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プロローグ
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今や魔法があるのが普通であるこの世界は、とある一人の絶対的神が造り上げたとされている。
某国某所、〝グリモア〟ここはかつて村であった。
〝五行村〟そう呼ばれていたらしい。
村では鬼や妖、幽霊や神までもが人間と共存し、暮らしていた。
そんな土地に神は目を付け開拓していき、選ばれた人間しか入れない理想の都市となっていった。らしい。
「おい、おい!」
怒鳴るような声、俺は鬱陶しそうに溜め息を吐きながら資料から目を離し顔を上げる。
「なに?」
「着いたっつってんだろうが、さっさと降りろ!」
声を荒げるこの男はついさっき会ったばかりの名も知らないアヤシイやつ。
俺はワケあって逃亡中の身だ。
スラムの一角で丸まっていた俺を〝頼まれた〟とか、ワケの分からないことを抜かし車に詰め込んだこの男は、俺が追われているワケを何故か知っていて、それでいて匿うためにわざわざスラムまで出向いたらしい。
いったい誰に頼まれたのか、何故俺の素性を知っているのか、聞きたいことは山ほどある、が俺はまだこいつを信用したわけではない。
なにかあれば逃げ出す準備はできている。
「へいへい、で?ここはどこ?」
「グリモアだ。」
「へぇ~、グリモア。は?グリモア?!」
当たり前のようにこの男が言うせいで流してしまった。
俺はここにいたらダメなんだ。
「なに逃げようとしてんだこら。」
即刻車を降り逃げ出そうとした俺の肩を男は掴む。しかも、痛いほど。
「ヤッパリ騙してたな!イテェって!離せよ!おい!」
「騙してねぇって、話し聞いてなかったのはお前だろうが。」
溜め息混じりに男は言う。
知るか、そんなこと。
「いいから離せって!」
「離したらお前逃げるだろうが。」
「当たり前だ!」
「お前っ、そんな堂々と。」
「はーなーせー!」
「うるせぇ!そもそも、お前が警戒もせずにノコノコついてきたんじゃねぇかよ。」
「それは!お前が無理矢理詰め込んだんじゃねぇかよ!」
「車で大人しくしてたのはお前だろうが。」
「そ、それは……!」
図星をつかれ、どもる俺を前に男は次の言葉を待った。
「それは、なんだよ。」
「お、お前が金もってそうだったからだよ!」
「、、は?」
「あんなところに、そんな小綺麗な格好できてみろよ!しかも、車!そんなの金もってるって確信するだろ!俺を知ってんならどうやって生きてきたかも知ってるはずだろ!」
「じゃあ、なんだ。お前は俺を油断させて金目の物奪ったら、そのまま逃げようとしてたのかよ。」
「なんだよ、悪いかよ!」
男から冷ややかな目線をくらいながら言い訳のように言い放つ。
半分は本気だった。
「お前は……。」
深い深い溜め息を吐きながら、男は頭を抱える。
「バカなのか?」
顔を上げたかと思ったら突然ぶつけられた暴言、侮辱ともとれるその言葉に俺は俺の頭の中のナニカがキレる音を聞いた。
「殺す。」
明らかな殺気をたて、男を睨み付ける。
さっきまでの幼稚な攻防とはワケが違う、今俺たちを取り囲んでいるのは明確な殺意と挑発。
俺は自分の影に魔力を集中させた。
「……?」
〝違和感〟
そう、確かにしっかりとした違和感。
沸騰しそうな頭とは裏腹に脳は正常に、むしろ通常以上に冷静に、違和感を探り当てた。
──魔法が使えない?!
