1 / 19
1話 裏切りの連鎖
しおりを挟む「……」
1人の男が、暗い部屋の一角にある黒いドアの前に立っていた。
その男は、重そうな装備に身を包み右手には黒く固そうな棒を持っていた。
何かのタイミングを測っているのか、一定のリズムで身体が揺れている。
そして、タイミングが来たと言わんばかりに、男は前のめりになりながら、ドアを強く開けた。
「動くな!!!警察だ!!!!!!!」
男は、持っていた警棒を構えながら中へ入っていくと、薄暗く周囲を見渡すとロープで腕を縛られ吊り上げられている女性が数人いた。
衣服はまとっておらず、身体には皮膚が割れる程、大きなミミズ腫れができていた。
「んーーー!!んーー!!」
口をガムテープで抑えられた1人の女性は、男に気がつくと必死に自分がいることをアピールしていた。
「……っく。すぐに行きます!!」
男は、腕を吊り上げられている女性を避けながら、声のする方へ小走りに向かった。
他の女性は声を上げる事ができない状態だった。
この光景は、2度と忘れる事ができないと後悔しながらも、1人の女性がまだ生きていると言う安堵と警察官の使命感のみで震える足を強く踏み出しながら、女性のガムテープを剥がしロープを解いた。
「だ、大丈夫ですか!?ここで一体なにがあったんですか!」
「はぁ……はぁ……」
女性は、ロープが解けると力が抜けたように、床に座り込んだ。
そして、露出する身体を隠しながら小さく震えていた。
「大丈夫ですか?すぐに他の警察官も来ますので、今は周りを見ずに僕だけを見てください。あ、あと……」
男は、ヘルメットを外し、防刃チョッキを脱ぐと、中に着ていた汚れのない白いシャツを女性に優しく被せた。
「これ着てください」
「……男が。あいつがくる……あいつがくる!!あいつが!!!」
女性は急に声を荒げ、男のシャツの中に来ていた肌着を破るかの勢いで強く揺すりながら発狂した。
「男!?っく、まず落ち着いてください。その男とは誰ですか?その男はここにいますか?」
男は、女性の背中を摩り問いただすと落ち着いたのか息を切らしながら答えた。
「はぁ……はぁはぁはぁ。あいつ、あいつは『弥生 実』わ、私たちをここに呼んだ人間」
男は、その名前に聞き覚えがあった。
なにせ、この国の美しい宝石とも言われている人間だからだ。
だが同名なだけで、本人とは限らないと思いゆっくりと静かに息を整えた。
「弥生 実とは、アイドル歌手の弥生 実ですか?」
女性は名前を聞くと身体を強く抑え震え出した。
返事はしなかったが、その様子で悟った。
「……分かりました。後の話は、署で伺います」
「……先輩!……さん!聞こえますか!?」
外した装備についていた無線から、慌ただしい声が部屋の中を反響する。
男はすぐに無線を取り返事をした。
「隆二、一体どうしたんだ!なんでそんなに慌てて、応援はまだなのか!」
無線から聞こえたのは、同職と思われる隆二と言われている男の声だった。
「今、ビルの下に着いたところです!!後数分で救急車も来ます、部屋の回数と特徴を教えてください!」
「よ、よし!わかった!6回の6号室だ!!犯人はまだ見当たらず、建物内にいるかもしれないから注意しろ!」
「了解です!!すぐに向かいます!」
そして男はあることに気がつき、ゆっくりと冷や汗が額を流れた。
だが、取り乱すほどではなかった為、握っていた無線を話し、外していた防刃チョッキ等の装備を着ようとした瞬間、女性が急に叫び始めた。
「いやぁぁぁぁぁああ!!!!」
男は、すぐさま警棒を握り女性の視線の先へ振り返ると、綺麗な顔立ちをした青年が目の前に立っていた。
目の前とは、数メートルの話ではない。甘い吐息が男の鼻に掛かるほどの距離に青年は立っていた。
「……っく。クソッタレ」
男は、激痛が走り腹部を見ると青年の持っていたナイフが深々と刺さっていた。
「ダメじゃないか、警察官が装備外したら」
「っガハ!く、お前なんで、ぐっ!」
青年は腹部に刺さったナイフを上下にゆっくりと動かし、奥へ奥へとナイフを差し込んだ。
