井板がパッと消えて、透明になった。雲一つない夜空に月がぽっかり浮かんでいる。

「えー!?」

 今度は私が絶叫する番である。この一ヶ月、色んなことがあった。二度と思い出したくもない経験も恐ろしい体験もした。でも、今のが一番の衝撃だ。

「大丈夫だよ。ちゃんと防寒の術をかけてるから、寒くないよ」
「そこじゃないっ」

 とうとう、ズレた発言をしまくるハスキー領主に我慢ができず、ツッコミを入れてしまった。逆にツッコミを入れられたハスキー領主はキョトンと目を丸くする。

「え何驚いてるの?だって今日は、初夜だよ」

 ここで、ハスキー領主の口から初夜という単語が出てきたのは驚きだけど、今はそのことは置いておく。

「そうじゃなくって、今、何したの!?」
「何って、魔法で天井を開けただけだよ」

 慄きながら絶叫する私とは対照的に、ハスキー領主は平坦な口調だ。それがどうかしたのと言いたげに、蒼氷色の目をぱちくりさせている。

 目の前にいるハスキー領主は綺麗な蒼氷色の瞳だ。そして私の世界では見たこともない色。そうだ、そうだった、ここは異世界で、私の常識は通用しないのだ。 

 深呼吸をすること3回。混乱した頭は完全には回復していなけど、質問できる程には復活していた。

「確認だけど、魔法ってそんなにメジャーなものなの?」
「んー他の領地のことはわからないけど……フィラントでは使える人は限られているけど、認知度は高いなぁ」
「そう。じゃぁ他の領地の人も、ハス……あ、違う。あなたが魔法を使えることを知ってるの?」

 顎に手を当て、ハスキー領主はのんびりと答えてくれた。

「そう……だね。隠してるつもりはないから、知ってる人もいると思うよ」

 そのことを聞いた瞬間、バイザックを心底恨んだ。
 あれだけ馬車の中でフィラント領とハスキー領主のことをくどくどと語っていたのに、なぜこんな肝心なことを言わなかったのか。やはりバイザックは痴呆だったのだろうか。それとも、本当に知らなかったのか。

 無意識にシーツを握りしめる私の隣で、もぞもぞと動く気配する。次いで、ふぁぁと間が抜けた声がした。ハスキー領主が二度目のあくびをしたのだ。

「ごめん、眠いや。今日は魔法もいっぱい使ったし、長い説教も受けたから……続きは明日でもいいかな?」

 私がはいと言う前に、ハスキー領主の寝息が聞こえてきた。ハスキー領主は初夜という認識はあるが、大人しく寝てくれるらしい。

 誰かの寝息というのは、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。ふと冷静になって、予告なしに魔法を見たことは、これはある意味初体験だなと気付き一人小さく笑う。そして私も、静かにベッドに横たわる。 

 天井を仰ぎ見ると、月が二つある。ここは二つの月がある世界。でも私にとって月は夜空に一つしかないものだ。

 片手を持ち上げて、月を一つ隠してみる。そして、私はしばらくぶりに、懐かしい故郷であり、元の世界のことを思い出してみた。
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