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新しい命の誕生

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 あっという間に月日は流れ。出産予定日が目前に迫っていた。スッカリ私はマタニティーブルー? ってやつに陥ってしまっていた。

普通に人間同士で結婚していたとしても、この歳で母親になるなんて…私には、想像もつかないことだもん。日に日にお腹が大きくなっていくことに気持ちがついていかなくて、私は母親になるということに自信を喪失していった。

「オイ! 悩んでても仕方ねえだろ? もうすぐ生まれてくるんだし、生んじまえばなんとかなるもんだって。みんな言ってっだろ? だからそんなに思いつめんな」

 魔王が珍しく自己嫌悪に陥っている私を心配して、優しく慰めてくれていた。

「わかってるんだけど。なんだかすごく怖くなってきちゃって……。もともとネガティブな性格だからさ…色々考えだすとドツボにはまっちゃって。へへへ」

 一生懸命笑おうと思うんだけど…気持ちとは裏腹に瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。

「人間界へ行って母ちゃん連れてくるか? すぐに行って来てやるぞ!」
「ごめん! 大丈夫。大丈夫だよ! ここまで頑張ったんだし。エルザもいてくれるし」

 私は魔王にギュぅっと抱きついて気持ちを落ち着けてから、ベッドへ横になった。お腹がだいぶ大きくなってからは、魔王は寝室では眠らずにプライベートルームで眠っているので、私が横になると魔王は優しくキスをしてからちゃんと寝ろよと言って寝室を出て行ってしまった。

横になって目を閉じると…お腹の子はすごく元気で、こんな時でもポコポコとお腹を蹴っている。まるで私を元気付けるようにポコポコポコポコ。今日は、特に元気良く蹴っている。

「悩んでんじゃねえよ! って蹴ってんの? アンタも魔王の子だね」

 お腹を一生懸命蹴って私を励ましているお腹の子に。私は優しくお腹を擦りながら話しかけて少し笑っていた。


 翌朝、魔王に言われて魔猫が私の部屋へ来て、長椅子で私が起きるのを待っていてくれた。

「もうすぐ魔王の子の母親になるんでしょう? なにブルーになってんの? しっかりしなさい!」
「だって~ 全然自信がないんだもん。どうやって育てたら良いのかもよくわかんないし…」

 私が起き上がって、久しぶりに魔猫の顔を見て嬉しくて目を潤ませていると、魔猫は尻尾で私の頬を叩いて笑っていた。

「どうやってって? 産んじゃったら後は、乳母が全部やってくれちゃうし、世話係も教育係もいるんだからさ~、そこまでブルーにならなくて良いと思うけど?  アンタは無事に魔王の子を産めばいいのよ」
「えっ? そうなの? 誰もそんなこと教えてくれないから、私が1人で育てるんだと思ってたよ~」

 私が目を丸くして驚いていると、魔猫はお腹を抱えて声を出してケラケラと笑っていた。

 魔猫に乳母や教育係の存在を教えてもらった私は、少し気持ちが軽くなって朝食も何時もより美味しく感じて、久しぶりに完食して魔猫と一緒に中庭をのんびりと散歩することにした。

 気持ちが楽になって足取りも軽くなったようで、私が少し鼻歌なんて口ずさんでいたら、魔猫はそんな私を見て呆れたように尻尾をパタパタさせていた。

「ゲンキンなものね。さっきまでのアンタとは別人みたいだわ~。フフフ♪」
「もう~! そんなに笑わなくても良いでしょ? だって本当に不安だったんだからね。魔王と人間のハーフだよ? どんな子が生まれてくるかもわかんないし。ブルーにもなるよ!」

 クスクスと私を笑う魔猫に私がムキになって怒っていると、急にお腹が張ってズキッと痛みが走った。

「あ。痛い!! なんかすごく痛い……」
「ちょ。ちょっと~~!! どうしたの? ねえってば!」

 私があまりの痛みに屈みこんでいると。魔猫が驚いて使用人たちを呼んで寝室まで私は運ばれていた。

「陣痛というものですよ。大丈夫です。まだ落ち着いているようなので、生まれるのは明日中か明後日の早朝ぐらいですね」
「生まれるの? 赤ちゃん……」

 こんな時にもお腹の子は元気よく私のお腹を蹴って自分を主張しているようだった。翌朝になってどんどん陣痛の間隔が短くなってくると、同時に痛みも激しくなってきていた。エルザはもう何度も魔物や魔法使いたちの子を取り上げてきたらしく。そんな私を見ても、ちっとも動じることはなくて。何度も、もう少し、もう少し。と笑いながら私の額の汗を拭いてくれて背中を擦ってくれていた。

「あうううううう。痛い。あううううううーーー。エルザ~! まだ生まれないの?」
「あと少しですよ! もう少しです。お辛いでしょうが我慢して下さい」

 痛がる私に優しく言葉をかけながら、エルザはずっと背中や腰の辺りをさすってくれていた。

「まだか? まだ生まれないのか? アイツは大丈夫なのか? 泣いてないか?」
「大丈夫ですよ! エルザもついておりますから。魔王は落ち着いてお待ち下さい」

ドアの向こうで。魔王とオースティンの会話が微かに聞こえてきたが、痛みのせいで私はほとんど意識が朦朧としていた。それから、どんどん痛みの間隔は数秒間隔になって、とてもじゃないけど我慢なんて出来る痛みではなくなっていた。

「あううううううーーー。もう駄目~! 痛い~! 痛い~! あうううううう」
「そろそろでございますよ! もう頭が見えておりますよ~!!」

痛みに声を上げ出した私の口に何かを加えさせて、エルザは私に合図していた。

「うううううううう。あううううううううううう。んーーーーーー!!」
「今です! 奥さましっかりいきんで! しっかり!!」

エルザに言われるまま。歯を食いしばってしっかりいきむと、スルッと何とも言えない感覚を感じた瞬間だった。


「オギャーーー! ウギャーーー!」


生まれてきた我が子の声を聞いた瞬間。
私は力尽きて気を失ってしまっていた。

 どれくらい気を失っていたんだろう? 目を開けて起き上がると魔王が横にいて私を優しく抱きしめてくれていた。

「良く頑張ったな。元気な女の子だぜ! すっげえ美人になりそうだ(笑)」
「お、女の子? どこ?」

 私が慌てて起き出そうとすると。魔王は私を静止して、すぐ横に寝かせていた生まれたての娘をとても大事そうに抱っこして私に見せてくれた。

「本当だね。可愛い~♪ ちっちゃいなぁ~。フフフ♪」
「だろ? コイツは美人になる! それにお前の魔力も俺の魔力も両方持ち合わせてる」

魔王は娘の額に手を当てて小さな身体の中に眠る魔力を感じ取っていた。

「名前は? どうするの? 私は全然考えてなかったよ」
「ああ。コイツはサラだ! サラで良いだろ?」

私の問いに魔王は迷うこと無くずっと以前から決めていたと言わんばかりの顔で娘の名前を口にして笑っていた。

そして、翌日。魔王は娘のサラの生誕祭を急遽ひらいて、魔王城や城下では一日中飲めや歌えやのお祭り騒ぎだった。
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