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異世界転生者マリー編
第11話 世界の歪み
しおりを挟むマリーはベッドの上で天井を見つめていた。
久しぶりのちゃんとしたベッドはとても寝心地が良く、すぐにでも眠れそうだった。
しかしそうしないのは、明日に待つ謁見のためだ。
王はどんな人なのか、何を話したら良いのか、そして、ふたりは無事なのか。
安心できる環境でゆっくり休んでいると心配ばかりが強くなってしまう。
この世界に来てから出来るだけ明るく振舞うようにはしているものの、鞠の性格は元々暗い。
鞠にとって寝る前というのは反省会の時間で、一日にあった嫌な事が自然と浮かんでしまう憂鬱なものだった。
スライムの事、獣人たちの事、堕落の花の事、炭鉱夫の事。
今までの非現実的な出来事がまとめて思い返される。
思い描いていた夢の異世界転生とは程遠い日々。
新しく現実となったこれらの出来事に、マリーとしてちゃんと向き合わないといけない。
これは現実だ。
そんな事を考え続けるマリーの目は冴えてきて、とても寝られるような状態ではなくなってしまう。
マリーになって良かった事は、寝なくても食べなくても、一日経てば何故か元気になっている事だった。
ガーベラを起こさないようにそっと服を着替え、マリーは静かに家を出た。
夜の帳が下りた町に、ランタンの灯りが揺らめいている。
もう夜だというのに城は明かりに満ちていて、窓からは数人の動く影も見えた。
せっかくだから町の方に行ってみよう。
城の人に見つかったら怒られるかもしれないと思ったマリーは、高速移動で町へと向かった。
遠くに見えていたランタンの灯りが近づき、夜の町の姿が見えてくる。
道を歩く人の姿はまばらで、誰もがフードを深く被っていた。
人々はみな大きな道を避けるように脇道へと入って行く。
見知らぬ町の脇道の危険さを知っているマリーはそれを追ったりはしない。
海外であれ異世界であれ、町には暗い一面があって当然だ。
マリーはひとり、大通りを歩き続ける。
薬屋、パン屋、鍛冶屋、本屋、服屋。
どれも閉まっているがその外観はまさにファンタジーそのもので、あまりゲームをやらないマリーでも自然とわくわくしてしまう。
可愛い服を着てパン屋さんで働いて、この世界で平和に暮らせたらどれだけ良いか。
村の人たちに流されてなんとなく剣を握ったが、なんで戦っているんだろう。
ごく自然に浮かんだその疑問に、この世界に必要とされるためだ、と内に眠る鞠が答えた。
マリーと鞠。
自分の中にあるふたつの立場が自身を苦しめる。
明るく活発で、人を助けずにはいられないお人好しのマリー。
暗く内向的で、かといってひとりでは居られない小心者の鞠。
今の自分はどっちなんだろう。
ふらふらと歩き続けるマリーは、気がつくと酒場の前に居た。
このあたりで唯一開いていたそのお店は、中から楽しそうな人の話し声と笑い声が聞こえている。
マリーは誘われるようにその扉を開いた。
「いらっしゃい……って、お嬢ちゃんひとりでこんな所に?」
驚いた顔をしたマスターがマリーを出迎えた。
体格の良いハンサムなおじさんで、所々に見える古傷が激動の人生を物語る。
その短い黒髪と瞳は、マリーに懐かしさを感じさせた。
「ダメですか?」
「ダメじゃないが……くれぐれも酔っ払いには近付くなよ。 襲われても文句は言えないぞ」
「ありがとうございます」
心配そうなマスターにマリーは笑顔で答え、客の少ない手前のテーブルにつく。
そんなマリーにマスターはそっとゴブレットを差し出した。
「リンゴジュースで良かったかい?」
「はい、ありがとうございます」
マスターは、周りの男客がマリーへと向ける好奇の目とは違う、優しげな目を向けていた。
その目に安心したマリーは差し出されたリンゴジュースをためらいもなく口へ運んだ。
少しするとざわついていた店内も落ち着きを取り戻し、また楽しそうな声が響き渡る。
