64 / 70
第十六章
(2)
しおりを挟む
順調に五つ目の襞を越えたところで、長の館が見えてきた。産まれてからずっとカーライルを育ててくれたエセルバートは、その館からこの飛空艇を見ているだろうか。おそらくアーネスティから話を聞いて、カーライルが大峡谷を目指すことは知っているはずだ。それでも、カーライルをとめるような言伝てはなかった。きっとカーライル自身の判断に任せてくれているのだ。そういう育て方をする羽人だった。
長の館の次の山脈は、ひときわ高くなっている。
その向う側が、大峡谷だ。
下方から吹き上げる風が乱気流を起こす難所だ。もっと幅があるように思ったが、自分の羽ではなく、飛空艇に乗っていると、翼端からの距離はわずかだ。煽られて操縦を誤ると翼を岩壁にこすりかねない。
カーライルは慎重に操縦桿を前に倒し、少しづつ高度を下げ始めた。あの頃と変わらず、谷底は真っ暗で何も見えない。
ただ風のうずまく音だけが耳にうるさい。下方からの風で突き上げられる中、安定した体勢を保ちつつ高度を下げるのは、相当緊張する。操縦桿を握る手が、手袋の中で汗まみれになっているのがわかった。
降りて行くと、谷底が途中で縦に屈曲しているのがわかった。これで光がさえぎられていたのだろう。曲がっている部分は、ほかの場所以上に狭く、機体を通せるか判断に迷ったが、ここで引き返したのでは意味がない。一か八かやってみるしかなかった。
思い切って、操縦桿を前に倒した。体勢を斜めにすれば、屈曲点を通れるかもしれない。ただ、傾けすぎると揚力を失って失速する恐れがある。どこが限界かは、羽に受ける風の厚みをその感覚で掴みとるしかなかった。
カーライルは、誰よりも風を読むのがうまいと言われていた。その感覚を取り戻せばいい。そう自分に言い聞かせて、機体の姿勢を前に倒すと、飛空艇は速度を上げて、降下していった。
屈曲点の向う側から、光が差し込んだ。
飛行眼鏡はいくらか反射光を遮ってくれるが、それでも渓谷の内側の闇に眼が慣れていたカーライルは、眩しさに思わず、目をつぶりそうになるのを必死でこらえた。
わずかな涙で視界が滲む。
屈曲点を越えた先は、思いもかけず、短い距離だった。空の青さが目に染みた。
「抜けた!」
大峡谷を下に抜けると、頭の上には、空に浮く大陸があった。
長の館の次の山脈は、ひときわ高くなっている。
その向う側が、大峡谷だ。
下方から吹き上げる風が乱気流を起こす難所だ。もっと幅があるように思ったが、自分の羽ではなく、飛空艇に乗っていると、翼端からの距離はわずかだ。煽られて操縦を誤ると翼を岩壁にこすりかねない。
カーライルは慎重に操縦桿を前に倒し、少しづつ高度を下げ始めた。あの頃と変わらず、谷底は真っ暗で何も見えない。
ただ風のうずまく音だけが耳にうるさい。下方からの風で突き上げられる中、安定した体勢を保ちつつ高度を下げるのは、相当緊張する。操縦桿を握る手が、手袋の中で汗まみれになっているのがわかった。
降りて行くと、谷底が途中で縦に屈曲しているのがわかった。これで光がさえぎられていたのだろう。曲がっている部分は、ほかの場所以上に狭く、機体を通せるか判断に迷ったが、ここで引き返したのでは意味がない。一か八かやってみるしかなかった。
思い切って、操縦桿を前に倒した。体勢を斜めにすれば、屈曲点を通れるかもしれない。ただ、傾けすぎると揚力を失って失速する恐れがある。どこが限界かは、羽に受ける風の厚みをその感覚で掴みとるしかなかった。
カーライルは、誰よりも風を読むのがうまいと言われていた。その感覚を取り戻せばいい。そう自分に言い聞かせて、機体の姿勢を前に倒すと、飛空艇は速度を上げて、降下していった。
屈曲点の向う側から、光が差し込んだ。
飛行眼鏡はいくらか反射光を遮ってくれるが、それでも渓谷の内側の闇に眼が慣れていたカーライルは、眩しさに思わず、目をつぶりそうになるのを必死でこらえた。
わずかな涙で視界が滲む。
屈曲点を越えた先は、思いもかけず、短い距離だった。空の青さが目に染みた。
「抜けた!」
大峡谷を下に抜けると、頭の上には、空に浮く大陸があった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる