先祖返りの吸血鬼

秋初月

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赤い魔物

暗い空間の中で

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ここは、地下深くに作られたとある研究所。薄暗い空間の中で、複数人の幼男女が檻の中に閉じ込められていた。

「嫌だッ!いきたくないっ!」

「黙れ」

「がはっ!」

 顔の見えない白いローブを着た一人の男が、暴れる少年を殴り飛ばして無理やり黙らせる。大人しくなった少年とその光景をみて怯える少年を檻から連れ出す。
 男はガシャンと鍵を掛けて逃げ道を塞ぎ、蹲る少年の襟首を掴み上げて容赦なく連行していく。毎日二人ずつここから連れ出しては、ある場所へと連れていく。

(また連れていかれた…)








「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ひっ!」

 数日が経ったある日、奥から激しい叫び声と衝撃が伝わってくる。その声に皆の身体が縮こまる。私もこれを聴いて大丈夫なはずがない。
 あの二人の前にも同じように選ばれた二人がいた。だが、先ほどの声が聞こえるとまた新しい二人が選ばれて同じように連れ出されていく。
 選ばれたのが自分じゃないと分かると、いけないことだと分かっていながらホッとしてしまう。自分じゃなくて良かった。他の人で良かったという気持ちを抱いてしまう。
 食事は朝と夜の二回与えられ死ぬことがないように管理されている。そして、ここにいるのは全員非力な少年少女だ。逃げ出そうとすれば皆の前で執拗に痛めつけられ、逃げるまたは逃げようとしていた者たちの気力を削いでいく。
 その見せしめによって、この中で逃げようと考えている者は誰もいないが、連れていかれる際には、先ほどの少年のように暴れる者たちはいる。連れていかれたら最後、二度とここに戻って来た者はないのだからそれも仕方ないと思う。

「あはは…お帰りママ!ねぇねぇ、今日のご飯は何?本当!?やったぁ、僕それ大好きなんだ!あはははは。出せ!ここから出せよ!ママが待ってるから早く帰らなくちゃ……」

 突然、一人の少年が独り言を呟いたと思ったら笑い出し、ここから出せと怒り始める。
 ただでさえ、この薄暗い空間と絶望的な状況で精神的に参っている中で、あの得体の知れない叫び声で止めを刺され、あの少年の様に精神が崩壊する者が出てくる。こうした精神に異常を来した者は優先的に連れていかれる。数日後に同じような叫び声が響いてくる。

 そして、ついに私の番が来てしまう。
 フードを被って顔を隠した男が現れ、私の腕を掴んで連れて行こうとする。私は暴れることもせず黙って従う。暴れた者がどうなるのか散々見てきた。痛い思いをせずに済むならそのほうがいい。

 (ああ、もう終わりか…。)

 どこか広い空間に連れてこられ、寝台に寝転がされ四肢を枷で封じられる。
 そして、先ほどの男の他に新たに数人入ってくる。細く鋭い針のついた容器を持った男がやってきて、それを私の腕にプスリと刺して、中の液体を注入していく。

「んっ!」

 チクリとした痛みを感じるも、動くことは出来ない。
 その後、特に何もされずに解放されて先ほどとは違う場所に監禁された。前の二人が戻ってこなかったのは、ここに収容されていたからだった。
 同じようなことが数日間行われたが、まだ変わったことは起きていない。だが、これで終わったわけじゃない。まだあの叫び声が待っている。今は何も起きなくても数日後にあれが待っている。ここに連れてこられたらもう生き残ることは出来ない。

「大丈夫。きっとここから抜け出せる日がくるから。きっと助けに来てくれる人が来るから」

「…アリサ」

 塞ぎ込んでいる私を見て、一人の少女が励ましてくる。アリサだ。
 アリサは、ここに連れてこられる前に私と同じ村で暮らしていた住民で、私の友達だ。
 私たちがいた村は、もう既に存在していない。村の大人たちが呟いていた話によると、ガルジダルカ帝国の侵略してきたらしい。
 どこかに逃げるという選択肢もあったが、貧しい私たちがどこかへ逃げてもそこで飢え死にするだけだった。
 結果、攻めてきた人間によって村の大人たちは殺され、何故か子供は殺されずにこの場所に収容された。

「そんな日なんて来ないよ……。もう何日経ったと思ってるの?」

 抜け出せる日なんて来ない。こんなどこだかわからない場所を見つけ出して助け出してくれる人なんて来ない。もう何日目なのかはわからないけど、既に一ヵ月以上は経っているはず。なのに、一向に助けに来る気配がないのはそういうことだろう。

「大丈夫きっと出られるよ!もし来なくても私が助けてあげる!」

「アリサには無理。捕まってる人に言われても説得力がない」

「何おう!?」

「…ふふ」

「あ、やっと笑顔になった!」

 こんな状況の中でもマイペースなアリサを見て笑ってしまう。
 助けが来ないことは彼女だって分からないはずがないのにどうしてそう前向きになれるのか分からない。だけど、決して心の強くない私が未だ正気でいられたのは、こうして励ましてくれるアリサのおかげだ。




 次の日もまた、同じように注射される日々が続く。

 (また何も変化なかったなぁ。このまま何も起きなかったらどうなるんだろう。解放してもらえるのかな?もし、ここから出ることが出来たらどうしよう)

 もしもここから出ることが出来たらどうしようかと、そんな淡い妄想を浮かべていた私は、先に横になっていたアリサが一瞬だけ小さく震えたのが目に止まった。

「震えてるけど、どうしたの?」

「……床がちょっと冷たくてね」

「確かに、ここの床冷たいもんね」

 この暗い空間の中では時間が分からない。ご飯は二回は朝と夜の二回運ばれてくるみたいだけど、どっちが朝か夜なのか区別がつかない。寝るのは眠くなったらという感覚に委ねている。固くひんやりとしている地面で横になり、重くなった瞼を閉じる。

