空の話をしよう

源燕め

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第七章

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 アルフィユまで乗合馬車で一日半。乗合馬車とは名ばかりで、荷馬車の荷台に板を渡し、その上にぼろ布をかけて座席にしただけのものだ。
 あまりの揺れに、カーライルは気分が悪くなった。
「カーライル兄ちゃん、乗り物に弱いの?」
「よくそれで、飛空艇に乗ってたね…?」
「いや、飛空艇って、こんな風にがたがた揺れたりはしなかったぞ」
 飛空艇は揺れるというよりも、機体全体が風に揺さぶられる感じだ。それに対して、荷馬車はがたがたと下から突き上げられる揺れが何時間も続く。
「おれ、馬車を降りて歩くよ」
 カーライルが青い顔をしてそう言ったが、リーヤがその手をとめた。
「もう、お金を払ってるのに、もったいないでしょ」
「それに、ここから歩いていったら、アルフィユまであと二日かかるよ。その間の宿代もかかっちゃうし、無駄じゃない?」
「いや、野宿するし、ふたりはこのまま乗っていけばいい。アルフィユで落ち合おう」
「汽車の出発日に間に合わなくなってっもいいの?」
「…出発日? アルフィユに行けば乗れるんじゃないのか? もしかして汽車って毎日動いてるわけじゃないってのか?」
「汽車に乗ったことは?」
「ないけど」
 カーライルの返事に、トーヤの眉がさらに曇った。
「ねぇ、カーライル兄ちゃん。いつか聞こうと思っていたんだけど、兄ちゃんはどこから来たの? 遠くからだって言ってたけど、汽車に乗ってきたんじゃないのか?」
「遠くからっていうのは本当だよ」
「なんて街?」
 二人で問い詰められると、カーライルはうまく話を逸らせることができなかった。思わず、本当のことが口を突いて出てしまった。
「オージュルヌ……」
「オージュルヌ?」
「聞いたことないよ、そんな街…」
 双子が互いに、記憶の中を探っているようだが、心当たりはなさそうだった。当たり前だ、オージュルヌはこの国の街ではなく、普通の人が知っているような場所ですらなかった。
「すごく遠くなんだ。本当に、すごく」
「だから、そんな遠くから、どうやって来たんだよ。汽車じゃないんだろ?」
「オージュルヌにも汽車は通ってなかった」
「その街もタシタカみたいに辺境ってこと?」
「え、ああ、そうなんだ、すごく辺鄙なとこでさ」
「そんな遠くから、歩いてきたの? 大変だったよね」
 リーヤが隣から、助け船を出してくれた。本当は歩いてタシタカに来たわけではないが、勘違いをしてくれていたほうが、カーライルには都合が良かった。
「お客さんたち、もうすぐアルフィユだ」
 御者台から荷台に座っている乗客たちに声がかかった。
 話し込んでいるうちには、カーライルの吐き気はおさまっていた。歩くことも、野宿することもなく、無事アルフィユに到着できそうだった。

 アルフィユはタシタカとは比べものにならないほど大きな街で、人も馬車も多かった。ちらほらと自動車の姿も見える。
 駅に向かい、明日帝都にむけて出発する汽車の切符を買うと、近くの安宿に泊まることにした。
「帝都行きの汽車は週に二回しか出てないんだ」
「不便だな…」
 カーライルがぼそっと呟くと、トーヤが噴き出した。
「汽車のことを不便って言う人なんて初めてみたよ。それまで、馬車で何日もかかっていた道のりをたった一日半で走り抜けるんだぜ。こんな便利な乗り物なんてないだろ?」
「でもさ、飛空艇を見た後だと、どうしてもな」
「そうはいっても飛空艇で、アルフィユから帝都までは飛べないよ。距離が長すぎる。タシタカから、アルフィユくらいなら、なんとか飛べるかもしれないけど」
「いつか、飛べるようになるさ」
「そのためには、飛行距離を延ばさなくっちゃ!」
 飛空艇のことになると、トーヤとリーヤの話が止まらなくなる。燃料効率がどうだ、機体重量がどうだと言っているうちに、眠気が襲ってきたようで、知らないうちに朝を迎えていた。
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