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プロローグ (4)
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小鳥遊ダンススクール。
ここは、修のお母さんが経営するダンススタジオ。現役ダンサーだった頃の芸名を、そのまま使っているんだそうだ。
最大で20人ほどが一度に広がって踊れるこの空間に、毎日、日中から夕方過ぎまで生徒さんたちが通い、音楽や笑い声が絶えたことはない。
修と出逢ってからは、学校帰りに立ち寄るのが日課になっていた。
当然、何度となくレッスンに誘われたけど、踊ったことは一度もない。スタジオの片隅で修のダンスを見ながら、降りてきた言葉をそのままノートに書き綴る。
数週間も経たないうちに、お母さんが机を用意してくれた。私専用の机。大きな鏡には、汗を流す修と机に向かう私の姿。時々、修が鏡越しにウィンクをして合図をくれるのが楽しくてたまらなかった。
そして今、あの可愛らしかった私の机は、このダンススタジオの事務所で、立派に進化して陣取っているのである。
ただ、今夜のように、仕事帰りの修が立ち寄り、独り、稽古に汗を流している時だけ。その時だけは、昔のようにスタジオの片隅が私の居場所になる。
「葵ちゃん」
「はい」
「修と結婚してくれる気になった?」
「ママ、またその話ぃ?」
「だって許嫁だよ」
なった覚えはない・・・
「そうだった! 許嫁だった!」
「でしょ!」
そうだった! てなんだ。でしょ! ってなんだ。知らないぞ、そんな話・・・
「相手が葵なら、私は手を打つ気満々だよ!」
「でしょでしょ!」
「うむ!」
「こんな完璧なお嫁さん、いないって!」
親子と言えども、にやけた表情がここまで似ていることってあるのだろうか。二人して嬉しそうに私を見つめてくる。
「にしし」と笑うアンチョビーの表情は、実はこの二人からヒントを得ているのだ。
チリンチリン!
後方から、ママチャリおばちゃんがイラつき加減でベルを鳴らしてくる。
どうぞ、この二人の間を割くように突っ込んできて下さい。
「車道、走れババアァ!」
「ババアァァ!」
聞こえないくらいの距離になってから、威勢よく叫び出すこの母娘。
クスッと笑えるほど、なんだか可愛い。
「あ! いま笑ったよね?」
「笑ってない」
「ママも見たよね?」
カシャ!
「なんで写真を撮ってるんですかぁ!」
「葵ちゃんの笑顔は、我が家の家宝なのだよ」
「あ、私も!」
今の私があるのは、この賑やかで温かい二人がいてくれたから。
修に出逢ってなかったら、今頃どんな大人になってたんだろう・・・
「それじゃ、ここで」
「葵ちゃん、明日はゆっくり休んでね」
「はい。お疲れさまでした」
「あとで電話するからー」
「もう話すことないわ」
「愛してるーーー」
「はいはい、私も愛してます」
なんて心地いい二人なんだ・・・
何百回、いや何千、何万回そう思っただろうか。
二人が見えなくなるまで見送って、改札へ向かう途中。駅に併設してあるコインロッカーが、目に止まった。
扉を開けて荷物を取り出す男性。
スーパーの袋?
なぜだか不思議と気になって、携帯を触る素振りをしながら観察していると、その袋が「吉野家」であることがわかった。
明らかに丼物。袋の中で縦に積まれている2パック。牛丼なのか豚丼なのか、そんなことはどうでもいい。
問題は、なぜ吉野家さんをロッカーに大切に保管していたのだろうか。気になって仕方なくなった・・・
おじさんが携帯を取り出し、その場で電話をかけ始めた。
話を聞きたくなった私は、自然を装いロッカーへ近付く。相手が誰か分からない。聞き耳を立てる・・・
「・・・おぉ、これからそっち行くわぁ。いい土産があるから楽しみにしとけな」
土産!
吉野家のことか!
どれだけの時間、ロッカーに保管されていたのだろうか。汁だくだろうか。だとしたら、中はどうなってしまっているんだ。
「ん? お前の好きなもんだ」
吉野家だ!
吉野家なのか?
他に荷物らしき荷物はない!
