上 下
62 / 71

奏と僕と その4

しおりを挟む
  11月11日。
  今朝、少し心配になるほどの低空飛行で、上空を横切っていった飛行機。
  何事かとベランダに飛び出て、確認したくなるほどの騒音だった。
  その数分後の爆発音。原因はなんとなく想像できる。
  今日はこれから
「人が産まれた日になんてことするんだ!」
  と、叫びたくなるくらいの大惨事が待ち構えている。なのに、嵐の前の静けさもくれないのか。
  ワイドショーも飛行機事故の話題で持ち切りだった。
  おーい、こっち。こっちに注目して下さいよ。町がひとつ無くなろうとしてるんですよー。
「もう少し手前に堕ちてくれてたら、丁度良かったですのにねー」
  無神経にも、冗談のつもりで発言したコメンテーターだったが、冷静を装いながらも今にも飛び掛かりそうな勢いの司会者は、顔を真っ赤にしていた。
「いやぁ・・・これ炎上しちゃいますね」
「国家予算を使う必要もなくなりますし、それにこの飛行機・・・」
「あんた、頭ん中がすでに炎上してますよ。少しおかしいんじゃないですかっ!」
  未だに遠方で立ち上っている物凄い量の黒煙。本日は快晴なり。


  時計の針は、11時55分を指している。
  そーっと折り戸の前に立っている僕は、汗でぐっしょりと湿った右拳に、視線を落としていた。
  喜ぶ顔が見れるうちに、人生最高のリアクションが見れるうちに、渡してやりたかった結婚指輪。
  サプライズでプレゼントを用意した時に限って、鼻が利くというか感が働くというか・・・
  婚約指輪の時も五感が鋭くて、仕事から帰ってくるなりガサゴソと探し物を始める座敷童。
  なぜ突然そんな行動をとるのかは未だに謎。クローゼットの中の旅行用ボストンバッグに前以て忍ばせておいたのに、渡す前に探し当てた。
『ん、これ何?』
  じゃ、ねぇよ!
『アハハハ』
  じゃ、ねぇよ・・・
  お前は麻薬探知犬かっ!
  思い出すと、涙が込み上げてくる・・・
  一旦、ズボンのポケットに指輪を収めると、深く静かに深呼吸をして生唾を飲み込み、そーっと折り戸に左手を掛けた。
  震える指先を抑え付けることが出来ず、もう一度、深く息を吸い込み、静かに吐き出す。
  今、目の前にいる奏は、視界に入った動く生物には無条件で襲い掛かる。もう二度と笑顔を見せることもなければ、甘噛みどころか、牙を剥いてくるモンスターだ。
  2分。いや1分。それ以上は張り合える自信がない。
  大きな期待に胸を膨らませた奏からの手紙は、読み上げても読み上げても、擦りガラスが壊れるんじゃないかってくらい、毎日ガンガンと叩いてくる反応以外、何も起こらなかった。
  そこに何かメッセージが隠されていると、間違いなく感じたんだけどなぁと悔しい反面、こんな姿になってしまった奏と、最後に何か通じ合えたのかもしれないことが、少し嬉しくも思えた。
  やれるだけのことはやってきた・・・
  静かに戸を開けると、精神と時の部屋にいるような気がするほど、静寂だけがバスルームを支配していた。
  奏の口元から微かに漏れる息遣いが聞こえてくる。
  超スピードで脈打つ鼓動の音で、気付かれやしないだろうかと益々鼓動が早まったが、眠ったように静かな奏の視線は、完全に壁側を見つめている。
  気配を感じ、ゆっっっくりと体をこちらに向けてくる奏。
  一触即発の緊張感に負けて動き出してしまいそうだったが、まだ動き出すタイミングではない・・・


  ・・・


  ・・・・・・


  目が合った!

「奏ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
しおりを挟む

処理中です...