ヴァルホルサーガVR~夜明けの開拓者たち~《改稿版》~地雷スタートでもヒーローになれますか?~

夏冬春日

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第1章 宵闇の冒険者

第一話 Miss out

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 気がつくと港前の広場にいた。目の前には大きな船が何隻も停泊している。
 船の手前には演壇が有り、そこにはフロックコートの女性が立ち、そして演説をはじめた。

「諸君! 魔族はびこるここ、宵闇の大陸の開拓に力を貸してくれたこと。まずはそのことに感謝を」

 彼女は軽く頭を下げ、続ける。

「この開拓使は我がヴァイスリヒト帝国を含め、列強各国がその垣根を越えて設立したものだ。我々も、そしてエインヘリヤルの皆も思うところはあろうが――」

 彼女の演説を、広場に集まったたくさんの人が身じろぎもせず聞いている。俺もそのうちの一人だ。
 彼女を含め、演壇のそばにいる人々は、いかにもといった感じの優等な服装をしている。
 とはいえ、その人ごとに――もしくは国ごとに――その趣は違う。壇上の彼女はいかにも軍人風だし、そばには瀟洒しょうしゃな祭服を着た少女や、太った身体をゴテゴテと悪趣味に着飾った人物もいる。

 逆側、自分の周りは基本的に、野暮ったい似たような服を着ている。
 ただ、ぱっと見渡す限り――何かの設定なのか、身体を大きく動かすことはできないが――こちらには多種多様な種族がいる。
 2メートルは軽く超えるであろう巨体の人。逆に腰くらいの背の高さの人。体の一部が機械になった人。身体の一部が鉱物でできている人。そして体の一部が動物になった人達だ。
 そう、おわかりだろうか? 身体の一部が動物、すなわちネコ耳ネコしっぽである。
 俺の真っ正面にいる熊耳をはやした巨体のおっさんが邪魔で見えずらいが、その奥にはネコ耳のスレンダー美女がいるのだ。
 今は幸いなことに、プレイヤーは視線以外を動かせない。つまり、俺がそのネコ耳お姉さんに視線を固めても気づかれないと言うことだ。
 俺は熊耳おっさんを射抜く勢いで、視線に力を込める。
 ぐぬぬ、邪魔だ。おっさんのおかげで、至高のネコ耳が全貌が見えない。

 そう。ネコ耳とは至高の存在である。それは究極の存在たるウサ耳と対をなす萌えの極致。
 だがここで間違えてはいけない。ケモ耳に貴賤はない。イヌ耳もクマ耳も、ケモ耳はあまねく人を幸せにする、人類の宝であると言うことだ。
 ただし、俺の視線を遮るクマ耳おっさん。あなたはだめだ。絶許である。

 そんなことを考えていると、不意に海から風が吹いた。
 ネコ耳お姉さんの髪がふわりと舞う。

 ――しまった。見逃した。

 さっきの一瞬。髪に隠されたネコ耳お姉さんの横顔が見えた気がしたのだ。
 横顔。つまりは人間で言うノーマル耳がある場所が、一瞬確認できたのだ。
 だが俺はそれを見逃してしまった。なんということだ……。

 獣人にはケモ耳しかないのか。それとも同時にノーマル耳も持っているのか。
 これは数多の識者の元で論争になった、永遠の命題である。そして作品ごとに違う設定がなされ、ものによっては最後まで明かされないものもある。
 だがこのヴァルホルサーガはVRゲーム。そこはしっかりと決められているはずだ。
 であればこそ、確認したくなるのが人情である。

 それなのに! それなのに俺は、その千載一遇のチャンスを逃してしまった。

 ……いや、まだ俺にできることがあるはずだ。それは何だ? 今ここで直接確認しに行くか?
 だめだ、それはできない。高校時代の友人の佐藤君なら衝動に任せた行動をとっていただろう。
 そして彼らしい悲惨な結末に向かっていったであろう事は間違いない。実際そんな様を何回も見てきた。
 だが俺は紳士だ。自制を知った大人の男だ。そんなことはしない。直接触れるのはそう……、もっと心を通わせてからだ。
 何より未だに身体を、視線以外を動かすことができない。
 ならば、どうする? 俺にできることはあるか? 考えろ、考えろ。

 そのとき俺に一筋の希望が見えた。

 …………そうだ! あるじゃないか。たった一つだけ。
 そう、それは念じること。

 風よ! 吹け! 世の女性を悩ませる春一番のごとく、ふわりと巻き上がる風よっ! 吹けっ!!