男の腕にはもう力は入っておらず、青年の刺さるナイフを押し返すことすらできなくなっていた。
「ん~~、君はわかってないんだよ。僕はこの国の宝……その場にいるだけで何億の金を引き寄せる宝石なんだよ?いいかい、宝石って言うのはそこにあるだけで価値があるんだ。でも、その宝石は遠目から見栄えが良くても、近くで光を透かすと濁った宝石だったら?細かい傷が付いていたら?そこにあるだけで価値がある宝石に、価値がなくなってしまったら?君はどうする?」
青年は、甘い吐息を男の耳を舐めるように吐いた。
「ぐはっ!お、お前がなに、なにをいってる、ぐっ!のか、俺にはわか、わかんねえよ」
男は、腕も動かなくなり弱っているはずなのに、瞳から光は消えず青年を強く見据えている。
「分かんないかな?そこに置いておくだけで、何億も金を運んでくる宝石なんだ、近くで汚れて見えるのなら近づかせなければいい。どんな汚れがついても、綺麗になるまで磨けばいい。細かい傷があるのなら、目視できないぐらいの強い光で、輝かせればいい。それが、この国の宝石なんだよ」
青年は、美しく整った顔が歪になるほどの、恐ろしい笑顔を男に向けていた。
「あぁ……そう、みた、いだな。はぁはぁ、だかお前は終わ、りだ。ここに、もうひとり、グハ!」
男は、吐血すると青年の服に血が飛び散った。
しかし青年は、男の発言にも血に染まった証拠でしかない血がついても微塵の動揺もしなかった。
「まだわからないの?僕はこの国の宝石なんだよ。これからは、遠い天国で光り輝く僕のことを見ていてよ」
青年が、腹部からナイフを引き抜くと男は崩れ落ちるように倒れた。
「がは!ぐぁぁ……」
男は、その場ですぐに倒れ、出血が止まらない腹部を抑えた。
しかし、抑え込めるほどの力が入らず、ただ手を添えているだけになっていた。
「じゃあね。ほら、いくよ令子」
青年は、男の後ろにいる誰かに声をかけた。
男は誰を呼んでいたのかすぐに気がつき、後ろにいる怯えていた女性を守ろうと青年を見据えながら女性との間に入った。
「こ、この、ひ、だけは、にが、してくれ」
男の声に力はなく、瞳の光も弱くなっていた。
「君は……本当に可哀想な人間だよ。宝石は、時に色を変えるんだよ。とくに、暗いところでは近づいても価値がわからないほどね」
「な、なにを……」
「お巡りさん!このシャツありがとね」
「!?」
声の方へ振り返ると、怯え泣き叫んでいた女が笑顔で男の肩を優しく撫でていた。
そして男は、凛とした透き通った肌のこの女も見覚えがあると薄れていく意識の中で気がついた。
しかし、血が抜け続けているせいで頭は回らず、目も動かなくなり確認することはできなかった。
男はもう分かっていた。自分は助からないと、このまま死ぬんだと。だけど、この建物には自分の同僚が来ていることを知っている為、どこかホッとしていた。自分が死んでもコイツだけでも捕まえる事ができれば、この死も無駄ではないと思ったからだ。
しかし、その希望もすぐに打ち砕かれた。
薄れ掛かる視線の先には、青年と楽しそうに話している男が見えた。
その男は、自分と同じような防刃チョッキを纏い、目印でもある光り輝くバッチをつけた帽子を被っていた。
そして、徐々に視力は落ち目の前は真っ暗になった。
唯一まだ機能している耳に入ったのは……
「実さん、血だらけじゃないですか!はぁ……もう、証拠隠滅するの大変なんだから、あんまり無理しないでくださいよ」
「あはは。ごめんね、隆二。でもこれで、僕達の近くにいる人間は居なくなったよ。これで何も気にする事なく、宝石は輝く事ができるよ」
「本当にコイツには苦労させられましたからね。あ、そうだ今度アイドルのみゆきちゃんを紹介してください!ファンなんですよね」
「あぁ、いいとも。この数年頑張ってくれたからね。じゃあ、帰ろうか」
遠く離れていく足跡だけが、男の耳に残った……
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる