チャルメラ

源燕め

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「楠本、ギアを忘れてるわよ」
 ドアを出て行く背中にそう呼びかけたが、聞こえなかったようだ。机に放り出されたままのギアを持ってたちあがると、むこうずねに痛みが走った。
 さっき、机の角に思い切りぶつけた、あの打ち身だ。
 ギアをつけると、視界がすべてメタバースの中に切り替わる。だから、机からは少し離れた場所でギアをつけたのだが。まさか、ギアの評価を依頼した楠本も、私がいきなり走りだすとは思わなかっただろう。

 楠本には、子どもの頃の楽しい思い出が目の前に広がったのか。そう思うと、すこしやるせない気持ちになった。
 机の上のヘッドギアをもう一度手に取ると、頭に装着し、電源を入れた。
 暗いだけかと思ったら、こんどはうすぼんやりと街並みがみえた。何か変だとおもったら、視界が低い。あたりをきょろきょろと見回して、子どもの目線であることに気が付いた。
「これ、すごいじゃない。楠本を褒めてやらないと」
 暗いのは夜だからだ。ぶつかるのが怖くてなかなか前に踏み出せない。何度もあたりを見回して、ようやくここがどこだかわかった。埼玉の実家の前だ。
 生まれたのは北九州だったが、小学四年生の時、両親が離婚した。私と三つ下の弟は母親に引き取られて、埼玉の祖父母の家に身を寄せた。
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