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第1章 宵闇の冒険者
第九話 みせられた力
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「何か困り事かな、少年」
振り向くと爺さんがいた。顔にはしわが刻まれ髭も白い、それとは反対に頭はつるりとはげ上がっている。まごう事なき爺さん、のはずなんだが違和感が半端ない。
なぜかって? そんなもの決まっている。原因はこの爺さんの体格だ。
がたいがよすぎるんだよなぁ、この爺さん。顔は老けているのに、その盛り上がった筋肉は全く老けていない。
「なんじゃい、ワシの体をまじまじと見て。そんなにこの筋肉が気になるのか? こんなアバターの筋肉に驚いてもしょうがあるまいに。文字通り見せかけの筋肉なんじゃからな」
爺さんはそう言いつつも、まんざらではないのか、胸筋をピクピクさせはじめた。
「ちげーよ爺さん。突然話しかけられたからびっくりしてるだけだっつーの。つかピクピクさせんな。きもちわりぃ」
おお、トライゾンが俺の気持ちを代弁してくれた。
心の中で拍手を送ろう。
だいたい、受付を離れてすぐに話しかけられたんだ。こちらが困ってることもわかってるみたいだし、不審なことこの上ない。
なので、その点も含め聞いてみる。
「いきなり困り事があるかと聞かれても、それこそ困りますし、何よりこいつのいってる通り、突然すぎませんか?」
俺はトライゾンを指でさし、なおも問いかける。
「一体どうして、いきなり俺たちに話しかけてきたんですか?」
「困ってる人がいる、そしてワシは手助けできる。であるならば助け船を出す。日本人として当然の事じゃろう?」
爺さんは腕を組み、大きく胸を反らした。
「ま、ワシ日本人じゃないけどな」
おい、違うのかよ。
思わず心の中でずっこけた。
なんだか俺は、爺さんの調子に毒気を抜かれてしまう。
が、納得できない者も当然いた。俺の隣にいる男だ。
「はぁ? じゃ何か爺さん。善意で声をかけたとでも言うのかよ」
トライゾンは爺さんをうろんな目で見る。
「そんなん信じられねえよ。無償の善意を語るなんて、だましの王道じゃねえか。こんなん放っておいて、もういこうぜ」
俺を促し庁舎から出ようとするトライゾン。それをを爺さんが呼び止めた。
「っかーーーー、嘆かわしい。嘆かわしいぞ少年。若い身空で人の善意を信じられんとは」
爺さんは天を仰ぎ、大きく首を振る。
「それに無償の善意だなんて一言もいっとらんぞ。ワシらにはワシらの事情が――」
――ぺしん。
爺さんの頭がいい音を立てた。
爺さんが大仰な身振りで言ってるところを、後ろから来た女性に頭をはたかれたのだ。
「なに、人様に絡んで迷惑をかけてるのさ」
女性の年の頃は、30も半ばだろうか。黒髪をまとめ上げ、白を基調としたアカデミック風ローブを着こなしている。
「君たちもすまないね。うちの宿六が迷惑をかけた」
女性は軽く頭を下げた。その手はいまだ爺さんの頭の上にも乗っかっており、その頭を強制的に下げさせる。
「いたいのぉ。そんなことせんでも下げるわい」
爺さんはぼやくがお構いなしだ。
「この宿六、なんにでも首を突っ込むタチでね。まぁ今回はただの善意というわけじゃないんだが、嘘も言ってないんだよ。もしクエスト関連で困ってるなら手助けできるのさ。特に君は困っているんだろう」
俺の方を向いて、軽く微笑む。
が、トライゾンはそれにくってかかった。
「いや、だから俺らはそれが信じられねえって言ってるんだよ。おばちゃんよー」
煽るようなトライゾンの言葉に、こちらは肝が冷える。
が、女性は気にせず答える。
