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近未来スカベンジャーアスカ編
第17話 逃走
しおりを挟む「あいつ、まだ追って来てたなんて!」
倉庫の側面に取り付けられているシャッターを横の扉ごと突き破り、そのブッチャーは顔を上げる。
無表情の、機械のような男の顔と目があった。
腕の中にいたポラリスがブッチャーとアスカの間に立ちはだかり鉄杭を向けたが、そのブッチャーはアスカの事だけを見ていた。
「ちょっと見ない間に彼氏でも作ったんですか?」
「まさか、ストーカーだからそいつ」
ふたりはブッチャーから出来るだけ距離を取るように壁際へと向かい、そのまま奥の扉を目掛けて走った。
それを牽制するためか、ブッチャーは三本爪の、小型クレーンのような腕で掴めるものを手当たり次第に投げてくる。
アスカ目掛けて飛んでくる銃弾のような速度のそれを、ポラリスはひしゃげた盾で器用に弾いていた。
農薬の棚の前を通り、トラクターの脇を抜けていく。
旧世代的な品の数々を越えた先に、特に大きなシャッターとセキュリティゲートが迫る。
ここから先は外。
備品の持ち出しを防ぐため、そこには強固なセキュリティが敷かれている。
セキュリティゲートへと到達したアスカは、手首のIDをかざしての認証を試みた。
元々植物研究者のIDであった事が幸いしてか、ゲートはアスカをタロウだと認識し開いていく。
しかしそのゲートの先には、またもブッチャーの群れが待ち構えていた。
ポラリスが9割と言ったのは比喩では無く事実だ。
あれだけの群れは規模を減らし、今や数体となっている。
だが、それでもブッチャーはブッチャー。
一介のスカベンジャーであるアスカにとってはとてつもない脅威だ。
「ポラリス! 前にもやつらが!」
「残念ながら後ろで手一杯です。 そのくらいどうにか出来ませんか?」
ポラリスは涼しい声のままだったが、その表情は苦痛に歪んでいる。
度重なる戦いに、損傷した左腕。
高速で飛来する重量物を弾き続けるのはいくらポラリスと言えど負担が大きく、このままの状態が続けばいつまでもつかわからない。
いよいよ10数メートルの距離まで来た大型ブッチャーを、ポラリスは恨めしそうな目で見ていた。
アスカは周囲の状況を確認し、思考を巡らせる。
目の前に見えるゲートの隙間からは、少なくとも数体のブッチャーが見えている。
最前に位置したこの一団は、ゲートが開いた瞬間に襲い掛かって来るだろう。
アスカの手元にあるのは一時的に動きが止められるだけのテーザー銃だけであり、単体ならまだしも複数体は相手出来ない。
近くの棚に置かれているのは農薬や肥料、腐葉土だ。
それらから爆弾を作る事例は聞いた事があるが、ゲートが開ききるまでには間に合わない。
そんな絶望的とも言える状況下でアスカが手にしたのは、穀物の保管用に用意されていた脱酸素剤の大袋だった。
「こんっの!」
アスカはその袋へとナイフで切れ込みを入れ、一団へと投げつけた。
中身が飛散し、機械の体へと降りかかる。
一見無意味に見えるその行動が、確かにブッチャーたちの動きを止めていた。
大型ブッチャーから漏れ出る黄色い液体を見て、アスカは共生生物とブッチャーの関係について考えていた。
元々、生体組織を集めていただけのブッチャーが知性を持ち、人間工場や人間の家畜化を行うようになったのはなぜか。
人間の弱点を的確に責め、体液を集める共生生物がどうやってここまで繁殖したのか。
アスカの立てた仮説は、共生生物が脳となり、ブッチャーたちが体になって獲物を集めるという、悪夢のような共生関係であった。
そして、その仮説が立証された。
ブッチャーの体の隙間から入り込んだ脱酸素剤は、その硬い外殻の中で熱を持つ。
熱を与えられた共生生物は死に、脳を失ったブッチャーはその動作を停止する。
知性を持ち依存したが故の、明確な弱点の発見だった。
「ポラリス! 早く!」
「言われなくとも」
ポラリスは盾を捨ててアスカを抱きかかえ、ゲートの隙間から外へと飛び出す。
投げつけられたトラクターがゲートを塞ぐと、ポラリスは動かなくなったブッチャーの脇を通り過ぎ、管理区域へのゲートへと急いだ。
ふたりは今、工場地帯へと来ていた。
農場を越え、牧場を越え、次は見渡す限りの工場群。
ありとあらゆる生活必需品が作られるこの工場たちは、ポラリスの部品を探すのにぴったりだった。
「アスカ、工業用アームはやめてください。 私の美しさが台無しです」
「贅沢言える状態なのそれ?」
無理の祟ったポラリスの左腕は肘の部分から取れかけており、今やぶらぶらと揺れるだけだ。
一時的に繋ぎとめた人工皮膚には亀裂が入り、人工筋肉の更に奥の金属部分までもが見えている。
本来のパーツである白い金属に、ブッチャーから移植した黒い金属。
滑らかな曲線とは程遠いその無骨な姿に、アスカは言いえぬ悲しさを感じていた。
見るだけでこちらまで痛くなってくるようなその外観をどうにかしようと、ふたりはこうしてアンドロイド用パーツの生産工場へと来たのだが、当のポラリスは旧世代のパーツを使う事に否定的であった。
この時代のアンドロイドはまだ機械義手に近い構造であり、人間の機能を再現する事に注力した実用性重視だ。
人工筋肉や人工血液、ナノマシンによる微弱な電気による制御では無く、モーターや電解液、バッテリーから供給される電力で動いている。
そのあまりにも機械的すぎる構造がポラリスに拒否感を抱かせていた。
アンドロイド用のメンテナンスチェアに座ったポラリスは、制御端末を操作するアスカに不信の目を向けている。
機械部品に興味の無いブッチャーはこの辺りへは来ていなかったようで、工場の中は当時そのままの状態だった。
全体数を元に生産されるため生産ライン自体は止まっていたが、予備部品はより取り見取り。
アンドロイドへと部品を取り付ける神経接続を行う設備もテスト用の物が稼働しており、負傷したポラリスにとってはまさに渡りに船のはずだった。
それが、実際はこの通りだ。
「でもとりあえずは直さないと、片腕が無くちゃいろいろ困るでしょ?」
「私の美的センスに反します。 この手で触って欲しいですか?」
ポラリスは右手で替えの腕を掴むと、それを振りながらアスカの方へ向けてきた。
むき出しの機械の腕は無機質で、とても冷たく硬い印象を受ける。
「それともこっち?」
続けて振られたポラリスの右手はとても滑らかに動き、人工皮膚の質感も普通の人間のそれと比べて遜色ない。
もし触られるのが絶対なら、誰が選んでも右手を選ぶだろう。
「それは右手だけど……」
「ですよね。 こんな腕では握りつぶしますよ、色々と」
色々が何を想定しているのか。
ポラリスの用途を考えれば自ずとわかってしまう。
説得力のあるその言葉に、アスカは考え込んでしまった。
ポラリスの構造自体は下位互換性に富んでおり、ここにあるパーツのほとんどがつけられる。
しかし本人にその気が無いのに取り付けて良いものか。
ポラリスの、子供が拗ねるような表情がアスカに突き刺さる。
もし無理やり取り付けたなら、きっとその手で襲われるのだろう。
「じゃあ、どうする?」
「医療用のラインへ向かいましょう。 あちらは人間用なのでまだマシなはずです」
「耐久度は大丈夫なの?」
「外側だけ頂いて、中はここら辺のパーツを使いましょう」
ポラリスの言う医療用であれば、恐らく外観的な問題は無いだろう。
人間の腕の代用として作られているのだから、ポラリスの希望を満たす事は出来る。
しかし、あくまで人間用として作られた物がポラリスの出力に耐えられるとは思えない。
そのあまりにも無謀と思える提案に、アスカは表情を曇らせた。
とはいえ、医療用のラインはすぐ近く。
この部屋を出て工場内を少し進み、医療棟へと入るだけだ。
無理だとわかれば納得してくれるかとも考え、アスカは渋々ポラリスの提案を吞んだ。
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