男の巣の様な酒場に女がひとりで来たとしても、それが転生者なら普通問題は起こらない。
男たちはマリーの方をちらちらと見ながらも、それぞれの酒を楽しんだ。
「お嬢ちゃん転生者だろう? 良いのかこんな所にひとりで来て」
「そうですけど、まずいんですか?」
「まずいんですか、って、前代未聞だよ。 普通俺たち一般市民じゃ転生者と会う事ならないんだ」
「この町に転生者はこないんですか?」
「まず来ないな。 来たとしても言えないような理由だって噂だ」
「噂って?」
マスターは失敗した、という顔でマリーの方を見る。
客に付き合ってだいぶ酒を飲んでいたせいでつい口を滑らせてしまった。
初めて来た転生者の、しかも年端もいかないようなお嬢ちゃんにこんな噂を聞かせて良いものか。
マスターはしばらく悩んだが、疑問に満ちた純粋な目を向けるマリーに危険を伝えるためにも、渋々その口を開いた。
「『転生者狩り』だ。 昔は直接兵隊がやってたが今は魔物に任せてるそうでな、その研究に転生者を利用しているらしい」
マリーは固まってしまった。
転生者狩り。
そんな事があったという記憶はなく、知識も与えられていない。
なぜそんな重要な出来事が伏せられているのか。
そして、転生者を使った魔物の研究とはどういう事か。
マリーの脳裏に浮かんだのはあのスライムと堕落の花の姿だった。
あれがもし転生者を捕まえるためのものだとしたら。
マリーの背筋を冷たいものが伝った。
「あくまで噂だ。 まっとうに生きてるやつらは信じちゃいないが、少なくともこの町で転生者は見た事が無いし、町の兵隊たちは時々見知らぬ魔物の死体を持って帰って来る。 根も葉もない、って訳じゃ無さそうだろ?」
「あの……そんな事を話して大丈夫なんですか?」
ルークの言っていた、仲間を持つ転生者の話が引っかかる。
転生者同士では無いにせよ、転生者と親しくする人間はこの世界では疎まれるのではないか。
そう考えたマリーはこのマスターの事を心配していた。
ここまで親身に接してくれた人の身に何かあったら、マリーはもう立ち直れない。
「さぁ、どうだか。 少なくともお嬢ちゃんに危機感を持たせる事は出来ただろ? 良いか、城のやつらは信用するな。 ここに居るやつらより危険だぞ」
マスターはハハハと豪快に笑い飛ばし、マリーのゴブレットにおかわりのリンゴジュースを注いだ。
「お嬢ちゃん、どうやってこの町に?」
「噂に聞くはじまりの村から来たのか?」
「異世界ってどんななんだ?」
気がつくと周りを男たちに囲まれていたが、みんなマリーとは一定の距離を置いて気さくに話しかけてきた。
マスターと親しくしている様子につられたのか、雰囲気も親し気だ。
その雰囲気につられ、マリーはこれまでの事を話し始めた。
「大変だったんだな、お代は良いからまた顔を見せてくれよ」
「マスター、お菓子の残りがあったろ? マリーちゃんにあげてくれ」
「俺からも頼むよ、ツケのついでだ良いだろ?」
マリーの苦労話に心打たれたのか、男たちは思い思いの品をマリーへと送った。
男たちの中には家族が居るものもおり、娘とそう変わらない見た目のマリーへ同情したのだろう。
テーブルはあっという間にお菓子で埋め尽くされ、マリーはその全てを味見した。
それらは元の世界にあったクッキー、スポンジケーキ、マカロンそのもので、味も見た目もそのままだ。
懐かしい味に舌鼓を打ちながら、マリーは転生者たちの事を考えていた。
魔物の研究に使われているとは言いながら、町にはこうして元の世界にちなんだ物が並んでいる。
転生者のルークが要職に就いているし、全員が全員研究材料という訳では無いのだろう。
そもそも、狩らないといけないような転生者がなぜ未だに現れているのか。
何か歪みを抱えていそうなこの世界に、マリーは余計不信感を募らせた。
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