『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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近未来スカベンジャーアスカ編

第11話 VIP

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 「どう、何かわかった?」
 「特には何も。 急成長する品種を開発していた事と、あとは仕事に対する愚痴ばかりです」

 甘ったるいエネルギーバーをかじりながらベッドに寝転ぶアスカは、熱心に本を読むポラリスを見ていた。
 大きな本棚のほとんどに目を通し、何か重要な情報は無いかと調べている。
 その真剣な顔と滑らかに動く指の動きを、綺麗だな、などと思いながらただ見ていたのだ。

 「どこも会社勤めは大変だねぇ」
 「ボーナスの代わりがユートピアの滞在許可だったらしいですよ、職員冥利に尽きますね」
 「あー……それは同情するかも」
 
 ポラリスの目は時折水色に光る。
 得た知識をサーバーに転送している時や逆に知識を引っ張って来ている時など、通信状態にある時は目が光るのだ。
 普段の深い海のような色の瞳も綺麗だが、この水色がアスカは特に好きだった。

 「一度抱いたくらいで彼氏面ですか?」
 「なにそれ、いつも抱かれてるときくらい素直だったら彼氏になってあげても良いけど」
 「言いましたね? それでは今の欲望を全て口に出すので大人しく抱かれてください」

 ポラリスはベッドにうつ伏せになっていたアスカの背後をとり、その豊満な胸をわざとらしく揉みしだいた。
  
 「ちょっ……冗談だって冗談!」
 「私も冗談ですが?」

 ポラリスは揉みしだく手を止めたが離れない。
 背中全体を覆う柔らかな感触と体温。
 こうして体を重ねられていると、まるで背後から襲われているようだ。
 事実背後から襲われているのだが、アスカの脳裏には別のニュアンスが浮かぶ。
 
 「……ねぇ、女性の性処理も得意なの?」
 「当たり前でしょう、私を何だと? 生体パーツ保護用の粘液を活用すれば疑似男根も作れますよ?」
 「いや、詳しくはいいから」
 「そうですか? マスターとしては一度味わっておくべきだと推奨しますが」
 
 マスター。
 このタイミングでそんな事を言ってくるあたりポラリスは本当に性格が悪い。 
 つい昂ってしまい口から出たその言葉を、改めて冷静に言われると恥ずかしくなってくる。
 アスカは過去の自分を恨みつつ、両手両足を伸ばした。
 
 「降参。 もうからかわないから放してくれる?」
 「らしくないですね、下ネタは得意分野では?」
 「あんたに合わせてやってるの。 とにかく今はそういう気分じゃないから」

 ベッドに伸びてしまったアスカをポラリスは不思議そうに見ていた。
 性的欲求に僅かに反応あり。
 それ以上に興味に関するパラメータが上昇しており、そういう気分であるのは明確だ。
 知らない世界へ踏み出す勇気が出ないのだろうか。
 アスカが見せる童貞のようなうぶな反応に、ポラリスは秘かに笑みを浮かべた。
 
 「わかりました。 入浴は一緒に済ませますか?」
 「お風呂もベッドも別。 アンドロイドなんだから主人を優先しなさい」
 「わかりました、マスター」
 
 不満そうにそう言ってポラリスはようやく離れていく。
 どっと疲れが出たアスカは、そのまますぐにお風呂へ入り寝てしまった。

 
 「アスカ、アスカ」
 「ん……どうしたのポラリス……」
 「微かにですがブッチャーの反応を検知しました。 場所はここの地下、どうやら下水道内のようです」
 「下水道……あんなところに何の用が……とりあえずもう少し寝てても……」

 ベッドから片足を投げ出した状態のアスカをポラリスが抱きかかえた。
 突然のお姫様抱っこにアスカは驚いて、まだ夢の中ではないかと錯覚してしまった。
 そんなアスカを気にする素振りも見せず、ポラリスはさっさとアスカにアーマーを着せていく。
 そうしてすっかり装備を整えると、コーヒーと共にテーザー銃を手渡してきた。
 
