『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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オカルトハンター渚編

第6話 ルカとハルカ

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 次の目標が決まったふたりは、まずその準備として睡眠をとっていた。
 このホテルを離れてしまったら次はいつ休めるかわからない。
 この部屋も完全に安全な訳ではないが、他と比べれば遥かにマシだ。
 裸の上に浴衣を着て、ふたりはそれぞれのベッドで寝息を立てる。
 着ていた服は洗った下着と一緒に浴室のハンガーに干してある。
 明日からはもう、ふいに見えるお互いの肢体にどきどきせずに済むだろう。

 目を覚ましたふたりは渚の持っていた乾パンで軽く食事を済ませ、ホテルのフロントを探索した。
 ここが観光ホテルであるのなら、そのフロントには地図があるはず。
 その考えは見事的中し、フロントの机の中から所々破れた地図が見つかった。
 
 「うわ、ぼろぼろですねこれ」

 親指と中指で端をつまみ、嫌そうな顔をするルカ。
 持ち上げた拍子に表面の埃がさーっと落ちると、ルカはますます嫌な顔をした。
 机に置かれたそれをふたりはスマホで撮影する。
 渚は嫌がるルカから地図を受け取り、埃を払うと鞄の中にそれをしまった。
 
 スマホの画面に映る地図を確認すると、どうやら近くに中学校があるらしい。
 記憶にあるバス停は中学校への通学で利用していたもの。
 それと関連があるのなら、まずは中学校を目指すのが良いだろう。
 距離は数キロ。
 今後の為にも、車は確保しておきたい。

 「オッケー、いけそうです」
 「わかった」

 霊のうろつく田舎道を進み、廃墟だらけの住宅街へと戻って来た。
 ここに帰ってくると、霊に犯され憑依されたあの女を思い出す。
 憑依された人間は、一体どうなってしまうんだろう。
 深刻な顔で考え込む渚の肩を、ルカはぽんと叩いた。
 マスク越しの明るい笑顔が渚の心を落ち着かせる。
 あたりを警戒しながら、ふたりは無事に渚の車へと辿り着く事が出来た。

 「うん、大丈夫そう」
 
 車内に変わった様子は無く、エンジンはかかるしガソリンもある。
 これなら問題なく動くだろう。
  
 「良かった~、何キロも歩いたら倒れちゃうところでした」

 うきうきした顔で助手席に座るルカは、靴を脱いで大きく伸びをしている。
 出来るだけリラックスした状態を維持すれば、それだけ長く霊の侵入を防ぐことが出来る。
 今のルカのコンディションなら、車での移動中は霊の心配をしなくても良いだろう。
 ただ、これはあくまでも一般的な霊の場合。
 強い恨みや殺意など、存在の強い霊に対してはどうなるかわからない。
 ルカはリラックスするよう心掛けながら、ぐっと体に力を込めた。

 「まずは中学校だね。 住宅街は避けて、外れの道からあの道に合流しよう」
 「ナビは任せてください!」
 
 エンジンをかけ、車を走らせる。
 残骸の散らばった住宅街を避け、選んだのは街灯の少ない細い道。
 両側に溝が掘られたこの道はほとんど車の幅ぎりぎりだが、渚はそんな道をすいすいと進んでいる。
 真剣な眼差しでハンドルを握る渚の顔を、ルカはなんとなく眺めていた。
 
 車に触れた霊たちは車体に弾かれ、雑木林へと消えていく。
 ルカの結界は問題なく作用していた。
 表情もかなり余裕そうで、鼻歌交じりに窓の外を眺めている。
 こうなるともうただのドライブだ。
 田舎道に出て中学校へ辿り着くまでの間、しばしの平和を享受しよう。
  
 「ルカ、その……ハルカって……」
 「あ、やっぱり聞いちゃいます? いいですよ話しましょうか」
 
 聞いていいものかと恐る恐る口にした渚に対し、ルカはいつもの明るい調子で返事を返した。
 もう少し渋るかと思っていた渚はその軽さに驚いて、思わずルカの方を向いてしまう。
 ルカは正面を見据えたまま、少し寂しい顔をしていた。
 
 「実は私、良いところのお嬢様なんです。 家族そろってお医者様のお堅い家庭で、私の遥って名前も向上心をそのまま付けた、みたいな名前でして」
 
 その見た目にしては物腰が柔らかく大人びていると思っていたが、まさかそんな家庭の出身だったとは。
 人は見かけによらないとはほんとだなと思いながら、渚は無言のまま続きを聞く。
 
 「何をするにも一番になれ一番になれ。 気が付いたらこんなんになっちゃいました」

 ね? と、ルカはふざけて舌のピアスを見せつけて来る。
 そんなに見せつけられても相変わらずエッチな舌だな、としか思えず、それがこんなんとは思えない。
 不思議な顔をする渚を見てルカも気が付いた。
 この人は変わってしまった私の姿を見てもなんとも思っていないんだ。
 そんな様子が嬉しくて、ルカはふへへ、と砕けた笑顔を浮かべる。
 
 「こんなんって、別に何もおかしくないけど」
 「それは渚さんがおかしいからです。 親は大反対。 家を逃げるように飛び出して、持ち前の頭の良さを活かして奨学金で大学に上がり込んでタダで寮生活を満喫中。 そんな家出少女、普通な訳ないでしょう?」
 
 ふざけたように話すルカの様子から、渚は嘘を見抜いていた。
 かっこつけたがりで強いルカがこんなにふざけて話してるなんて、絶対何か裏がある。
 そう睨んだ渚の様子からルカも嘘が通じないのを察し、はぁ、と小さく一度息を吐いた。
 
 ルカは困惑していた。
 本当は簡単に話すようなものじゃないのに、何故かこの瞳で見つめられると話したくなってしまう。
 渚さんの瞳にそういう力があるのか、私が無意識のうちに甘えられる存在を欲しがっているのか。
 こればかりは賢い頭で考えたってわからない。
 
 「はい、嘘です。 タダで大学通ってるのは本当。 嘘をついたのは家出とこうなった理由で、原因はクソ親父の不倫とレイプ未遂です」

 思いもよらなかった告白に渚は驚いてしまった。
 想像していたよりもずっと重い告白。
 渚はてっきり、寮生活じゃなくて友達の家に上がり込んでいるとか男が居るとか、そのくらいの話だと思っていた。
 ルカは助手席の上で膝を抱き、膝に顎をつけると淡々と話し始めた。

 「クソ親父、女子大生とやりたい放題してて子供まで作ったんですよ? 私の事もそういう目で見て来るし、もうキモ過ぎて死にたくなりました。 こんな奴の血が私にも流れてて、そんな奴の言いなりで今まで勉強を頑張って来てたんだーって」

 淡々と話すルカの心は冷めきっていた。
 大学に入ったばかりの頃はクソ親父に腹を立て、ぶん殴ってやろうとした事もあった。
 しかし、もう今となってはどうでも良い。
 あんな奴の事を考えるだけ時間の無駄だからだ。
 なのに、聞いた渚さんの方が深刻な顔をして、どうしようかと目を泳がせている。
 ああ、この人は本当に優しくて可愛いな。
 知れば知るほど好きになっていく。

 にやにやと笑うルカの心境を渚は理解できなかった。
 怒り出すか泣き出すか、なんにせよ笑い出すとは思っていない。
 予想外の表情を浮かべるルカは今、どんな心境なのか。
 直接聞くわけにもいかず、ただただおろおろとしながら次の言葉を待った。

 「で、大学進学を機にもうずーっと家には帰ってません。 だから私はあいつが望む遥じゃなくてルカ。 もうあいつの思い通りにはさせたくないんで」

 にっこりと笑い、ルカは胸に手を当てて大げさなお辞儀をする。
 ご清聴ありがとうございましたと言わんばかりのその態度に、渚は少しほっとした。
 ルカがどこか、すっきりとした顔をしていたからだ。
 多分、この話を誰かにした事がなかったんだろう。
 笑いながらも目尻には少し涙が溜まっている。
 そんなルカに笑顔を返し、私は片手を手首に当てて拍手を送った。

 「じゃあ、これからはずっとルカ?」
 「はい、もう私はルカなので」

 イェイとピースをし、舌のピアスを見せつける。
 渚はそれを見る度にクるものがあり、それをルカはわかってやっていた。
 ふたりの視線の先には、ようやく中学校らしき建物が見えてくる。
 
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