「いや、これには私たちの都合もあってね。むしろこちらから頼みたい位なのさ。だから無理に挑発してご破算にしようとしても無駄だよ」
女性は、トライゾンに向けウィンクした。
「ちっ」
トライゾンは憮然とした表情で押し黙る。
「さて、彼は納得してくれたみたいだけど。良ければ君も話を聞くだけ聞いてみてくれないかな。なに、聞くだけなら損な話ではないと思うよ」
トライゾンは納得しているのか? どうにもそうは思えないが。
でも確かに、聞くだけなら問題ないよな。
「……わかりました」
俺は頷く。
「それはよかった。それなら早速話を、……といいたいところだけど、さすがにここで話す内容でもないか。移動することにしよう。それに――」
女性は爺さんを見やる。
「うちのが迷惑をかけたお詫にご飯、……いやこの時間ならおやつになるのか?。まぁ、その辺をおごるよ。食べながら話をしようじゃないか。なにお金なら心配しなくてもいい。これでもそこそこ稼いでいるんだ」
女性は軽く自身のローブをつまみながら言った。
確かにその服は初期装備とは一線を画す、序盤の装備とは思えないほど凝っている。
稼いでいるって言うのは嘘じゃないんだろう。
「さて、それじゃあ動くとしよう」
女性はぱんと手をたたいた。
「……おっとそうそう、私は真理絵、こいつは喜助というんだ。よろしく頼むよ」
「あ、はい。こちらはコダマ、それにトライゾンです。よろしくお願いします」
俺たちは自己紹介を交わし庁舎を後にした。
◆
屋台で料理を買い、町の外に出た。いつも通りの南のノトス平原。遠くにはおなじみのマーモットも見える。
何で外に出たかって言うと、「せっかくバフ付きの料理を買ったんだから狩りができるところまで行こう」って喜助さんが言ったからだ。
ちなみに俺が買ってもらったのはカップケーキ。軽食系のものはおっちゃんのところで食えるからな。デザート系にしてみた。
味はまぁ、可もなく不可もなく。おいしいんだけど普通。やっぱおっちゃんの料理がすごいんだなぁと再確認した。
「おい、何でこんなところまで来たのか、そろそろ話せよ」
町から大分離れたところまで来たところで、トライゾンが不機嫌そうに言った。
ま、確かにそうだよな。飯を食べたからってわざわざ外に出るって言うのは、ちょっと無理矢理過ぎる。
いや、喜助さんも「おかしいな?」みたいに頭をかかないでいただきたい。いや、喜助さんの場合は素で言ってる可能性もあるけど……。
「ふむ。ま、ここならいいか」
真理恵さんは立ち止まり、こちらを振り返った。
「クエストがらみのことは町で話すのはちょっとね。公国の方のお偉いさんだったかな。開拓使のクエストの管理をしてるのは……。その辺の人の耳に話が入るとちょっとめんどくさいことになるんでね」
真理絵さんは肩をすくめる。
「やっぱやっかい事じゃねえか」
「まぁそう言うな、トライゾン君。聞いただけでどうこうなる話じゃないよ」
真理絵さんはまあまあと手で押す仕草をした。
「二人ともクエストとはどんな物か知ってるかい?」
クエスト……? 庁舎で受ける依頼のことじゃないのか?
トライゾンもそう思ったのか、同じ事を口にする。
「開拓使発注の依頼……。いや、あんたが聞いてるのはそんなことじゃねぇな」
思い直したのか、トライゾンはかぶりをふる。
「たしか設定上は、戦乙女の啓示ってやつのはずだ」
「そう、その通りだ。よく勉強してるじゃないか」
真理恵さんはトライゾンの言葉に満足したのか笑みを浮かべる。
「つまりクエストってのは、開拓使の依頼に限らないって訳さ。別に直接個人から依頼を受けてもいいんだよ。そこに設定上の戦乙女の啓示ってモノがあれば、ゲーム上はクエストとして認識される。もちろん経験値も手に入る。報酬はその人から直接もらえることが多いね。ほら、他のゲームではよくあるパターンだろ?」
なんだと!?