 一心に念じたそのとき、ひときわ大きな声が響き渡った――。

「以上で私、開拓使長官クリスティン・S・コルネリウスの話を終わる。ここに集いし黄昏の戦士たちが、この宵闇の大陸に光をもたらすことを願う」

 壇上の女性、コルネリウス長官がそう言い切ると、周りから歓声が、そして大きな拍手が湧き上がる。
 やばい! ネコ耳お姉さんに集中しすぎて話を全く聞いてなかった。もしかしてまずったか?
 俺が戸惑っている間にもコルネリウス長官の話は続く

「諸君、お待たせした。受付等の準備も完了したようだ。先ほど行ったとおり、まずは登録を。その後、冒険、いや開拓へと赴いてもらいたい」

 そこまで言って、コルネリウス長官は大きく手をたたいた。

「それでは、解散だ!」

 その言葉とともに、周りの人が一斉に動き出す。

「よっしゃあ、目指せトップ!」「受付が混む前に急ごうぜ」「とりあえず外行って、軽くペロってくるか……」

 三々五々に散っていく人たち。

「こちら、護術士と火術士がいます。ヒーラーの方パーティ組みませんかー」「ヴァイスリヒト帝国への所属を希望される方、よければこちらへー」

 大声でパーティの募集をかける人たち。

「ずいぶん年を食ったねぇ」「そういうおまえさんは一部分がずいぶん減ったのぉ」「なぁに? 大っきい方がよかった?」

 知り合い同士集まる人たち。なれなれしく肩を組んだり、いちゃついたりしている。

 ぐぬ……。その様子に歯がみする。
 いや、決していちゃついているのがうらやましかったからではない。ただそう……、金長達との合流を考えていなかったことに気づいたからだ。
 一緒にやろうと言ってたのに、格好も名前も聞いてない。ましてや符丁なんかも決めていないのだ。
 金長ならどうせ大きく目立つアバターを用意したと思うし、名前も見たらわかるとは思うんだが……。

 辺りを見回すが、どうにもそれらしい人物が見つけられない。
 そうこうしていると、不意に袖口を引かれた

 振り向くと、鋭い目つきで俺を見上げる少女がいた。ショートボブに切りそろえられたシルバーの髪からは、小さくとがった耳がのぞいている。そしてその背中には小さく羽が見えた。

「兄さん、でいいですよね」

 彼女は、振り返った俺の顔を見、得心したのか小さく頷く。
 ……誰だ?
 俺を兄と呼ぶのは、一人しかいない。でも彼女はまだ15才。保護者同伴じゃないと、このヴァルホルサーガはできないはずだ……。

「お嬢さん、誰かと間違えて――」

 いや待て。その小さくとがった耳。そして何より、二の腕に刻まれた異形いけいのアザ。

「もしかしていとこの……」

 この場でどう呼べばいいか悩み言いよどむ俺に、彼女はカードを渡してきた。
 それを受け取るとシステムアナウンスが流れる。

【カネティスからキャラクターカードを受け取りました】


 ―――――――――――――――――――――
 名前:カネティス・アウローラ
 種族:アーラウィル
 加護:ゲイルドリヴル Lv3
 クラス:弓術士  1
     精霊術士 1
     斥候   1

 備考欄:
 ―――――――――――――――――――――

「はい、いとこのカネティスです。よろしくお願いしますね、兄さん」

 そう言うと、カネティスは小さく微笑んだ。
 その笑みを見て、少し安心する。てっきり嫌われてしまったと思ってたけど、どうやらそうじゃなかったみたいだな。
 色々あって、あんまり表情を出さない子になってて……、再会した時も変わってなかったから心配だったんだけど。VRだからだろうか、素直な感情をあらわにしている気がする。

「おどろきましたか?」

 顎に指を当て小さく笑うカネティス。

 ……ああそうだ、思いだした。この顔はそうだ。人をおどろかせて喜んだときの顔だ。
 小さな頃は、いろんないたずらを仕掛けては、みんなをおどろかせてたんだよなぁ。
 主に被害にあった、俺や叔父さんはたまったもんじゃなかったけど。でも彼女を含めその回りには笑顔があふれていた。
 その笑顔が本当に久々に見られて、ものすごく感慨深い。
 深いのはいいんだがちょっと待て……。色々と疑問があるぞ。

「えっと、カネティス。いくつか質問があるんだが、いいか?」
「はい、いいですよ」
「まず一つ目。このゲーム、カネティスの年齢だと保護者同伴必須だろ? ぱっと見、見当たらないけど、それはどうしたのかって言う話。もう一つはその格好だな。髪と羽以外リアルとあんまり変えてないみたいだけど、大丈夫なのかって言うことだ」

 俺が疑問を口にすると、カネティスはない胸を反らせた。あ、そういやそこもリアルと変わらないな。

「何か不穏な空気を感じましたが……、まあいいです。質問には答えましょう」

 一瞬カネティスは眉をひそめたが、小さく息をつき答えてくれた。
 ……やばかったな。新たな地雷をふむところだった。

「まず一つ目」

 カネティスは人差し指をあげる。

「これに関してはおばあさまに相談しました。色々と協力してくれてるお礼だと言って快く引き受けてくれましたよ。兄さんと会うことを話したら、一緒にゲームに入ってくれたおじいさまと連れだって散歩に行きました。保護者設定をしている人とは、いつでも連絡可能なので、そばにいなくても心配はいりませんよ」

 もう高校生ですからとカネティスは頷く。
 ……いや、厳密に言うとまだ違うだろう?

「次に二つ目」

 カネティスは、人差し指に加えて中指もあげた。

「容姿をあんまり変えてないのは、時間が足りなかったからですね。おばあさまに連絡したり、キャラメイキングを悩んだりしてたら、容姿設定の時間がなくなりました。まぁ、世界観はファンタジーのようですし、レーテメモリアの件もあるので大丈夫でしょう。大体兄さんだって、髪以外リアルと大して変わらないじゃないですか。人のことはいえませんよ」

 む、確かに俺も美化200%されてるとはいえ、そこまで変わってるというわけじゃないし、その点は一緒、か?
 いや、でもなぁ。カネティスの場合は俺とはちょっと事情が違うだろうに……。
 不安を口にしようとする俺を、カネティスが止めた。

「あれから何年たったと思ってるんですか? もう大丈夫です。それにこれは、今は……。そう、記念みたいなものですしね」

 カネティスは髪をかき上げ、そして、その二の腕をなでさする。
 その表情からは不安は見て取れない。
 …………うん、これなら大丈夫か。
 思えば彼女とはもう六年も会ってなかったんだ。変わりもするし成長もするだろう。
 いつも後ろについて回っていた子の独り立ち。何というか一抹のさみしさがあるな……。

「……兄さん?」

 そんな俺の物思いを、カネティスが遮る。

「兄さんも私にキャラクターカードをください。私まだ、兄さんの名前もわからないんですよ? それにキャラクターカードを交換しないとフレンド登録もできないんです。そのために急いできたんですから……」

 カネティスが手を差し出してきた。

「……ん? ああ、ごめんごめん。……えーと、どうやってキャラクターカードを出すんだ?」
「そういえば兄さんはVR初体験でしたね。メニューオープンって口に出すか念じるかすると、自分の目の前にメニュー画面が現れます。そこでキャラクターカードを選んでください。この辺のUIは、どのVRゲームも変わりませんから、今のうちに操作に慣れておくといいですよ」

 促されるままに操作をしていく。
 この、念じるっていうの意外と楽だな。思った以上にスムーズに操作が行える。

「あ、兄さんもすぐに使えたみたいですね」
「ああ、これ便利だな」
「はい。アーツやスペルにも融通が利くものがあるみたいなので、今のうちになれておくと便利ですよ」
「なるほどな。わかった」
「あ、キャラクターカードに表示する内容も、そこで設定ができますので、それも確認しておくといいと思います」

 ん? ああこれか……。
 なるほど、クラスレベルや備考欄の表示非表示を、フレンド、パーティ、コミュニティごとに設定できるんだな。
 ふむ……。とりあえず今のところはデフォルトのままでいいか。
 カネティスに隠すことも、何もないしな。

「後はそうですね。……腰のポーチに手を入れて念じることで、キャラクターカードを取り出すこともできます。これは、他のアイテムも一緒ですね。……って、あれ?」

 そこまで言ってカネティスは、俺の腰に目をとめた。

「腰につけてるのって獣魔の卵ですか? ということは兄さん、エッグマスターのクラスをとったんですね」
「ああ、そうだよ。体験ムービーで召喚士っぽいことをしてたからね」
「……体験ムービー? ああなるほど。おばあさまが言っていた、深層解析デプスアナリシスというやつですね。なるほど、それならば確かでしょう」