俺の魔法は影を媒体とする、魔力を集中させ発動させるのだ。
慣れているゆえ時間はかからない、かからないはずなんだ。
それゆえの違和感だった。
俺の魔法は、いつまでたっても発動しなかった。
いや、発動はしていた。
〝かき消された〟と言う方が正しいだろう。
魔法発動の瞬間に俺の魔力ごと魔法がかき消された。
一瞬で、なにもなかったかのように。
「お?もう気づいたかさすが、早いな。」
まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングで男はニヤニヤと話しかける。
「ヤッパリ、お前がなんかしてんだな?」
「正解。」
男は依然ニヤニヤと笑いながら俺を見下ろす。
その表情はムカつくが、もう喧嘩を売る気にはなれなかった。
興がさめたとかそんなことではない、この男と俺には埋められない圧倒的実力差があると、本能で感じ取ってしまったのだ。
勝てない相手には挑まない、生き残るための知恵だ。
「わかった、逃げないから離して。」
痛くはないが、それでもしっかりと掴んで離さない男の手から抜け出そうと、抗議の意味を込めて軽く叩く。
「なんだ?聞かねぇのか?」
「は?」
突然言われなんのことか分からず間抜けな声が出る。
「あー、お前の魔法のことなら聞かねぇよ。それとも、名前か?尚更聞かねぇよw」
取り敢えず心当たりは潰しておく。
「いや、名前は聞けよ。」
どうやら当たりだったようで、男は意外そうにそれだけ言うと俺の肩から手を離した。
「そんなあっさり離してくれるんだ。」
「あ?あぁ、もう逃げそうにねぇしな。」
「逃げられるとも思えねぇし。」
「ははは、懸命で何より。」
そんなやり取りをしながら俺はグリモアの入り口、扉の前に立つ。
ここを魔法使い、または魔法適正のある者が通るとそのままグリモアへ行くことができ、そうでない者は弾かれ、ここに戻ってくる。
「戻ってきちゃった、か。」
俺は扉を見上げ呟く、正直気が重い。
「残念ながら、扉を潜ったらお前は逃げることができなくなる。さらに、これから死ぬほど頑張ってもらう。」
「逃げるのはもう考えてねぇけど、死ぬほど頑張るのはイヤだな。」
「だから残念ながらって言ってるだろ。」
「はぁ、もういいよ。野垂れ死ぬよりかはマシだろ。」
「おっ、そうそう!その意気その意気。」
なんでこいつはこんなに元気なんだ、と溜め息を吐きながら改めて扉を見る。
一度、背を向け逃げ出したこの扉はなんとなく俺を歓迎していないようにも見えた。
できることなら戻りたくなかった、見たくもなかった。
しかし、戻ってきてしまった。
俺は緊張しながら、掌を手汗ごと握りしめ一歩、歩き出す。
「あ、そうそう、俺の名前。」
そう突然後ろから止められ、俺はまた、いや、さっき以上に大きく深い溜め息を吐いた。
「それ、今必要か?俺は今、覚悟を決めてこの扉を潜ろうとしてたの!」
「あ?そうだったのか?悪い悪いw」
コイツ、ぜんぜんそんなこと思ってもないくせに。
「で?名前、何て言うんだよ。」
「あれ?聞いてくれるの?」
飽きれ気味に男に聞くがその本人が間抜けに聞き返してきたせいで、俺はまた溜め息を吐いた。
このまま酸素がなくなったらどうするんだ。
「……もういい。」
そう言い放ち俺は扉に向き直ろうとするのを慌てた(?)様子で男は止めた。
「待て待て、そう慌てるな。」
「何を言ってるんだ、お前は。」
「うっせ!まぁいいや。じゃあ、自己紹介、俺の名前は佐々部……あー、うん、佐々部だ。よろしく。」
「・・・は?」
ここまで茶番して引っ張って名字だけ?ふざけてんのか?ナメられているのは、知っているが下の名前は教える必要ないってか?
「おい。」
俺は怒りのまま睨み付け言い放つ。
「ナメるのも大概にしろよ、自己紹介ならフルネームで教えろ!」
「い、いやぁ、ナメてはいないんだけど。」
詰め寄ると男、、佐々部は俺から目をそらし言いよどんだ。
佐々部の言った通り本当にナメてはいないらしい。
ならなんだ?教えたくないよっぽどの理由があるのか?聞かない方がイイのか?
「教えたくないよっぽどの理由が?」
「ある・・・ない。」
「どっちだよ。」
「ある、けど。」
「けど?なんだよ。」
さっきまでのムダなほどの威厳はどこに行ったのやら、佐々部は歯切れ悪く言いよどむだけだった。
「はぁ、もういいよ。佐々部ね、一応覚えておく。」
俺はこれ以上の詰問をやめ扉に向かって歩き出そうとする。
「──いんだよ。」
「あ?なに、聞こえない。」
これまた俺を止めた佐々部は顔を耳まで真っ赤にしながら視線をそらし口を尖らせていた。
「だ、さ、い、の!」
「は、、はあ???」
どうしようもなく、くだらない理由が俺に飛んできてなにも言えなかった。
「こんな人相なのにあんな名前付けやがって、なに考えてるんだって話だよ。お陰で此方は他所に挨拶行ったときいっつも笑われるんだぞ!いいお名前ですね、じゃねぇんだよ!分かってんだよ!笑ってんのが!」
固まる俺を余所に、佐々部は一人で盛り上がりはじめる。
その光景を前に俺は、ため息が出ないほど呆れる。
「……で?」
「なにが。」
「名前、なんて言うんだよ。」
「笑うなよ、絶対笑うなよ!」
「あー、確約はしかねる。」
そう言うと佐々部は少し考えてから、覚悟を決めたように顔を上げる。
名前教えるだけでそんなに覚悟決めなくても、と思うがそれぐらいヤバい名前なんだろう。
俺もどことなく緊張しはじめる。
「よ、耀太。」
「ふーん、イイ名前じゃん。」
「笑わないのか?」
今日イチ驚いたような顔をした佐々部が俺の顔を見ながら聞いてくる。
俺はなんでもないような顔をしながら、佐々部の名前を受け入れた。
「まぁ、たしかにその人相で耀太はなんかの間違いかと思うくらい合わないけど。」
「だよなぁ。」
がっくりと肩を落とす佐々部に続けて言う。
「でも親御さんは、その名前が似合うようにって願って付けたんだろ。俺はその気持ちを否定するような、ましてやバカにするようなことは言わないし、思わない。」
「現に似合ってないから問題なんだよなぁ。」
「せっかく俺がいいこと言ったのに返しがそれかよ。」
まったく、くだらないことに時間をとられた。
俺は気を取り直し扉に向かって今度こそ歩き出した。
もう、緊張はどこにもなかった。
某国某所、〝グリモア〟ここはかつて村であった。
〝五行村〟そう呼ばれていたらしい。
村では鬼や妖、幽霊や神までもが人間と共存し、暮らしていた。
そんな土地に神は目を付け開拓していき、選ばれた人間しか入れない理想の都市となっていった。らしい。
「おい、おい!」
怒鳴るような声、俺は鬱陶しそうに溜め息を吐きながら資料から目を離し顔を上げる。
「なに?」
「着いたっつってんだろうが、さっさと降りろ!」
声を荒げるこの男はついさっき会ったばかりの名も知らないアヤシイやつ。
俺はワケあって逃亡中の身だ。
スラムの一角で丸まっていた俺を〝頼まれた〟とか、ワケの分からないことを抜かし車に詰め込んだこの男は、俺が追われているワケを何故か知っていて、それでいて匿うためにわざわざスラムまで出向いたらしい。
いったい誰に頼まれたのか、何故俺の素性を知っているのか、聞きたいことは山ほどある、が俺はまだこいつを信用したわけではない。
なにかあれば逃げ出す準備はできている。
「へいへい、で?ここはどこ?」
「グリモアだ。」
「へぇ~、グリモア。は?グリモア?!」
当たり前のようにこの男が言うせいで流してしまった。
俺はここにいたらダメなんだ。
「なに逃げようとしてんだこら。」
即刻車を降り逃げ出そうとした俺の肩を男は掴む。しかも、痛いほど。
「ヤッパリ騙してたな!イテェって!離せよ!おい!」
「騙してねぇって、話し聞いてなかったのはお前だろうが。」
溜め息混じりに男は言う。
知るか、そんなこと。
「いいから離せって!」
「離したらお前逃げるだろうが。」
「当たり前だ!」
「お前っ、そんな堂々と。」
「はーなーせー!」
