【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ

文字の大きさ
1 / 11

第一話 氷の王子

しおりを挟む
「大丈夫……今日はちゃんとお声がけするって……朝、アモンと約束したんだから」

私――ノエル・カスティーユは小さな声で言い聞かせる。

そうしないと、胸の奥がすぐ震えてしまう。
なぜだか今日は、いつもより息が浅い。
“何かが変わってしまう気がする”――そんな予感が、かすかに喉を締めつけていた。

――アモン。
没落する前から、ずっと家族だった犬。
私にいつだって寄り添ってくれる、たった一匹の友達。

王立学院の大広間は、今夜だけは舞踏会場に姿を変えていた。
高い天井から幾つものシャンデリアが光をこぼし、磨き込まれた床が星空のようにきらめく。

その艶やかな世界の片隅で、真っ白なドレスの私はそっと息を吸い込む。
没落伯爵家の娘の私――ノエル・カスティーユには、少しどころか、眩しすぎる光の中で。

壁には王家の紋章と歴代の肖像画が並び、窓の外では夜の庭園の灯がちらちらと揺れている。
奥のバルコニーには楽団が並び、弦と管が三拍子の旋律を紡いでいた。

軽やかなワルツに合わせて、色とりどりのドレスと礼装が床の上を流れていく。
笑い声とグラスの触れ合う音が混じり合い、きらびやかな夜のざわめきが広がっていく。

私は髪飾りもドレスも、白でまとめた控えめな装いだけれど、
母が少しずつ貯めて買ってくれた大切なもの。

けれど、輪の中央でくるくる回る令嬢たちの鮮やかなドレスに囲まれると、
白は“地味”ではなく“貧相”に見えてしまう気がして――
ぎゅっと握った指先に力が入るたび、手袋の中で脈が跳ねる。

そんな小さな鼓動まで、誰かに見透かされてしまいそうで……余計に落ち着かない。

そのとき、会場の入り口がふっと静まった。

楽団の音が止んだわけではないのに、
周囲の視線が一斉に同じ方向へ向かい、ざわめきが一段低くなるのがわかる。

氷の王子、カスパル・ブランシュヴァル王子殿下――。

雪のような白銀の髪に、透き通る氷のような銀の瞳。
白と紺を基調にした礼装は一切の無駄がなく端正で、
ただそこに立っているだけで空気がぴんと張り詰める。

一方私は没落令嬢で、この国ではごく普通の金の髪に碧の瞳。
そんな私にとって、彼はまるで別世界の住人のようだった。

(わ……ほんとうに……きれいな人……)

思わず見とれてしまい、慌てて目をそらそうとした、その瞬間。
氷のような瞳が、ほんの一拍だけ、こちらに触れた。

すぐ逸らされると思った――。
けれど、彼は一瞬だけ、言葉にならない何かを探すようにまばたきを忘れていた。

(え……)

一瞬、息が止まる。

見られた、というより――なぞられた。
触れていないはずの視線が、鎖骨のあたりをかすかに撫でていくような錯覚に、思わず呼吸が揺れた。

胸の奥に、知らない熱がぽうっと灯った。
けれどそれが何なのか、私には分からなかった。

――でも。

すぐ背後で、現実に引き戻すようにひそひそ声が走る。

「見た? 今の……あの没落令嬢、殿下と目を合わせたわよ」
「……媚び売ってるのよ、きっと」
「伯爵家? 没落したらただの平民ですわよ?」
「ほんと、恥知らずですわ」

(ち、違います……そんなつもりじゃ……)

そう言い返したい……けれど、私なんかが声を上げられるはずがなかった。

俯いた視線の先に、見えたのは――
ジルベール・ラングロワ男爵令息。私の婚約者だった。

さっきまで胸の奥をざわつかせていた熱が、すっと静かに冷めていく。

人垣の中心。
柔らかな栗色の髪を後ろで軽くまとめ、流行の仕立ての礼装を軽やかに着こなしている。
明るい琥珀色の瞳はいつも笑っていて、その笑顔に、周囲の令嬢たちが次々と頬を染めていた。

(今日こそ……わたしと踊ってくださるはず……)

そう信じたかった。
けれど、ここ最近の彼の視線……。
信じ切るには、少しだけ私は透明すぎる気がした。

その隣には、子爵令嬢カトリーヌ・モンテスパン。
真紅のドレスに金の刺繍、燃えるような赤毛を高く結い上げ、
切れ長の碧い瞳が扇子の向こうからこちらを値踏みする。

紅を差した唇が笑うたび、扇子の羽根がぱちん、と鋭く鳴った。
その音が、胸の奥のどこかをつい縮こまらせた。

「しっかりと、ジルベール様にお礼をするのよ?」

そう言って髪飾りを私の頭に差しながら微笑んでくれた母。
家族の想いがこもったこのドレス。

部屋で毎日、一人でワルツの練習もした。
今日こそはジルベール様にお礼をするのだ。

胸の奥にそっと息を送り込み、ワルツの三拍子に合わせるみたいに数を数える。

(アン、ドゥ……トロワ……行く。行くの……!)

私は勇気をふりしぼり、一歩を踏み出した――その瞬間。

背後から、ほんのわずかに視線の温度が変わった気がした。

誰が、とは分からない。
けれど――その視線だけは、冷たくなかった。

まるで、雪の向こうにともる灯りのように――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

殿下から「華のない女」と婚約破棄されましたが、王国の食糧庫を支えていたのは、実は私です

水上
恋愛
【全11話完結】 見た目重視の王太子に婚約破棄された公爵令嬢ルシア。 だが彼女は、高度な保存食技術で王国の兵站を支える人物だった。 そんな彼女を拾ったのは、強面の辺境伯グレン。 「俺は装飾品より、屋台骨を愛する」と実力を認められたルシアは、泥臭い川魚を売れる商品に変え、害獣を絶品ソーセージへと変えていく! 一方、ルシアを失った王宮は食糧難と火災で破滅の道へ……。

【完結】初恋の令嬢を探すあなたへ 〜それは私ですが、十九回振られたので、もう名乗りません〜

恋せよ恋
恋愛
「婚約者?それはないよ。僕は――『運命の妖精』を探しているんだ」 五歳の夏。薔薇のアーチの奥で迷い、泣いていた私フェリシアを 「妖精」と呼び、手を差し伸べてくれた優しい男の子。 それが、二歳年上のアルバン侯爵令息ステファン様だった。 あの日から十年間。 私は初恋の彼に、十九回も告白を重ね――そのすべてが、笑顔でかわされた。 学園に入学しても、私は「ただの幼馴染」。 二人だけの大切な思い出さえ、彼は「理想の誰か」として語り、 私ではない誰かに重ねていく。 「……私の十年間は、あなたにとって、恋には育たなかったのね」 そう悟った私は、彼を諦める決意をした。 ――けれど、その矢先。 「私が、あの日の妖精よ」と名乗る令嬢が現れて……。 どれほど想いを告げても、恋の相手にはなれなかった私。 なのに、私が離れた途端、彼の様子は明らかにおかしくなっていく。 今さら気づいても、遅いですわ。 これは、“運命”を探し続けた彼が、本当の初恋を失ってから始まる物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 でも、、そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...