「ねぇ、アリサ。まだ起きてる?」

「起きてるけど、何?」

「もし…さ、ここから出られたら二人で旅に出ようよ」

「旅?」

「そう、こんな狭いところじゃなくて世界中をまわって色々なことをしてみたいの」

「いきなりどうしたの?」

「もし、ここから出ることが出来たらこの先どうしようかなって思って。もしよかったらだけど、アリサと一緒に旅したいなって思ったんだけど、嫌だった?」

「ううん、嫌じゃないよ。あなたからそう言われてびっくりしたの。実は私も同じことを考えていたの。偶然ね!」

「本当?よかったぁ」

「ここから出たら一緒に旅に出ようね。約束よ?」

「ん!」

 アリサと約束を交わした私は、今度こそ眠りについた。







 今日も今までと同じように四肢を拘束されて動くことが出来ないようにされる。今日もまた注射されて終わりだと思っていた私は、いつもと何か違う感じ取り眉を顰める。その違和感の正体は、男が持つ注射器からだった。

 (何、あの色…?)

 最初は水のような透明な色で、日を重ねていくごとに段々と赤みを増しているのは分かっていた。けど、注射器の中身は、今までより遥かに濃い赤色に濁っていた。

「嫌ッ!やめて、だめっ!それは…!」 

 突然アリサの叫び声が響き渡る。

「アリサっ!?」

 急に暴れ出したアリサに驚く。あんなに取り乱したアリサは見たことがない。ここに連れてこられてからずっと狂うことなく精神力の強かったアリサが狂ったように叫び、暴れている。

 (どうしてアリサはあんなに取り乱しているの!?)

 注射器の中身を見た瞬間、アリサはおかしくなった。確かに今までとは違う違和感を感じるが、私には色が濃くなっただけの様に感じる。四肢を枷で封じられ、逃げ出すことの出来ないアリサに容赦なく注射器の針が刺さっていく。アリサに気を取られていた私の腕にも針が体内に侵入してくる。チクリとした痛みと共に、中の液体が注ぎ込まれていく。

 (…?何も起きないじゃん……)

 そう油断していた私の心臓がドクンと大きく跳ね上がる。

 (……え)

 全身に血液が恐ろしい速度で巡り、体温が急激に上昇する。全身を燃え上がるような熱さと痛みが襲う。

「あああああ―――!」

 身体が何か別なものに作り替えられている。身体が業火に焼かれるように熱く、脳に激痛が走り意識が飛びそうになる。私が私ではなくなっていく感覚に襲われ、私は無意識にアリサに無意識に手を伸ばす。

 (熱い!身体が熱い…脳が溶ける!嫌だ…怖い、助けてアリサ……!)

 だが、助けを求めた先にいるはずのアリサはもういなかった。そこにいたのは、身体が異様なほど膨れ上がり、爪や牙が鋭く伸び、硬質な鱗を持つ化け物の姿へと変貌していた。目は赤く輝き、魔物と酷似している。

「ガァアアアアアアアアア!」

 四肢を封じている枷を壊そうと暴れているが、分厚い枷はビクともしない。

 (そんな…アリサが魔物に…。じゃあ…あの声の正体は…)

 薄暗い檻の中で聴いたあの謎の声の正体は、連れていかれた子供たちのなれの果てだということにようやく気付く。私もアリサと同じように化け物になるはずが、一向にこれ以上身体に変化は訪れる気配がない。さっきまで私を苦しめていた高熱が気づいたら引いていた。今は、その苦しみに抵抗した疲労感だけが残っている。意識が朦朧とし、身体が重く感じる。今目を閉じたら眠ってしまいそうなほどの眠気に襲われる。

「くそっ、また失敗か。こっちは…!?クククク…やったぞ!ようやく成功だ!おい、失敗作は例の場所に慎重に連れていけ!」

 男が何か指示を出しているようだが、何も聞こえない。音は聞こえなくても、アリサが運ばれていく姿が私の目に映る。

 (……まって、行かないで)

「……行かないでよ、アリサ…」 

 このまま連れていかれたら二度と会えなくなるような気がした。震える小さな声でアリサの名を呼んだ私は、そのまま力尽きて気を失なった。
 その声が聞こえたのかどうかは分からないが、運ばれていた化け物が急に暴れることを止めて少女の方へ振り返る。

「ん?どうしたんだこいつ?」

 気を失っている少女の姿を見た化け物が再び吠えた。

「ガァアアアアア!」

 化け物が吠えた瞬間、近くにいた数名の男たちは耳から血を流し、その場に倒れた。
 更に、化け物の身体が真っ赤に染まってゆき、四肢を拘束していた分厚い枷を一瞬にして破壊した。そして、少女の近くにいる男に近寄ると、その鋭い爪を一閃させる。その一撃は男の顔面を捉え、片目を抉り取る。

「ひっ、うぎゃああ!」

 絶叫する男に興味を失った化け物は、少女の眠る寝台を破壊し優しく持ち上げる。
 化け物の口を上に向けると、炎が零れ始める。上に向かって吐き出された炎は天井を溶かし始める。化け物の背中から巨大な翼が生え、脆くなった天井に向かって飛び立ち、突き破って破壊する。
 そのまま天井を破壊した化け物は、少女を抱え空へと消えていった。

「クックック…この痛み忘れぬぞ、赤の化け物め」

 片目を抑えて蹲る男は嫌な笑みを浮かべながら、化け物と少女が飛んでいった空を眺めていた。








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