【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ

文字の大きさ
9 / 11

第九話 王子と没落令嬢

しおりを挟む
ホールの天井から吊るされた無数のシャンデリアが、白い光をこぼしていた。
胸元に当たる淡い布地の感触も、裾を踏まないようにそっと持ち上げる仕草も、あの夜と同じ。

けれど――私の胸の奥だけが、すこしだけ違っていた。

壁際にあのときと同じ白いドレスで立つ。
この場所も、前と同じ。

(……殿下)

あの後、あの湖での会話が、胸の奥で静かに波紋を広げる。



「でも……もう会えません……。
 またご迷惑をおかけしてしまいます……」

言いながら、視線を落とした。
本当は彼の顔を見るのが苦しかった。

『何も変わっていない……』

彼はそう言ってくれたけど――。
今の私はあの頃の私じゃない。

家のためなら大切な思い出さえ忘れられる女。
もう純粋じゃなくて――穢れている……。

ふるりと、彼の長い睫毛が揺れる。

「少しだけ待って欲しいんだ。
 だから、もう一度だけ。
 次の舞踏会、必ず来て」

「でも……」

「……待ってるから」

その声音は、湖面よりも静かだった。
なのに胸の奥を打つ力だけが強くて、私は思わずこくりと頷いていた。

「……はい」

殿下は小さく、けれど確かに微笑んだ。



本当は、来るつもりなんて、なかったのに。

手元のハンカチを握り締める。
真っ白で、殿下が差し出してくれたもの。

もうじき、これを返して。
全部終わりにして――。

(終わらせるんだ。今日で)

***

「まあ、また来てるわよ」
「信じられない」
「あのドレス、一着しかないのかしらね?」
「……やだ、裾にワインの跡が残ってますわ」

ひそひそ声と嘲笑が壁際まで突き刺さる。
胸の奥がじわりと痛むけれど、もう慣れっこだ。

(……大丈夫。今日は殿下に返すだけ)

そう言い聞かせていたとき――。

「ノエル?」

甘い声。背筋がかすかに震えた。

(……ジルベール様)

そしてその周りには、カトリーヌと取り巻き。

「また来たのね。ほんと図太いわ」
「あれだけジルベール様に恥をかかしておいて……」
「恥ずかしげもなく舞踏会には来れるなんて、羨ましいこと」

くすくす笑いながら近寄ってくる。
胸の奥が固くなり、私は知らず後ずさった。

「……っ」

次の瞬間――

足首に、何かが引っかかった。

扇子の影でカトリーヌの瞳が――笑った。

視界が傾く。

(――また……!)

床が迫る。
反射的に目を閉じた、その時。

白銀の影が、すっと差し込んだ。

「……大丈夫だ」

短い息のような言葉と共に、腕が、背中に回る。
ふわりと受け止められた衝撃に、呼吸が止まった。

「……っ!」

力強い腕の感覚――胸の鼓動が一気に跳ね上がる。

「殿下……?」

囁くように名を呼ぶと、すぐ耳元で低い声が返った。

「怪我はないか」

白銀の髪が、シャンデリアの光を柔らかく弾いていた。
氷の王子――カスパル殿下が私を抱き留めている。

夜の湖より冷たいはずの腕が、どうしてか一番あたたかかった。

ホールがざわめく。

「なっ……」
「氷の王子が……なんで!?」
「没落令嬢を? また……?」

ざわめき。

殿下の瞳が令嬢たちを射抜くと、一斉に静かになる。

ジルベールの顔から血の気が引いていた。

「で、殿下……これは……その……!」

カスパルの瞳が、氷のように静まる。

「あなた方がしたことは、見ていた」

その声音は冷たい。
けれど私に向けたときだけ、ほんのわずかにやわらいだ。

「ノエル嬢。立てますか?」

私は小さく息を呑んだまま、殿下の胸元を見つめてしまう。

(……どうして……。
 湖で聞いた声が、まだ胸の奥で溶けきらない……)

返事をしようとしたのに、声が震えて出ない。

カスパルはそっと私を支え直し、
胸元で彼の鼓動が触れた気がして、息が止まった。

「君が傷つくところを見るのは……もう、耐えられない」

そのひと言が、
白い光の中で、胸の奥深くに落ちていった。

――返すはずだったハンカチを、私はまだ握り締めていた。

すると、会場が再びざわめいた。

人混みが割れると、入口から青と白を基調とした親衛隊の制服を着た数名の騎士と――
先頭にいるのは、毎朝アナベルを連れていた、執事さん……?

(え? なんで?)

思わずハンカチを握り直す。
これを殿下に返すだけ。ただそれだけで終わるはずだったのに。

あの金と白の礼装は――?
どうして、あの方がここに?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

殿下から「華のない女」と婚約破棄されましたが、王国の食糧庫を支えていたのは、実は私です

水上
恋愛
【全11話完結】 見た目重視の王太子に婚約破棄された公爵令嬢ルシア。 だが彼女は、高度な保存食技術で王国の兵站を支える人物だった。 そんな彼女を拾ったのは、強面の辺境伯グレン。 「俺は装飾品より、屋台骨を愛する」と実力を認められたルシアは、泥臭い川魚を売れる商品に変え、害獣を絶品ソーセージへと変えていく! 一方、ルシアを失った王宮は食糧難と火災で破滅の道へ……。

【完結】初恋の令嬢を探すあなたへ 〜それは私ですが、十九回振られたので、もう名乗りません〜

恋せよ恋
恋愛
「婚約者?それはないよ。僕は――『運命の妖精』を探しているんだ」 五歳の夏。薔薇のアーチの奥で迷い、泣いていた私フェリシアを 「妖精」と呼び、手を差し伸べてくれた優しい男の子。 それが、二歳年上のアルバン侯爵令息ステファン様だった。 あの日から十年間。 私は初恋の彼に、十九回も告白を重ね――そのすべてが、笑顔でかわされた。 学園に入学しても、私は「ただの幼馴染」。 二人だけの大切な思い出さえ、彼は「理想の誰か」として語り、 私ではない誰かに重ねていく。 「……私の十年間は、あなたにとって、恋には育たなかったのね」 そう悟った私は、彼を諦める決意をした。 ――けれど、その矢先。 「私が、あの日の妖精よ」と名乗る令嬢が現れて……。 どれほど想いを告げても、恋の相手にはなれなかった私。 なのに、私が離れた途端、彼の様子は明らかにおかしくなっていく。 今さら気づいても、遅いですわ。 これは、“運命”を探し続けた彼が、本当の初恋を失ってから始まる物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 でも、、そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...