 カネティスは、ふむふむと頷きながら、「ああ、でも兄さんの体験ムービーは見てみたかったですね」などとつぶやいた。
 いやいや、勘弁してくれ。木屋橋姉弟に見られてただけでも恥ずかしかったんだ。カネティスに対しては言わずもがなだ。
 せめても、妹分に対しては格好つけたい。
 俺はごまかすように、取り出したキャラクターカードをカネティスに手渡す。

「あ、はい。ありがとうございます。ふむふむエッグマスターにウェポンマスター……」

 おや? おかしい。カネティスのさっきまでの笑顔が、どんどん抜け落ちていっている。

「…………兄さん。これは一体どういうことでしょうか?」

 カネティスがぽつりとつぶやいた。その声音はずいぶんと冷たい。心なしか回りの温度も下がった気がする。
 何か気に障ることでもあったのだろうか……。
 俺も自分のキャラクターカードを確認する。

 ―――――――――――――――――――――
 名前:コダマ・パサド
 種族:ヒューマン
 加護:エルルーン Lv3
 クラス:ウェポンマスター  1
     妖精使い      1
     エッグマスター   1

 備考欄:
 ―――――――――――――――――――――

 ふむ、特別問題があるようには思えないんだが……。

「えっと、何か気になることでも――」

 恐る恐るたずねる俺の声を、カネティスが遮った。

「――気になること? ありありの大ありです! なんですか、このクラスの取り方は!」

 おおう、おこである。カネティスがこんなに感情をあらわにするなんて珍し……、いや身内だとこんなものだったか?
 うん、そうだったかもしれない。とはいえそれが、自分に降りかかる火の粉となっているのだ。たまったものではない。
 いやでもクラスの取り方だろ? 確かに広く浅くとってしまったとはいえ、そこまで悪いものでもないと思うんだがなぁ……。

「どうやら理解してないご様子ですね。……わかりました。説明しますので、そこに座ってください」

 カネティスが指さす先は地面。

「え!? いや、さすがにここは……。ほら人通りもあるし」

 いくらか散ったとはいえ、先ほどまで皆で演説を聞いていたのだ。まだ多少のにぎわいはある。

「す、わ、っ、て、く、だ、さ、い」

 カネティスの迫力に押され地面に腰を下ろす。

「正座」
「あ、はい」

 居住まいを正す。地味に足が痛い。VRの再現度が高いのがこれだけで見て取れるな。いやまあ、こんなことで知りたくはなかったけれども……。
 あと、周りの視線も痛い。
 だがカネティスは、そんな視線を気にせず「よろしい」、そう言って説明をはじめた。

 ……ああ、俺は叔母さんに問いたい。この六年、カネティスにどんな教育をしてきたんですか、と。

「兄さん、聞いていますか?」

 トリップしかけた俺を、カネティスが引き戻し、説明を続ける。
 それを簡単にまとめるとこうだ。

 ・クラスには大きく分けて戦闘、生産、補助の三つのタイプがある。
 ・取得できるアビリティ(パッシブ能力や武具の装備制限解除)や、アーツ・マジック・スキル(戦闘時、非戦闘時の技能)は、ついているクラスで変わる。
 ・戦闘クラスLv×1+生産クラスLv×1+補助クラスLv×0.5≦加護Lvでなければならない。ただしこれは基本であり、加護によっては計算式が変わる。
 ・補助クラスには戦闘や生産に関わらないクラス(フィッシャー等)や、戦闘生産クラスを補助するクラス(ライダー等)がある。
 ・戦闘クラスはもちろん、生産クラスも護身程度の戦闘をこなせるが、補助クラスはそれ単体で戦闘や生産は難しい。

「以上を踏まえた上で兄さんのクラス構成を見てみましょう。あ、ちなみに初期で選べる戦闘・生産クラスは、すべて○○士と言う名前ですよ」

 カネティスはぴっと指を立てる。
 改めて俺のクラスを確認する。ウェポンマスター、妖精使い、エッグマスター……。
 なるほど、どれも○○士じゃないな。見事に全部補助クラスだ。つまりはこれがカネティスが怒った理由か。
 となると、エルがキャラメイクの時に戸惑っていたのも、これが理由だったのかもしれない。
 ただ、エルはなんとかなるともいってたからなぁ。救済措置があると信じよう。