「うるせぇ!そもそも、お前が警戒もせずにノコノコついてきたんじゃねぇかよ。」
「それは!お前が無理矢理詰め込んだんじゃねぇかよ!」
「車で大人しくしてたのはお前だろうが。」
「そ、それは……!」
図星をつかれ、どもる俺を前に男は次の言葉を待った。
「それは、なんだよ。」
「お、お前が金もってそうだったからだよ!」
「、、は?」
「あんなところに、そんな小綺麗な格好できてみろよ!しかも、車!そんなの金もってるって確信するだろ!俺を知ってんならどうやって生きてきたかも知ってるはずだろ!」
「じゃあ、なんだ。お前は俺を油断させて金目の物奪ったら、そのまま逃げようとしてたのかよ。」
「なんだよ、悪いかよ!」
男から冷ややかな目線をくらいながら言い訳のように言い放つ。
半分は本気だった。
「お前は……。」
深い深い溜め息を吐きながら、男は頭を抱える。
「バカなのか?」
顔を上げたかと思ったら突然ぶつけられた暴言、侮辱ともとれるその言葉に俺は俺の頭の中のナニカがキレる音を聞いた。
「殺す。」
明らかな殺気をたて、男を睨み付ける。
さっきまでの幼稚な攻防とはワケが違う、今俺たちを取り囲んでいるのは明確な殺意と挑発。
俺は自分の影に魔力を集中させた。
「……?」
〝違和感〟
そう、確かにしっかりとした違和感。
沸騰しそうな頭とは裏腹に脳は正常に、むしろ通常以上に冷静に、違和感を探り当てた。
──魔法が使えない?!
俺の魔法は影を媒体とする、魔力を集中させ発動させるのだ。
慣れているゆえ時間はかからない、かからないはずなんだ。
それゆえの違和感だった。
俺の魔法は、いつまでたっても発動しなかった。
いや、発動はしていた。
〝かき消された〟と言う方が正しいだろう。
魔法発動の瞬間に俺の魔力ごと魔法がかき消された。
一瞬で、なにもなかったかのように。
「お?もう気づいたかさすが、早いな。」
まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングで男はニヤニヤと話しかける。
「ヤッパリ、お前がなんかしてんだな?」
「正解。」
男は依然ニヤニヤと笑いながら俺を見下ろす。
その表情はムカつくが、もう喧嘩を売る気にはなれなかった。
興がさめたとかそんなことではない、この男と俺には埋められない圧倒的実力差があると、本能で感じ取ってしまったのだ。
勝てない相手には挑まない、生き残るための知恵だ。
「わかった、逃げないから離して。」
痛くはないが、それでもしっかりと掴んで離さない男の手から抜け出そうと、抗議の意味を込めて軽く叩く。
「なんだ?聞かねぇのか?」
「は?」
突然言われなんのことか分からず間抜けな声が出る。
「あー、お前の魔法のことなら聞かねぇよ。それとも、名前か?尚更聞かねぇよw」
取り敢えず心当たりは潰しておく。
「いや、名前は聞けよ。」
どうやら当たりだったようで、男は意外そうにそれだけ言うと俺の肩から手を離した。
「そんなあっさり離してくれるんだ。」
「あ?あぁ、もう逃げそうにねぇしな。」
「逃げられるとも思えねぇし。」
「ははは、懸命で何より。」
そんなやり取りをしながら俺はグリモアの入り口、扉の前に立つ。
ここを魔法使い、または魔法適正のある者が通るとそのままグリモアへ行くことができ、そうでない者は弾かれ、ここに戻ってくる。
「戻ってきちゃった、か。」
俺は扉を見上げ呟く、正直気が重い。
「残念ながら、扉を潜ったらお前は逃げることができなくなる。さらに、これから死ぬほど頑張ってもらう。」
「逃げるのはもう考えてねぇけど、死ぬほど頑張るのはイヤだな。」
「だから残念ながらって言ってるだろ。」
「はぁ、もういいよ。野垂れ死ぬよりかはマシだろ。」
「おっ、そうそう!その意気その意気。」
なんでこいつはこんなに元気なんだ、と溜め息を吐きながら改めて扉を見る。
一度、背を向け逃げ出したこの扉はなんとなく俺を歓迎していないようにも見えた。
