噂の勇者は陰の者

小森 輝

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「そうでした。これは景さんの分ですよね」
 そう言って、リナは銀貨7枚を僕に渡してきた。
「僕に? 何で?」
「これは薬草採取の分じゃないですか。薬草を集めてきてくれたのは景さんなんだから、これは景さんの分ですよ」
「いや、僕はいいよ。お金に困っているわけじゃないし。これからの軍資金にしてくれ」
「そうですか? なら、遠慮なくいただきますけど……」
 これでリナの手持ちは銀貨10枚、つまり、金貨1枚、日本円に例えると、1万円ほどの所持金になったわけだ。
「これで少し買い物でもするか。荷物持ちぐらいなら手伝えるし」
「本当ですか? 町でお買い物をするの、夢だったんです」
 流石は皇女様。僕ら一般人には考えられない夢をお持ちだ。
「もちろん、今からじゃなくて、明日な。今日は初ダンジョンってこともあって疲れてるだろうし、ゆっくり休むといい」
「明日ですね? 絶対ですよ?」
「分かってるって。それより、早く晩ご飯食べよう。あんまり遅くなると、酒場になって宴会が始まるから」
「宴会ですか? 私は新参者ですし、参加したほうがいいんじゃないですか?」
「それ、想像してる宴会とは違うと思うぞ」
 おそらく、リナが想像している宴会というのは、ドレスやタキシードで着飾って、優雅にお食事をするといったものだろう。しかし、それは貴族や王族といった者たちの考え方だ。僕ら市民の、それも冒険者の感覚としては、宴会なんて、ただの酒を飲みまくる場程度の認識でしかない。そういうことも、リナには教育していかなければならないようだ。
「そうなんですね。やっぱり、いろいろと勝手が違うんですね」
 まあ、素直に言うことを聞いてくれる分、僕の気も少しは楽になれる。
「それより、早く晩ご飯を食べにいくぞ。せっか、自分で金を稼いだんだし、少しぐらい贅沢をしてもいいぞ」
「だめですよ。明日の買い物の分に取っておかないと」
 皇女様なのでお金の使い方は荒い方なのかと思ったが、意外としっかりしているところもあるようだ。
「それに、薬草の依頼は景さんが全部やってしまったし、冒険者登録するときのお金とかもらった剣のこともお返しできていませんし……そうだ! ご飯ぐらい、私がお出ししますよ!」
「いいよ、それぐらい。気持ちだけ受け取っておく」
「気持ちだけじゃなくて何か受け取ってくださいよ!」
 そう言うリナを無視して、僕は自分の分のご飯は自分で払った。
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