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6話 悪戯で作られた運命

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 瑠衣はドアをを開け中に入った。
 その後ろを、緊張で手足が震えている達也が、隠れるように跡を追っていた。

 「じゃ、じゃあ中に入ろうか。もう、先生が待ってると思うから」

 「は、はい、任せてください!」

 部屋の中に入っていくと、こぢんまりとした部屋に年増の女性がピアノを弾いていた。
 その曲は、学校などの発表会でも使われるメジャーな曲だった。
 
 「河合先生、お待たせしました!」

 瑠衣が元気よく挨拶すると、河合と呼ばれている先生がゆっくりと立ち上がり達也の前に来た。
 その動作は、どこか品があり色っぽく見えた。

 「遅かったわね。そして、この子が達也くんね。うん……いいわね、この子。うん……」

 彼女は達也の顔をまじまじと眺めた。
 女性に見続けられた事がない達也は少しずつ恥ずかしくなり、頬を赤く染めていた。
  
 「うふふ。こんなに良い顔してるのに、女性には不慣れなのかしら。今の時代、アイドルや俳優に求められているのは、見た目よりも誠実さだからね。君はその点、満点かしら」

 「うっ、ありがとうございます。でも、僕……アイドルにはなれないかな?その、歌が下手で……」

 「みんな、そんなもんよ?もちろん、歌が上手い子は沢山くるわ。でも、それは素人としてよ?プロと比べたら、どんな子だってそこまで大した違いは無いわよ。まぁ、弥生くん見たいな何でもできてしまう、特別な子もいるけどね」

 「その、あい……つ、弥生くんは最初から歌えたんですか?」

 「うふふ。今、弥生くんをあいつ。と言おうとしたでしょ。君は不思議ね……女の人は苦手そうに見えるけど、弥生くんに対しては異常なまでの執念や強い気持ちが伝わってくるわ」

 瑠衣だけではなく、河合も達也に何かを感じ始めた。

 「いや、その、何というか……やるなら、トップを目指そうと思っているので!」

 何となくで誤魔化そうとしていたが、河合はニヤニヤしながら達也を見透かすように見つめている。

 「あ、そうそう、君の質問に答えてなかったね……彼はね、最初から全て特別だったわ。歌わせればプロ顔負け、踊らせればダンス講師が鬱になり、演技をすれば共演者が号泣。何をやらしても完璧だったの。だから、彼は国の宝石なんて言われるよになったのよ」
 
 「そ、そんなにすごいんですね……」

 話を聞くにつれ、弥生が如何に遠い人間なのか痛感する達也だった。
 もしかしたら、一度も会う事ができないんじゃないかと思うほど……
 しかし、それは正当な方法で会う場合の話だ。
 達也には、どうすれば弥生に近づく事ができるのかは、既に考えてあった。
 