吉野家がお土産で確定だ!
ここは、修のお母さんが経営するダンススタジオ。現役ダンサーだった頃の芸名を、そのまま使っているんだそうだ。
最大で20人ほどが一度に広がって踊れるこの空間に、毎日、日中から夕方過ぎまで生徒さんたちが通い、音楽や笑い声が絶えたことはない。
修と出逢ってからは、学校帰りに立ち寄るのが日課になっていた。
当然、何度となくレッスンに誘われたけど、踊ったことは一度もない。スタジオの片隅で修のダンスを見ながら、降りてきた言葉をそのままノートに書き綴る。
数週間も経たないうちに、お母さんが机を用意してくれた。私専用の机。大きな鏡には、汗を流す修と机に向かう私の姿。時々、修が鏡越しにウィンクをして合図をくれるのが楽しくてたまらなかった。
そして今、あの可愛らしかった私の机は、このダンススタジオの事務所で、立派に進化して陣取っているのである。
ただ、今夜のように、仕事帰りの修が立ち寄り、独り、稽古に汗を流している時だけ。その時だけは、昔のようにスタジオの片隅が私の居場所になる。
「葵ちゃん」
「はい」
「修と結婚してくれる気になった?」
「ママ、またその話ぃ?」
「だって許嫁だよ」
なった覚えはない・・・
「そうだった! 許嫁だった!」
「でしょ!」
そうだった! てなんだ。でしょ! ってなんだ。知らないぞ、そんな話・・・
「相手が葵なら、私は手を打つ気満々だよ!」
「でしょでしょ!」
「うむ!」
「こんな完璧なお嫁さん、いないって!」
親子と言えども、にやけた表情がここまで似ていることってあるのだろうか。二人して嬉しそうに私を見つめてくる。
「にしし」と笑うアンチョビーの表情は、実はこの二人からヒントを得ているのだ。
チリンチリン!
後方から、ママチャリおばちゃんがイラつき加減でベルを鳴らしてくる。
どうぞ、この二人の間を割くように突っ込んできて下さい。
「車道、走れババアァ!」
「ババアァァ!」
聞こえないくらいの距離になってから、威勢よく叫び出すこの母娘。
クスッと笑えるほど、なんだか可愛い。
「あ! いま笑ったよね?」
「笑ってない」
「ママも見たよね?」
カシャ!
「なんで写真を撮ってるんですかぁ!」
「葵ちゃんの笑顔は、我が家の家宝なのだよ」
「あ、私も!」
今の私があるのは、この賑やかで温かい二人がいてくれたから。
修に出逢ってなかったら、今頃どんな大人になってたんだろう・・・
「それじゃ、ここで」
「葵ちゃん、明日はゆっくり休んでね」
「はい。お疲れさまでした」
「あとで電話するからー」
「もう話すことないわ」
「愛してるーーー」
「はいはい、私も愛してます」
なんて心地いい二人なんだ・・・
何百回、いや何千、何万回そう思っただろうか。
二人が見えなくなるまで見送って、改札へ向かう途中。駅に併設してあるコインロッカーが、目に止まった。
扉を開けて荷物を取り出す男性。
スーパーの袋?
なぜだか不思議と気になって、携帯を触る素振りをしながら観察していると、その袋が「吉野家」であることがわかった。
明らかに丼物。袋の中で縦に積まれている2パック。牛丼なのか豚丼なのか、そんなことはどうでもいい。
問題は、なぜ吉野家さんをロッカーに大切に保管していたのだろうか。気になって仕方なくなった・・・
おじさんが携帯を取り出し、その場で電話をかけ始めた。
話を聞きたくなった私は、自然を装いロッカーへ近付く。相手が誰か分からない。聞き耳を立てる・・・
「・・・おぉ、これからそっち行くわぁ。いい土産があるから楽しみにしとけな」
土産!
吉野家のことか!
どれだけの時間、ロッカーに保管されていたのだろうか。汁だくだろうか。だとしたら、中はどうなってしまっているんだ。
「ん? お前の好きなもんだ」
吉野家だ!
吉野家なのか?
他に荷物らしき荷物はない!
吉野家がお土産で確定だ!
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