 ステータスを見つつ考え込む俺を見て、カネティスがふむと頷く。

「どうやら理解されたようですね。ちなみに補助クラスばかりだと武器防具にも制限がかかります。例えば私の弓術士はアビリティに弓装備(Ⅰ)があるので弓系の武器の装備が可能です。ですが、もしそれがなければ弓を装備することはできません。アビリティ無しだと布系の基本防具と、最初から持ってるオリゴナイフしか装備できないんですよ」

 そこまで言うと、カネティスは俺に手を差し出した。

「……理解したよ」
 
 答えつつ、俺はその手を取り立ち上がる。どうやらカネティスは許してくれたらしい。

「それに、補助クラスだけだとギルドに所属できないかのせいもありますしね」
「……ギルド?」

 はてと疑問を浮かべる俺の顔を見て、カネティスがまなじりをあげた。

「……兄さん、もしかしてゲームの基本説明を読み込んでなかったばかりか、さっきの演説まで聴いてなかったんですか?」

 やばい、話を聞いてなかったどころかネコ耳に思いを巡らせていた。
 これがばれると正座リターンの可能性がある。足がしびれも抜けてないし、それは避けたい。
 なんとかごまかさないと……。

「いや、初めてのVRで少し興奮してたから聞き逃したかもしれない」

 大丈夫、嘘は言ってない。初めての生のケモ耳に少し興奮してしまったのは事実だし。

「……まぁいいでしょう」

 カネティスはいぶかしげにこちらを見つつも、改めて説明してくれた。

「先ほどの演説では中央広場で戦闘系生産系ギルドへの案内をしているとのことです。そちらでそれぞれのクラスに応じた講習、および装備を受け取れます。加えて中央広場には開拓使庁舎もあります。クエストの受注はそちらでできるようですよ」

 開拓使はわかりますよねと尋ねるカネティスに頷く。
 さすがにそれはわかる。要はファンタジーものによくある冒険者の酒場的なものだろう。……たぶんな。
 となるとでも、ちょっと困ったことになるかもしれない。

「もしかすると、ギルドに所属しないと初期準備ができない可能性があるのか? 所持金もゼロだし。これは下手したらパーティも組めないかもしれないな」

 今から転職を考える? ……いやでも、エルに大見得切ったんだ。試しもせずに諦めるのも……。
 俺の悩みに、カネティスも同意する。

「確かに野良パーティは難しいかもしれませんね。ですから私が――」

 カネティスが何か提案をしようとした、まさにその時。大きな声で呼びかけられた。

「おーーーい! そこの君ーー。たぶんしなね屋で会った彼だよねーーー」

 その声に驚いて振り向くと、赤い髪の女性が手を振りながら近づいてきている。その後ろには緑のフードをかぶった大柄な男性が付き従っている。

「えっと、もしかして……」

 こちらも声をかけようとするが、小走りに近づいてきた女性の勢いに押され口をつぐむ。

「そう、もしかしなくてもお昼に会ったキツネさんだよ。よろしくね」

 そうして強引にキャラクターカードを渡された。

【キツネからキャラクターカードを受け取りました】

 ―――――――――――――――――――――
 名前:キツネ・サン
 種族:ベナンダンテ
 加護:ラーズグリーズ Lv3
 クラス:闘士 1
     方士 1

 備考欄:
 ―――――――――――――――――――――

 ああ、名前がそのまんまキツネさんだ。
 これは間違いないだろう。

「ちょっと待ってよ姉さん。もし人違いだったらどうするのさ」

 後ろから男性が追いついてそう話しかけてるが、大丈夫だ。
 見た目にもキツネさんの面影があるしな。さすがに金長には面影がないが、思った通りの大柄だ。

「大丈夫。間違いないよ」

 そう言って、二人にキャラクターカードを渡す。
 それを見て金長も、カードを渡してくれた。

【フジノキからキャラクターカードを受け取りました】

 ―――――――――――――――――――――
 名前:フジノキ・ベルデ
 種族:ヒューマン
 加護:ランドグリーズ Lv3
 クラス:見習い魔導士 1
     見習い神官  1
     森番     1