 「どう?それでも、弥生くんに挑む覚悟はある?」

 「はい……僕は絶対に負けません!」

 達也は拳を強く握り、真っ直ぐ河合を見つめた。

 「うふふ……いいわよ。なら、まずは君の歌声を聞こうかな」

 「うっ……はい」

 「それじゃあ、この前に立って」

 河合の指示されたとこには、スタンドマイクが立っていた。
 達也は冷や汗をかきながら、震える手でスタンドを握った。

 「は、はい。立ちました。それで僕は何を歌えば……」

 「そうね……なら『春に』『旅立ちの日に』『大地讃頌』とかは、どうかな?」

 「それなら、旅立ちの日にで……学生時代に歌った事があります」

 達也は何も考えずに答えた。
 そして、河合ではなく瑠衣が焦るように達也に近づいてきた。

 「き、きみ!過去を思い出したの!?いや、なんか元々覚えていた様な言い方だったけど!?!?」

 そう、達也のミスは自分が記憶喪失だと言うことを忘れていた事だ。
 
 「あ、本当だ……なんか、自然と口から出ました!」

 達也は、記憶喪失の人がよく使うフレーズで瑠衣を誤魔化そうとした。

 「な、なるほど……そう言った、方法もあるのか……あ、ごめんね遮って。どうぞ、続けて」

 瑠衣は、納得して元の場所へ戻っていった。

 ーーやばかった。今のはヤバかった。何をしてるんだ僕は!!でもよかった、うまいこと誤魔化せて……今後は、注意しないといけないな。良い教訓になった。

 「いいかしらね?それじゃあ、始めるわよ……」

 「あ、はい!!」

 達也は高鳴る心臓を抑えるために深く息を吸い、歌い始めた。

 「白い光のなかに……山並みは燃えて……」

 達也の歌声は心を洗うかの様に優しく透き通っていた。
 だが、その歌声は徐々に力強くなり聴いている人間の心を震わせた。
 音痴だなんて、よく言ったもんだと思いたくなる程、彼の歌声は素晴らしかった。
 嘘をついていたわけではない。本当に達也は音痴だったのだ。
 しかし今は、メロディが頭の中を駆け巡り、どう声を出し、どの音色に合わせれば良いのか不思議と理解できていた。
 これもあれも、謎の声の大サービスである。
 ふと、スキルよりも良い物を貰ってしまったんではないかと思う達也であった。

 「……どうでした?」

 「「……」」

 瑠衣と河合は、目を見開きながら達也を見ていた。
 そして、息ぴったりに2人で目を合わせると興奮しながら感想を言い出した。

 「達也くん!!あなた、なんで自分が音痴だなんて言ったの!私なんて、君に自信をもってもらうために、自分の恥を晒したのに!!ひどいよ!!」

 瑠衣は裏切られたと思い、顔を赤くしながら怒っていた。
 それとは逆に、河合は落ち着いていた。

 「君……本当に素晴らしいわ……弥生くんは、自分を見てと言わんばかりに明るく、活発な子供のような感じだったけど。君は正反対……おとなしい歌声なのに、内に秘めた怒りを溜めてる様な……聞く人によっては狂気にも感じるほど、そんな歌声だったわよ……」

 落ち着いていたと思っていた河合だったが、感想を行っている最中は、自分の拳を強く握り興奮を抑えているように見えた。
 
 「あはは……安心しました。それで合格ですか?」

 「え?えぇ、合格なんてシステムは元々ないけど、そうね……合格よ。歌声は?だけどね。次はダンスよ」

 「はい!ありがとうございます!ダンスはした事もないので、下手だと思います」

 「うふふ……そうね、下手であってほしいわ」

 河合は意味深なことを言いながらも、見本の為に達也の前で踊り始めた。
 
 「いい?ここでステップを踏んで、ここでターン。良いわね?ではやってみて」

 「はい!ここでステップ……ここで、ターン。どうですか?」

 「えぇ……いいわよ。なら、次は……」

 河合は、少し不満そうな顔をしながらダンスを教えた。
 そして2時間のコーチが終わった。

 「どうでした!河合先生!」

 達也は、どんどん成長していく自分に興奮を抑えきれないでいた。

 「えぇ……うんざりする程、良かったわ。弥生くんの講師が鬱になった気持ちが今分かった気がするわ。それじゃあ、次は演技の練習なんだけど、それはまた今度にしましょう。とりあえず、アイドルを目指すならこれだけで十分だわ。そうでしょ、瑠衣?」

 河合は、少し嫌な目つきで弥生を見た。
 もうこれ以上、私に恥をかかさないでと言っているのが瑠衣にしっかりと伝わった。

 「え、あ、もちろんです!もう完璧です!!本当にすみませんでした」

 瑠衣は、深々と頭を下げて達也を外へ連れ出した。

 「あ、河合先生!ありがとうございました!また教えてください!」

 「えぇ、また機会があったら教えるわ」

 河合は、作り笑いをしながら達也を見送った。

 ーーはぁ、なんて子なの……まるで、弥生くんの再来ね。でも、彼とは全く真逆だわね。弥生くんは、純潔で無垢な子供の様で、光によっては何色にもなる事ができるダイアモンド。達也くんは、時によっては落ち着いた緑色にもなれるし、情熱的な赤色にもなれる。光によってハッキリと色が変化する、宝石の王様であるアレキサンドライトね……本当、不思議な運命を持った子たちだわ……
 
 そんなことを思いながら、窓から瑠衣たちを見送る河合であった。
 ちなみに、アレキサンドライトの石言葉には、河合が言った『宝石の王様』と言われているのが、世間一般的だが。
 実は、もう一つ別の石言葉がある、それわ……
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