それは盲点だった。たしかにMMOでは個人からクエストを受けて達成するタイプのゲームが昔からある。
ヴァルホルサーガでは、開拓使庁舎でクエストを受注するという形だったから、完全にその点を見落としていた。
もし、直接依頼を受けてそれがクエストとして認識されるんだったら、俺の今の現状を打破できる。加えて冥助の効果も受けられるのなら万々歳だ。
いや、むしろ冥助の効果を鑑みて、クエストについてしっかり調べておくべきだった。しまったな……。
「おい、コダマ。なに納得しかけてんだ。おまえ、もしかして気づいていないのか?」
トライゾンが俺の肩をたたく。
いや、直接クエストを受けられるんだったら、それに越したことはないだろうに……。
「おまえ……、わかってねぇな。クエストは開拓使を通して発注されてるんだぞ。おまえもさっき見ただろ? 発注者が開拓使以外でも、依頼は開拓使を通して発注されていた。それなのに、開拓使をすっ飛ばして受注するなんて、横紙破りも甚だしい。それはさすがにマズいぞ」
なるほど。言われてみれば確かにそうかもしれない。
そしてそれに真理恵さんも、そうだなと答える。
「トライゾン君の心配はもっともだ。逆にコダマ君はもうちょっと疑問に思った方がいいね。……ま、それはともかく、開拓使の発行するクエストで依頼主が個人のものについては、まぁ簡単な話中抜きがある。これは開拓使の資金源の一つらしくてね、これに手を出すと面倒なことになるのは確かだ」
「だったら――」
「話は最後まで聞くものだよ、トライゾン君。うちの人を見たまえ。私が話し始めてからというもの、ずっと黙って聞いているだろう?」
いや、あれはめんどくさくなってるだけじゃないかなぁ。喜助さんの方を見るともくもくとスクワットをしている。筋肉もパンプアップしてきて、暑苦しいことこの上ない。
それを見て、真理恵さんはふふと小さく笑った。
「いや、うちのはおいておいてクエストの話をしようか。まぁ簡単な話、開拓使の人間も既得権益に手を出しさえしなければ文句を言ってこないよ。例えば家の修繕や迷子の猫探しみたいな依頼なら、開拓使の縄張りを侵すことにはならないんじゃないかな?」
「……なるほど。確か開拓使の依頼って言うのは討伐系、生産系、採取収集系、探索系だったか。それ以外のものは発注してなかったな。なら向こうも文句は言えないか……」
トライゾンは顎に手をやり、悩ましげに頷く。
庁舎でも思ったけど、こいつって意外と色々調べているんだな。
いや、もしかしたら獣魔のペルーが調べてるのかもしれないけど……。世話好きのネコを思い出し少し笑ってしまう。
「納得してくれたかい? いや私もね、初日に迷子の道案内をして発見したんだよ。おかげであの時は待ち合わせに遅れて、喜助と二人して怒られたよ。ま、これが開拓使の依頼を受けられない君が、クエスト達成経験点を得る方法って訳だ。ためになっただろ」
「確かにためになりました。ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
それを見て真理恵さんは鷹揚に頷き、人差し指を立てる。
「よろしい。素直な君にはもう一つ、面白いことを教えてあげよう」
真理恵さんはトライゾンをチラリと見て、小さく笑う。
「君はまだ不満そうだけどね」
「…………、いや俺はそもそも部外者だ。どうこう言う権利はねえよ」
トライゾンは首を横に振った。
「そうかい、なら君も見ていくといい。面白いものを見せてあげよう」
真理絵さんが言うと、喜助さんが喜色満面でこちらを向いた。
「ワシの出番か?」
「いや今回は私のを使う。喜助は筋トレでも続けてて」
「そ、そうか……」
喜助さんはがっくりとうなだれた。
こっちの事を気にしてない風で、しっかり話は聞いてたんだな。真理恵さんにはすげなくされてたけど……。
「さ、気を取り直してこの魔法を見てもらおうか」
「魔力よ、礫となりて敵を撃て」
〈――ストーン・バレット〉
真理恵さんの前、杖の先に小さな魔方陣が浮かび上がり、石の弾丸が飛び出す。それは目の前で草を食んでいたマーモットに当たり、一撃で打ち倒した。
ああ、俺があれだけ苦労した、生涯の好敵手をこんなに簡単に……。わかっていても悲しいなぁ。
そんな俺の心の内をよそに真理恵さんは説明する。
「今のがいわゆるストーンバレットの魔法だね。魔法は詠唱し、魔方陣を展開し、MPを消費することで発動する。まぁ詠唱破棄なんてスキルもあるみたいだけど、それはここでは割愛するよ」
「んなことは知ってるよ。で、それがどうしてって言うんだ?」
先を促すトライゾンに、真理恵さんは頷く。
「ふむ、相変わらずトライゾン君はせっかちだね。まぁ見ていたまえ」
真理絵さんが今度は地面に魔方陣を描いた。さっき杖の先に出ていた魔方陣に似ている。そして描いた陣を杖の先で小突く。
するとそこからさっきと同じストーンバレットが飛び出した。また罪のないマーモットが昇天する。
「な!?」
トライゾンが驚いている。何でだ?
魔方陣から魔法が出るのは当然じゃないのか? 思えばPVで見たドラゴンも、炎で中空に魔方陣を描いていたはずだ。
それと似たようなものだろう。
「ふむ、いい驚きようだ。それに比べてコダマ君の方はまだ理解がいってないようだね」
「なっ、コダマ! これってすごいことだぞ」
トライゾンが俺の肩をばしりとたたく。
が、どうにも俺にはピンとこない。
「そうなのか?」
ぼんやりとした答えを返す俺を見て、トライゾンは空を見上げ、何かを思い出したのか額をぴしりとたたく。
「……あー、そういやお前、掲示板とか見てないものな。魔法も使わねぇし、ま、しゃあねえか」
教えてやるよとトライゾンは続ける。
「いやな、こんな風に魔方陣から魔法を直接使おうとした奴らがいたんよ。掲示板で情報交換しながらやってたみたいだけどな。……結果はことごとく失敗。まぁまだ序盤だし、少なくとも今のところは無理っていう結論に至った」
トライゾンの言葉に、真理恵さんも頷く。
「ふむ、まあそうだろうね。多分その人達は私よりも少しアプローチが遅かったんじゃないのかな。なにせこれってユニーククラスのおかげだからね。ユニーク、つまりは今は私だけの占有技能って事さ。ちなみにこんなこともできる」
そう言ってまた地面に魔方陣を描いた。今回もさっきと同じような形だが、細部が違ってる気もする。
ちなみにさっきの魔方陣は、魔法が発動されたときに消えた。そういうものなんだろう。
描かれた魔方陣を真理恵さんがあらためて小突く。
すると同じくストーンバレットが飛び出し、草を食むマーモットを地面に縫い止める。
…………ん? 何で刺さった。ストーンバレットはその名の通り弾丸じゃないのか。さっきまで弾き飛ばしていただろう?
「お、今度は驚いてくれたようだね。そう、今度は魔方陣をいじって弾丸の先をとがらせてみたんだよ。詠唱を変えることで同じ事ができるかも知れないが、こちらは結構細かい調整も可能でね、いろんな事ができる。まぁ魔方陣を描くのに時間がかかったりとそれ相応のデメリットもあるけどね」
だけどそこが面白いと真理恵さんは頬に指を当てる。
「……こんな事を教えてもらってもいいんですか?」
俺は心配になって聞いた。
「ふふ、気になるのはそこかい?」
俺の疑念に真理恵さんは笑って答える。
「いや、別にかまわないよ。さっきも言っただろう、これはユニーククラスの効果だって。だから他の人がマネをしようと思っても、すぐにできるもんじゃない。まぁこのゲームのユニーククラスは、他のゲームとは少し趣が異なるんだけどね」
真理恵さんが、持った杖をぽんとたたく。
「よし、いい機会だ。ここでユニーククラスについて説明しよう。これはトライゾン君も知らないだろうしね?」
「ああ、はじめて聞いた……」
トライゾンは憮然と頷く。
そうして真理絵さんが説明してくれたところは、
・ユニーククラスは現状、クラス毎に一人しかつけない。たとえその人が転職したとしても、新たに就ける人がでるわけではない。
・ただし、後々全員にクラス解放クエストとともに、クラス取得が解放される。
・言わば、先行実装のテストプレイに近いもののようだ。そして強いとも限らない。いささかピーキーな性能であるらしい。
「と、こんなところかな。コダマ君は変なクラスの取り方をしてるんだろう? だったらこういうユニーククラスを目指すのもいいかもしれないね。私も一見用途のない補助クラスが既存の戦闘クラスと組み合わさって、今のユニーククラスになってるわけだからね」
真理絵さんは俺たちを見回すと、パンと手をたたいた。
「さ、授業はこれでおしまいだ。また何かあったら話を聞きにくると言い。私なら魔法、喜助なら武器関連のことなら大抵相談に乗れるよ」
喜助さんも筋トレの手を止めこちらに向き直る。
「うむ、武器の扱いなら任せると良いぞ。ワシなら大体の武器の扱いなら教えられる。昔取った杵柄というやつじゃな。このゲームでは大剣を扱ったことはないが……。ま、それもたぶん大丈夫じゃろう」
そうして、二人は颯爽と町に向かっていった。
うん、嵐のような二人だった。あと、手に入った情報も多すぎて、頭がパンクしそうだ
「あ、そうそう。依頼探しも忘れるんじゃないよ。ちゃんと注意点も守るように」
遠くから声が聞こえる。真理絵さんが振り向いて声を上げていた。
「そうじゃぞー。それにみんなともちゃんと仲良くするんじゃぞー」
あ、喜助さん、真理絵さんに頭をはたかれた。
ここまでぴしりと響いてくる。う~ん、いい音だ。
振り向くと爺さんがいた。顔にはしわが刻まれ髭も白い、それとは反対に頭はつるりとはげ上がっている。まごう事なき爺さん、のはずなんだが違和感が半端ない。
なぜかって? そんなもの決まっている。原因はこの爺さんの体格だ。
がたいがよすぎるんだよなぁ、この爺さん。顔は老けているのに、その盛り上がった筋肉は全く老けていない。
「なんじゃい、ワシの体をまじまじと見て。そんなにこの筋肉が気になるのか? こんなアバターの筋肉に驚いてもしょうがあるまいに。文字通り見せかけの筋肉なんじゃからな」
爺さんはそう言いつつも、まんざらではないのか、胸筋をピクピクさせはじめた。
「ちげーよ爺さん。突然話しかけられたからびっくりしてるだけだっつーの。つかピクピクさせんな。きもちわりぃ」
おお、トライゾンが俺の気持ちを代弁してくれた。
心の中で拍手を送ろう。
だいたい、受付を離れてすぐに話しかけられたんだ。こちらが困ってることもわかってるみたいだし、不審なことこの上ない。
なので、その点も含め聞いてみる。
「いきなり困り事があるかと聞かれても、それこそ困りますし、何よりこいつのいってる通り、突然すぎませんか?」
俺はトライゾンを指でさし、なおも問いかける。
「一体どうして、いきなり俺たちに話しかけてきたんですか?」
「困ってる人がいる、そしてワシは手助けできる。であるならば助け船を出す。日本人として当然の事じゃろう?」
爺さんは腕を組み、大きく胸を反らした。
「ま、ワシ日本人じゃないけどな」
おい、違うのかよ。
思わず心の中でずっこけた。
なんだか俺は、爺さんの調子に毒気を抜かれてしまう。
が、納得できない者も当然いた。俺の隣にいる男だ。
「はぁ? じゃ何か爺さん。善意で声をかけたとでも言うのかよ」
トライゾンは爺さんをうろんな目で見る。
「そんなん信じられねえよ。無償の善意を語るなんて、だましの王道じゃねえか。こんなん放っておいて、もういこうぜ」
俺を促し庁舎から出ようとするトライゾン。それをを爺さんが呼び止めた。
「っかーーーー、嘆かわしい。嘆かわしいぞ少年。若い身空で人の善意を信じられんとは」
爺さんは天を仰ぎ、大きく首を振る。
「それに無償の善意だなんて一言もいっとらんぞ。ワシらにはワシらの事情が――」
――ぺしん。
爺さんの頭がいい音を立てた。
爺さんが大仰な身振りで言ってるところを、後ろから来た女性に頭をはたかれたのだ。
「なに、人様に絡んで迷惑をかけてるのさ」
女性の年の頃は、30も半ばだろうか。黒髪をまとめ上げ、白を基調としたアカデミック風ローブを着こなしている。
「君たちもすまないね。うちの宿六が迷惑をかけた」
女性は軽く頭を下げた。その手はいまだ爺さんの頭の上にも乗っかっており、その頭を強制的に下げさせる。
「いたいのぉ。そんなことせんでも下げるわい」
爺さんはぼやくがお構いなしだ。
「この宿六、なんにでも首を突っ込むタチでね。まぁ今回はただの善意というわけじゃないんだが、嘘も言ってないんだよ。もしクエスト関連で困ってるなら手助けできるのさ。特に君は困っているんだろう」
俺の方を向いて、軽く微笑む。
が、トライゾンはそれにくってかかった。
「いや、だから俺らはそれが信じられねえって言ってるんだよ。おばちゃんよー」
煽るようなトライゾンの言葉に、こちらは肝が冷える。
が、女性は気にせず答える。
「いや、これには私たちの都合もあってね。むしろこちらから頼みたい位なのさ。だから無理に挑発してご破算にしようとしても無駄だよ」
女性は、トライゾンに向けウィンクした。
「ちっ」
トライゾンは憮然とした表情で押し黙る。
「さて、彼は納得してくれたみたいだけど。良ければ君も話を聞くだけ聞いてみてくれないかな。なに、聞くだけなら損な話ではないと思うよ」
トライゾンは納得しているのか? どうにもそうは思えないが。
でも確かに、聞くだけなら問題ないよな。
「……わかりました」
俺は頷く。
「それはよかった。それなら早速話を、……といいたいところだけど、さすがにここで話す内容でもないか。移動することにしよう。それに――」
女性は爺さんを見やる。
「うちのが迷惑をかけたお詫にご飯、……いやこの時間ならおやつになるのか?。まぁ、その辺をおごるよ。食べながら話をしようじゃないか。なにお金なら心配しなくてもいい。これでもそこそこ稼いでいるんだ」
女性は軽く自身のローブをつまみながら言った。
確かにその服は初期装備とは一線を画す、序盤の装備とは思えないほど凝っている。
稼いでいるって言うのは嘘じゃないんだろう。
「さて、それじゃあ動くとしよう」
女性はぱんと手をたたいた。
「……おっとそうそう、私は真理絵、こいつは喜助というんだ。よろしく頼むよ」
「あ、はい。こちらはコダマ、それにトライゾンです。よろしくお願いします」
俺たちは自己紹介を交わし庁舎を後にした。
◆
屋台で料理を買い、町の外に出た。いつも通りの南のノトス平原。遠くにはおなじみのマーモットも見える。
何で外に出たかって言うと、「せっかくバフ付きの料理を買ったんだから狩りができるところまで行こう」って喜助さんが言ったからだ。
ちなみに俺が買ってもらったのはカップケーキ。軽食系のものはおっちゃんのところで食えるからな。デザート系にしてみた。
味はまぁ、可もなく不可もなく。おいしいんだけど普通。やっぱおっちゃんの料理がすごいんだなぁと再確認した。
「おい、何でこんなところまで来たのか、そろそろ話せよ」
町から大分離れたところまで来たところで、トライゾンが不機嫌そうに言った。
ま、確かにそうだよな。飯を食べたからってわざわざ外に出るって言うのは、ちょっと無理矢理過ぎる。
いや、喜助さんも「おかしいな?」みたいに頭をかかないでいただきたい。いや、喜助さんの場合は素で言ってる可能性もあるけど……。
「ふむ。ま、ここならいいか」
真理恵さんは立ち止まり、こちらを振り返った。
「クエストがらみのことは町で話すのはちょっとね。公国の方のお偉いさんだったかな。開拓使のクエストの管理をしてるのは……。その辺の人の耳に話が入るとちょっとめんどくさいことになるんでね」
真理絵さんは肩をすくめる。
「やっぱやっかい事じゃねえか」
「まぁそう言うな、トライゾン君。聞いただけでどうこうなる話じゃないよ」
真理絵さんはまあまあと手で押す仕草をした。
「二人ともクエストとはどんな物か知ってるかい?」
クエスト……? 庁舎で受ける依頼のことじゃないのか?
トライゾンもそう思ったのか、同じ事を口にする。
「開拓使発注の依頼……。いや、あんたが聞いてるのはそんなことじゃねぇな」
思い直したのか、トライゾンはかぶりをふる。
「たしか設定上は、戦乙女の啓示ってやつのはずだ」
「そう、その通りだ。よく勉強してるじゃないか」
真理恵さんはトライゾンの言葉に満足したのか笑みを浮かべる。
「つまりクエストってのは、開拓使の依頼に限らないって訳さ。別に直接個人から依頼を受けてもいいんだよ。そこに設定上の戦乙女の啓示ってモノがあれば、ゲーム上はクエストとして認識される。もちろん経験値も手に入る。報酬はその人から直接もらえることが多いね。ほら、他のゲームではよくあるパターンだろ?」
なんだと!?
それは盲点だった。たしかにMMOでは個人からクエストを受けて達成するタイプのゲームが昔からある。
ヴァルホルサーガでは、開拓使庁舎でクエストを受注するという形だったから、完全にその点を見落としていた。
もし、直接依頼を受けてそれがクエストとして認識されるんだったら、俺の今の現状を打破できる。加えて冥助の効果も受けられるのなら万々歳だ。
いや、むしろ冥助の効果を鑑みて、クエストについてしっかり調べておくべきだった。しまったな……。
「おい、コダマ。なに納得しかけてんだ。おまえ、もしかして気づいていないのか?」
トライゾンが俺の肩をたたく。
いや、直接クエストを受けられるんだったら、それに越したことはないだろうに……。
「おまえ……、わかってねぇな。クエストは開拓使を通して発注されてるんだぞ。おまえもさっき見ただろ? 発注者が開拓使以外でも、依頼は開拓使を通して発注されていた。それなのに、開拓使をすっ飛ばして受注するなんて、横紙破りも甚だしい。それはさすがにマズいぞ」
なるほど。言われてみれば確かにそうかもしれない。
そしてそれに真理恵さんも、そうだなと答える。
「トライゾン君の心配はもっともだ。逆にコダマ君はもうちょっと疑問に思った方がいいね。……ま、それはともかく、開拓使の発行するクエストで依頼主が個人のものについては、まぁ簡単な話中抜きがある。これは開拓使の資金源の一つらしくてね、これに手を出すと面倒なことになるのは確かだ」
「だったら――」
「話は最後まで聞くものだよ、トライゾン君。うちの人を見たまえ。私が話し始めてからというもの、ずっと黙って聞いているだろう?」
いや、あれはめんどくさくなってるだけじゃないかなぁ。喜助さんの方を見るともくもくとスクワットをしている。筋肉もパンプアップしてきて、暑苦しいことこの上ない。
それを見て、真理恵さんはふふと小さく笑った。
「いや、うちのはおいておいてクエストの話をしようか。まぁ簡単な話、開拓使の人間も既得権益に手を出しさえしなければ文句を言ってこないよ。例えば家の修繕や迷子の猫探しみたいな依頼なら、開拓使の縄張りを侵すことにはならないんじゃないかな?」
「……なるほど。確か開拓使の依頼って言うのは討伐系、生産系、採取収集系、探索系だったか。それ以外のものは発注してなかったな。なら向こうも文句は言えないか……」
トライゾンは顎に手をやり、悩ましげに頷く。
庁舎でも思ったけど、こいつって意外と色々調べているんだな。
いや、もしかしたら獣魔のペルーが調べてるのかもしれないけど……。世話好きのネコを思い出し少し笑ってしまう。
「納得してくれたかい? いや私もね、初日に迷子の道案内をして発見したんだよ。おかげであの時は待ち合わせに遅れて、喜助と二人して怒られたよ。ま、これが開拓使の依頼を受けられない君が、クエスト達成経験点を得る方法って訳だ。ためになっただろ」
「確かにためになりました。ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
それを見て真理恵さんは鷹揚に頷き、人差し指を立てる。
「よろしい。素直な君にはもう一つ、面白いことを教えてあげよう」
真理恵さんはトライゾンをチラリと見て、小さく笑う。
「君はまだ不満そうだけどね」
「…………、いや俺はそもそも部外者だ。どうこう言う権利はねえよ」
トライゾンは首を横に振った。
「そうかい、なら君も見ていくといい。面白いものを見せてあげよう」
真理絵さんが言うと、喜助さんが喜色満面でこちらを向いた。
「ワシの出番か?」
「いや今回は私のを使う。喜助は筋トレでも続けてて」
「そ、そうか……」
喜助さんはがっくりとうなだれた。
こっちの事を気にしてない風で、しっかり話は聞いてたんだな。真理恵さんにはすげなくされてたけど……。
「さ、気を取り直してこの魔法を見てもらおうか」
「魔力よ、礫となりて敵を撃て」
〈――ストーン・バレット〉
真理恵さんの前、杖の先に小さな魔方陣が浮かび上がり、石の弾丸が飛び出す。それは目の前で草を食んでいたマーモットに当たり、一撃で打ち倒した。
ああ、俺があれだけ苦労した、生涯の好敵手をこんなに簡単に……。わかっていても悲しいなぁ。
そんな俺の心の内をよそに真理恵さんは説明する。
「今のがいわゆるストーンバレットの魔法だね。魔法は詠唱し、魔方陣を展開し、MPを消費することで発動する。まぁ詠唱破棄なんてスキルもあるみたいだけど、それはここでは割愛するよ」
「んなことは知ってるよ。で、それがどうしてって言うんだ?」
先を促すトライゾンに、真理恵さんは頷く。
「ふむ、相変わらずトライゾン君はせっかちだね。まぁ見ていたまえ」
真理絵さんが今度は地面に魔方陣を描いた。さっき杖の先に出ていた魔方陣に似ている。そして描いた陣を杖の先で小突く。
するとそこからさっきと同じストーンバレットが飛び出した。また罪のないマーモットが昇天する。
「な!?」
トライゾンが驚いている。何でだ?