 備考欄:
 ―――――――――――――――――――――

 俺の名前は、MMO――VRではない――で使ってた名前を二つくっつけたものだ。金長、もといフジノキはすぐにがわかるだろう。

「ああ、確かにコダマだ。よろしくね」

 フジノキが差し出した手を取った。

「ほーら。大丈夫だったじゃん」

 握手を交わす俺たちを見つつ、どや顔を決めるキツネさん。

「それじゃあ早速フレンド登録を――」
「――あ、あの!」

 キツネさんの発言を遮ったのは、カネティスだった。
 二人が来た途端、俺の後ろに張り付いて隠れてたんだが、突然顔を出し大きな声を上げたのだ。
 俺も驚いたが、それ以上にキツネさんも突然の声に驚いている。

「えっと、この子は昼間言ってた、お世話になってる家の子で……」

 俺の説明に、キツネさんはふむと頷く。

「なるほど……。もしかして合流したばっかり?」
「そうですね。さっき会ってカードの交換をして、ちょっと話してたところです」
「ふむ……」

 キツネさんは目を閉じ、こめかみを指で軽くトントンたたく。

「それじゃあフレンド登録とかもまだなのかな?」
「あっ! そうですね」

 カードの交換をした後は、正座騒動だったからな。
 あ、でもこの様子だと、この二人にはさっきの醜態は見られていないのか? だとしたら不幸中の幸いなんだが……。

「よし、それじゃあコダマっちはその子にフレンド登録の方法を教えてもらって。私もこいつにその方法を教えてもらうから!」

 そういう間もあらばこそ、キツネさんはフジノキを引きずって離れていった。

(え!? でも姉さん。僕たちもう)(いーのいーの。フレンドって上から登録順に並ぶでしょ。だから……)

 離れたところで二人が話している。早速フレンド登録をしているのだろう。
 教わるならみんな一緒の方がいいと思うんだが……。
 まぁ、二人は行ってしまったし仕方ない、俺もカネティスに教わるとするか。

「それじゃあ教えてもらってもいいか?」
「はいっ」

 カネティスは、少し顔を上気させ頷いた。





 フレンド登録自体はすぐにすんだ。
 これでカネティスとは個別通信、いわゆるwisができるようになった。他にも登録者同士のグループチャットみたいなのもできるらしい。
 こちらと同じように、フレンド登録が終わったのか、キツネさんとフジノキの二人も戻ってきた。

「それじゃあ改めて、アタシはキツネ。気軽にきつねーさんとでも呼んでくれるとうれしいな。あ、後ろのは弟のフジノキね。それじゃあ早速フレンド登録を……、っとその前に」

 キツネさんが、ちょいちょいと手招きする。
 それに応じて、カネティスがおずおずと近づいていった。

「はい、これキャラクターカード。よろしくね」

 キツネさんが差し出したカードに、カネティスはゆっくりと手を伸ばし、受け取った。

「カネティスと言います。よろしくお願いします。後、さっきはありがとうございました。えっと、……きつねーさん?」

 上目遣いにお礼を言うカネティス。

「――! やだ、かわいい」

 キツネさんが、カネティスに抱きついた。

「きゃふっ」

 カネティスが驚き戸惑っている間に、キツネさんはその頭をなで回す。

「よしよし、おねーさんはカネちゃんの味方だからねー」
「姉さん、よしなって」

 フジノキが止めようとするがままならない。
 俺もあの空間に割って入るのは無理だ。
 ……まあそれに、珍しいことにカネティスも戸惑ってはいるが、嫌がってはいないようだ。大丈夫だろう。





 キツネさんが落ち着くまでに、幾ばくかの時間を要した。
 最後はフジノキがキツネさんを引っ張っていったからな。

「ごめんごめん。あんまりにも初々しいもんだからさ。それで、何の話をしてたっけ」

 キツネさんが頭をかきながら言った。

「フレンド登録をしようとしてたんだよ、姉さん」

 フジノキがため息をつきながら答える。

「そうだったね。それじゃあ早速……」

 そうして四人でフレンドコードを交換し合っていると、ふとフジノキが話しかけてきた。

「そういえばコダマって、なかなかに個性的なクラスの取り方をしてるよね。大丈夫?」
「ああ、それがね。実はさっきカネティスに言われるまで気づいてなかったんだよね」
「ははっ。相変わらずだね」

 フジノキは軽く笑う。
 そう。実はこの手の失敗、初めての事じゃないんだよな。
 転じて福となったこともあるけど、大体はそのまま失敗に終わった。
 だから転職した方がいいってのはわかるんだけど……。
 ……ふっと、脳裏にエルの笑顔が浮かぶ。
 そうだな。せっかく見栄を切ったんだ。多少は頑張らないとな。
 少なくともスタートから諦めるのはダメだろう。

