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19話 翻訳はスキルではないようです

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 その本は丁寧に扱われていたようで、少し劣化はしているものの中に書いてある文章は問題なく読める。

「多分訳せるとは思うけど……、多分かなり時間がかかると思うよ」

「大丈夫。私が一番好きな小説だから。それにお父さんだって一冊の本を翻訳するのには時間がかかるって言っていたし」

「ちなみにお父さんはどのくらい掛かるの?」

「本によっても違うけど、一ヶ月から半年くらい」

 そりゃあ司書になりたいって人がなかなかいないのも納得だ。
 日本で言えば、翻訳家というより職人かもしれない。手書きで翻訳しないといけないのもさりげなく大変だ。

「それはだいぶキツそうだけど、良い勉強になりそうだしやってみますか」

 僕はそう言って本を受け取ろうとするが、ユナは本を渡してこようとしない。

「どうかした?」

「お金……」

「別にいいよ、お金なんてさ……」

 いや、僕が構わないとしてもユナは気を使っちゃうよな、一般文字から貴族文字に訳すだけで本の値段は百倍になるという事を思い出して考え直す。

「じゃあ、お金は別にいいけど明後日一緒に買物についてきてくれない?まだこの商店街は把握しきれてないんだ」

「それだけで……いいの?」

「うん、別にこれはお金目的でやっているわけじゃないから。むしろお金よりも情報のほうがほしい」

 僕がそう言うとユナは少し笑った。何か変なことを言っただろうか?

「シュンくんって、ちょっと変わってるよね」

 何を今更。ちょっとどころかだいぶ変わってると思うんですけど。
 いつもどおり心のなかでそう思うと、ユナが本を渡してきていたことに気がついた。

「そうかな、けどまあこうやって本を渡してくれる感じ、この変人を信用してくれているんだろ?」

「へ、変人とは言ってない!」

 あ、ちょっと怒った。それでもすぐに

「信用は、してるけど……」

 と言ってもらったのでまたキュンとなっちゃいました。
 というわけで自室でユナから訳してと頼まれた本を読んでいます。

 物語の名前は「リュウツカイトコウギョクリュウ龍遣いと紅玉龍」というものだった。
 題名からするとファンタジーのような気がするが読んでみると人が嫌いだった龍と竜遣いの龍に対する真っ直ぐな態度が龍の人嫌いを徐々に克服させていくというストーリー。

 完全なるフィクションだが、紅玉龍の遺跡というモチーフとなった龍の実際の住処と言われる場所があるらしい。
 心が暖かくなる、素敵な話だったが……。

「カタカナが多くて読みにくい」

 もしもこの物語を僕が貴族文字にいや、日本語に訳したとしたらこの物語はさらに洗練されるような気がした。
 僕はペンにインクを含ませると、この物語を貴族文字で紙に訳していった。
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