 「ここが下水道の出口から近いのをお忘れですか? それにもう十分な睡眠は取れていると思いますが」
 「……わかった、起きるから少し待って」

 コーヒーを飲み干して、アスカは眠い頭を無理矢理起こす。
 まさに泥水のような味がしたがカフェインはカフェインだ。
 頭のスイッチを切り替えて意識を外の世界へと向ける。

 「では管理区域を目指しましょう。 道中食料保管庫でもあればそこで食事ですね」
 「そうしよ、ここの自販機は使いたくないから」 
 
 地獄のような景色を抜け、ふたりはまた畑の群れへと降り立った。
 一日中朝のこの区域にいると時間の感覚が狂ってくる。
 この区域に入ってからすでに10時間が経過しているのだが、景色は全く変わり映えしていない。
 
 ポラリスの先導で畑の群れを通り抜け、難なく管理区域へのセキュリティドアへたどり着いた。
 重要な場所にはそれだけ高性能、最先端なセキュリティが採用されており、それが近年の物に近ければ近いほどハッキング成功率が上がる。
 今回のドアももしやと思ったのだが、結局VIPIDが無ければ入れないそうだ。
 VIPIDの在り処について、ふたりには同じ心当たりが浮かんでいた。
 
 「VIPの研究者、逃げられたと思う?」
 「一階、二階があの惨状ではまず無理ですね」
 「場所の特定は出来る?」
 「お任せを」

 ポラリスの目が水色に光る。
 そして、消えた。

 「反応あり。 食料搬送用ベルトコンベアの先です」
 「搬送用ベルトコンベアの先って、まだ稼働してるの?」
 「はい、自律生産システムはオフにされなかったのでまだ生産を続けています。 食べ放題ですね」
 「野菜はあんまり好きじゃないんだけどなぁ」

 他愛のない会話を交わしながら、ふたりはベルトコンベアを探しに畑の群れへと戻っていく。
 何本かルートはあるのだがかなり入り組んでおり、分析には少々時間がかかるようだった。
 しばらくして、ポラリスはトマト畑の前で足を止めた。
 
 「ここです。 この先に反応がありますね」
 「そう、じゃあトマトでも食べながら運んでもらいますか」
 「ロジックを書き換えますので少々お待ち下さい」

 ベルトコンベアにケーブルを接続すると、またもポラリスの目が水色に光る。
 少しして、ベルトコンベアの動きが止まった。
 
 「どうぞ、乗り終わったら動かしますので」
 「ありがと、じゃお先に」

 休むこと無くトマトを運んでいた巨大なロボットアームは動きを止め、空のコンテナが運ばれてくる。
 コンテナひとつで4人は入れるだろうかという巨大な物で、これひとつにどれだけトマトが入るのか想像もつかない。
 その中にふたりが乗り込むと、ベルトコンベアはゆっくりと運搬を再開した。
 明るい空の下、ゆっくりゆっくりとコンテナは進んでいく。
 あまりにも平和すぎて、アスカは寝てしまいそうだった。
 
 「ほらアスカ、トマトが運び込まれますよ」
 「そう、ちょうど良かった、って……これは多くない?」

 ふたりが乗っている部分とは反対側に、運ばれたトマトが山となっている。
 ゆうに100個はあるだろう。
 とても大きく赤く、弾けんばかりに水々しいそのトマトは、野菜嫌いのアスカでも美味しそうに見える。
 ポラリスが大丈夫だと言うのでアスカはそのひとつを手に取り、口に運んだ。
 適度な甘みと酸味、これぞトマトだ。
 
 「トマトってこんな美味しかったんだ」
 「野菜モドキではないですからね。 恐らく大昔のブランド品種が原種なのでしょう」
 
 ポラリスもそのひとつを手にとってかじりついた。
 噛み切られた部分から水分が溢れ出し、ポラリスの口元を伝う。
 なぜか官能的に映るその場面に、アスカは思わず目を逸らした。
 
 外宇宙の名も知らぬ植物と植物を掛け合わせ、既存の野菜に近い見た目と味を再現した野菜モドキ。
 それとこのトマトでは雲泥の差で、野菜とは何かという哲学的な疑問すら浮かんでくる。
 そんな場違いな疑問を抱いたままのアスカを、ベルトコンベアは地下へと誘った。
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