「どうするかもう決めてるみたいだね」

 フジノキが苦笑している。

「まあね。わかるか?」
「そりゃあね。リアルではともかく、ネット上での付き合いはそこそこあるんだ。考えそうなことくらいわかるよ。そのままいけるところまで頑張るつもりだろ?」
「ばれたか……。だから少しの間は一人で動こうかと思ってる。足を引っ張るのもい――」
「――なーに男二人でわかり合ってるのよ」

 突然キツネさんが俺の肩に腕を回してきた。そのままぐいと引き寄せられる。や、柔らか。む、むね……。

「何やってるんだよ姉さん! コダマが困ってるだろ」
「そーお?」

 キツネさんはフジノキの言葉を意にも介さない。

「……とはいえカネちゃんに悪いから、これくらいにしておくかな」

 キツネさんが俺を解放してくれた。
 カネティスが何かをしてくれたのか? 正直ありがたいような、それでいて残念なような……。
 いや、いかんいかん。首を振り心を落ち着ける。
 そうして俺が平静を取り戻す間に、フジノキが説明をしてくれたようだ。

「ふぅん。なるほど、ね」

 キツネさんは顎に指を当てる。

「私たちはそこら辺、気にしないけどなぁ。楽しければいいし。その点はカネちゃんも一緒だと思うんだけどね。……とはいえ本人が気にしてたら本末転倒か。よしっ私は陰から見守ることにしよう。頑張るのだ、少年!」

 キツネさんがバシバシと肩をたたいてきた。
 気にしないと言ってくれるのはうれしいが、フジノキ一人ならともかくキツネさんを巻き込むのはなぁ。楽しければいいって言ってるけど、その楽しみの邪魔になるのは嫌だ。
 そしてその点はカネティスも一緒だ。保護者を用意してまで参加したゲームだ。楽しみにしてたんだろうに、無理に俺に付き合わせるのも気が引ける。

「よーし! それじゃあ中央広場にいくとしよう。そこまでだったら一緒にいてもいいでしょ?」

 ぱちりとウィンクするキツネさん。
 そうして彼女は、カネティスの手を引いて歩き出した。カネティスは最初はこちらを見て何か言いたげだったが、キツネさんが一言二言声をかけるうちに打ち解けたのか、柔らかな表情で頷いている。
 すごいなキツネさん。ああもあっという間にカネティスがなつくとは……。

「コダマ、僕たちも追いかけないと」

 二人を見送る俺の肩を、フジノキがたたく。

「あ、ああ。そうだな」
「姉さん、割とコミュニケーションの線引きがうまいんだよね。だからカネティスちゃんについては心配ないと思うよ」
「そっか、ありがとな。……これでカネティスの引っ込み思案が解消されるといいんだけどな」
「う~ん、そうきたか。……僕はカネティスちゃんもだけど、コダマのことも心配になったよ」

 フジノキは眉をひそめ、話を続ける。

「それよりもコダマ。今回はどうしてそのクラスのまま行こうって思ったんだい? コダマのことだから単になんとなくってわけじゃなくて、ちゃんとした理由があるんでしょ?」

 ああ、心配なのはそこか……。

「ああ。今回はエル、チュートリアルの子が詰まないよう調整はしてあるって言ってたからだよ。だからまあ色々試してたら道ができるかなって思ってね」

 メーカー側のAIとかそういうのを抜きにして、エルの言葉ってなんか信じられたんだよな。
 だったらまあ、色々と試してみるのも悪くはないと思うんだ。
 諦めて転職するにしても、それはその後だ。

「そっか。コダマがそう決めたんなら僕も応援するよ。でも困ったらすぐに連絡してよ? そのためのフレンド登録でもあるんだからね」

 フジノキが拳を突き出す。

「ああわかった。その時はよろしく頼むよ」

 そう答えて俺はフジノキと、こつりと拳を付き合わせた。
 せっかく誘ってくれたゲームでこんなことになったのに、こんな風に言ってくれる。ほんとこいつはいいやつだよな。

「よし、それじゃあ先に行った姉さん達を追いかけよう。また大きな声で呼ばれてもかなわないからね」

 フジノキの言葉に頷き、俺たちは二人を追いかけた。
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