できることなら戻りたくなかった、見たくもなかった。
しかし、戻ってきてしまった。
俺は緊張しながら、掌を手汗ごと握りしめ一歩、歩き出す。
「あ、そうそう、俺の名前。」
そう突然後ろから止められ、俺はまた、いや、さっき以上に大きく深い溜め息を吐いた。
「それ、今必要か?俺は今、覚悟を決めてこの扉を潜ろうとしてたの!」
「あ?そうだったのか?悪い悪いw」
コイツ、ぜんぜんそんなこと思ってもないくせに。
「で?名前、何て言うんだよ。」
「あれ?聞いてくれるの?」
飽きれ気味に男に聞くがその本人が間抜けに聞き返してきたせいで、俺はまた溜め息を吐いた。
このまま酸素がなくなったらどうするんだ。
「……もういい。」
そう言い放ち俺は扉に向き直ろうとするのを慌てた(?)様子で男は止めた。
「待て待て、そう慌てるな。」
「何を言ってるんだ、お前は。」
「うっせ!まぁいいや。じゃあ、自己紹介、俺の名前は佐々部……あー、うん、佐々部だ。よろしく。」
「・・・は?」
ここまで茶番して引っ張って名字だけ?ふざけてんのか?ナメられているのは、知っているが下の名前は教える必要ないってか?
「おい。」
俺は怒りのまま睨み付け言い放つ。
「ナメるのも大概にしろよ、自己紹介ならフルネームで教えろ!」
「い、いやぁ、ナメてはいないんだけど。」
詰め寄ると男、、佐々部は俺から目をそらし言いよどんだ。
佐々部の言った通り本当にナメてはいないらしい。
ならなんだ?教えたくないよっぽどの理由があるのか?聞かない方がイイのか?
「教えたくないよっぽどの理由が?」
「ある・・・ない。」
「どっちだよ。」
「ある、けど。」
「けど?なんだよ。」
さっきまでのムダなほどの威厳はどこに行ったのやら、佐々部は歯切れ悪く言いよどむだけだった。
「はぁ、もういいよ。佐々部ね、一応覚えておく。」
俺はこれ以上の詰問をやめ扉に向かって歩き出そうとする。
「──いんだよ。」
「あ?なに、聞こえない。」
これまた俺を止めた佐々部は顔を耳まで真っ赤にしながら視線をそらし口を尖らせていた。
「だ、さ、い、の!」
「は、、はあ???」
どうしようもなく、くだらない理由が俺に飛んできてなにも言えなかった。
「こんな人相なのにあんな名前付けやがって、なに考えてるんだって話だよ。お陰で此方は他所に挨拶行ったときいっつも笑われるんだぞ!いいお名前ですね、じゃねぇんだよ!分かってんだよ!笑ってんのが!」
固まる俺を余所に、佐々部は一人で盛り上がりはじめる。
その光景を前に俺は、ため息が出ないほど呆れる。
「……で?」
「なにが。」
「名前、なんて言うんだよ。」
「笑うなよ、絶対笑うなよ!」
「あー、確約はしかねる。」
そう言うと佐々部は少し考えてから、覚悟を決めたように顔を上げる。
名前教えるだけでそんなに覚悟決めなくても、と思うがそれぐらいヤバい名前なんだろう。
俺もどことなく緊張しはじめる。
「よ、耀太。」
「ふーん、イイ名前じゃん。」
「笑わないのか?」
今日イチ驚いたような顔をした佐々部が俺の顔を見ながら聞いてくる。
俺はなんでもないような顔をしながら、佐々部の名前を受け入れた。
「まぁ、たしかにその人相で耀太はなんかの間違いかと思うくらい合わないけど。」
「だよなぁ。」
がっくりと肩を落とす佐々部に続けて言う。
「でも親御さんは、その名前が似合うようにって願って付けたんだろ。俺はその気持ちを否定するような、ましてやバカにするようなことは言わないし、思わない。」
「現に似合ってないから問題なんだよなぁ。」
「せっかく俺がいいこと言ったのに返しがそれかよ。」
まったく、くだらないことに時間をとられた。
俺は気を取り直し扉に向かって今度こそ歩き出した。
もう、緊張はどこにもなかった。
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