魔方陣から魔法が出るのは当然じゃないのか? 思えばPVで見たドラゴンも、炎で中空に魔方陣を描いていたはずだ。
それと似たようなものだろう。
「ふむ、いい驚きようだ。それに比べてコダマ君の方はまだ理解がいってないようだね」
「なっ、コダマ! これってすごいことだぞ」
トライゾンが俺の肩をばしりとたたく。
が、どうにも俺にはピンとこない。
「そうなのか?」
ぼんやりとした答えを返す俺を見て、トライゾンは空を見上げ、何かを思い出したのか額をぴしりとたたく。
「……あー、そういやお前、掲示板とか見てないものな。魔法も使わねぇし、ま、しゃあねえか」
教えてやるよとトライゾンは続ける。
「いやな、こんな風に魔方陣から魔法を直接使おうとした奴らがいたんよ。掲示板で情報交換しながらやってたみたいだけどな。……結果はことごとく失敗。まぁまだ序盤だし、少なくとも今のところは無理っていう結論に至った」
トライゾンの言葉に、真理恵さんも頷く。
「ふむ、まあそうだろうね。多分その人達は私よりも少しアプローチが遅かったんじゃないのかな。なにせこれってユニーククラスのおかげだからね。ユニーク、つまりは今は私だけの占有技能って事さ。ちなみにこんなこともできる」
そう言ってまた地面に魔方陣を描いた。今回もさっきと同じような形だが、細部が違ってる気もする。
ちなみにさっきの魔方陣は、魔法が発動されたときに消えた。そういうものなんだろう。
描かれた魔方陣を真理恵さんがあらためて小突く。
すると同じくストーンバレットが飛び出し、草を食むマーモットを地面に縫い止める。
…………ん? 何で刺さった。ストーンバレットはその名の通り弾丸じゃないのか。さっきまで弾き飛ばしていただろう?
「お、今度は驚いてくれたようだね。そう、今度は魔方陣をいじって弾丸の先をとがらせてみたんだよ。詠唱を変えることで同じ事ができるかも知れないが、こちらは結構細かい調整も可能でね、いろんな事ができる。まぁ魔方陣を描くのに時間がかかったりとそれ相応のデメリットもあるけどね」
だけどそこが面白いと真理恵さんは頬に指を当てる。
「……こんな事を教えてもらってもいいんですか?」
俺は心配になって聞いた。
「ふふ、気になるのはそこかい?」
俺の疑念に真理恵さんは笑って答える。
「いや、別にかまわないよ。さっきも言っただろう、これはユニーククラスの効果だって。だから他の人がマネをしようと思っても、すぐにできるもんじゃない。まぁこのゲームのユニーククラスは、他のゲームとは少し趣が異なるんだけどね」
真理恵さんが、持った杖をぽんとたたく。
「よし、いい機会だ。ここでユニーククラスについて説明しよう。これはトライゾン君も知らないだろうしね?」
「ああ、はじめて聞いた……」
トライゾンは憮然と頷く。
そうして真理絵さんが説明してくれたところは、
・ユニーククラスは現状、クラス毎に一人しかつけない。たとえその人が転職したとしても、新たに就ける人がでるわけではない。
・ただし、後々全員にクラス解放クエストとともに、クラス取得が解放される。
・言わば、先行実装のテストプレイに近いもののようだ。そして強いとも限らない。いささかピーキーな性能であるらしい。
「と、こんなところかな。コダマ君は変なクラスの取り方をしてるんだろう? だったらこういうユニーククラスを目指すのもいいかもしれないね。私も一見用途のない補助クラスが既存の戦闘クラスと組み合わさって、今のユニーククラスになってるわけだからね」
真理絵さんは俺たちを見回すと、パンと手をたたいた。
「さ、授業はこれでおしまいだ。また何かあったら話を聞きにくると言い。私なら魔法、喜助なら武器関連のことなら大抵相談に乗れるよ」
喜助さんも筋トレの手を止めこちらに向き直る。
「うむ、武器の扱いなら任せると良いぞ。ワシなら大体の武器の扱いなら教えられる。昔取った杵柄というやつじゃな。このゲームでは大剣を扱ったことはないが……。ま、それもたぶん大丈夫じゃろう」
そうして、二人は颯爽と町に向かっていった。
うん、嵐のような二人だった。あと、手に入った情報も多すぎて、頭がパンクしそうだ
「あ、そうそう。依頼探しも忘れるんじゃないよ。ちゃんと注意点も守るように」
遠くから声が聞こえる。真理絵さんが振り向いて声を上げていた。
「そうじゃぞー。それにみんなともちゃんと仲良くするんじゃぞー」
あ、喜助さん、真理絵さんに頭をはたかれた。
ここまでぴしりと響いてくる。う~ん、いい音だ。
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