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オカルトハンター渚編
第25話 帰ってきた実感
しおりを挟む「ほら、もうすぐ出口だよ」
渚の運転する車の助手席で、ルカは膝を抱えて俯いていた。
車はまっすぐに石鳥居へと向かっている。
外の景色はすっかり近代的に変わり、普段の街並みとなんら変わりない。
赤い空はそのままだが、その空ももうじき見納めだろう。
浴場を出て、そのまま車に乗せられ、今はこうして静かにここから出られるのを待っている。
行雄を助けるという決意は捨て去られ、トラウマを利用したという罪悪感だけが残された。
もし可能なら、今からでも引き返して行雄を助けたい。
しかし、渚がそれを許さなかった。
「また他の人の事考えてるの?」
不安げな視線を送るルカに気づいたのか、渚は静かに釘を刺す。
渚の言葉だけでルカの体は快感を思い出し、熱く疼いてきてしまう。
「もう忘れます。 渚さんが一番ですから」
ルカは笑顔を浮かべてそう口にした。
今のルカに渚から離れるなんて考えられず、また、渚がそれを許すはずが無い。
もし行雄を助けたいなんて言ったら、次は何をされてしまうんだろう。
この村を味方につけた渚は無敵であり、ルカにはその命令に従う事しか出来ない。
であれば不必要な物は捨て去って、与えられる寵愛を素直に受け入れるのが賢い選択だ。
ルカは自由奔放で気分屋で、渚の物なのだ。
ルカは不思議とその状況が気に入っていた。
渚の事を愛しているのもあるがそれ以前に、自分ひとりをしっかりと見つめ、大切にしてくれる相手が出来たことが心地よくて仕方ない。
誰かに意のままにされる生活には慣れているし、その相手が最愛の人なら何の文句も無い。
胸に棘のように突き刺さる罪悪感は、この先、一生ルカを苦しめるだろう。
「良い子だね。 ルカが危険を冒してまで行雄を助けようとした事、私がずっと覚えてるよ」
渚の言葉がルカの心を優しく包み込む。
刺さった棘ごと包み込み、温かく慰めてくれる。
この棘は楔のようにルカの心に食い込んで、それを癒やす渚の心を離さないだろう。
もし渚が居なくなってしまったら、この傷を癒やしてくれる人はもう誰も居ない。
快感と棘の両方から縛られて、ルカは渚の狂愛へと沈んでいた。
そのまま何事も無く車は石鳥居を通り過ぎ、空がぱっと明るくなった。
ふたりのスマートフォンも正常な時間を示しており、電話やメッセージも問題なく使えそうだ。
本来であれば車を停め、抱き合って喜ぶようなこの出来事も、今のふたりには大きな感動を与えなかった。
ふたりにとって、幽世村を出られるかどうかはもう大きな問題じゃない。
ふたり一緒に居られるなら、正直場所はどこでも良くなっていた。
「ルカ、何食べたい?」
「ハンバーガー。 チェーン店のうっすい奴が食べたいです」
「あはは、ちょっとわかるかも」
車は高速道路を走り、数時間で見慣れた都会へとやってきた。
そのまま近くのハンバーガーチェーンへと車を走らせ、ハンバーガーのセットをふたつ注文する。
注文は当然持ち帰りで、店内に入る時間すら惜しむように車は走り去っていく。
目的地は渚の家。
マンションの一室だ。
「お邪魔します」
「ただいまで良いよ、これから一緒に住むんだし」
綺麗なロビーを抜け、エレベーターに乗り、オートロック式の扉を開いて渚の部屋へと辿り着く。
備え付けの、シンプルながらもどこか上品な家具がふたりを出迎え、ふたりは早速向かい合うようにテーブルへとついた。
念願のハンバーガーは想像以下でも想像以上でも無く、変わらぬ日常を感じさせてくれる。
「いただきます」
「……いただきます。 言ったの久しぶりかも」
ちゃんと手を合わせていただきますを言うあたり、ルカの育ちの良さが垣間見える。
そしてハンバーガーを両手で掴むと、美味しそうに頬張った。
いつもと変わらないハンバーガーの味。
その変わらなさが帰ってきた実感を強め、薄かった感動を強調してくれる。
パサパサの肉を噛み締めながら、気がつくとふたりは涙を流していた。
初めに泣き出したのはルカの方で、その安心した顔を見て渚も釣られて泣いてしまった。
自分が無事に帰ってこられた事よりも、ルカを無事守り切れたという達成感と喜びが胸にこみ上げる。
ふたりは涙を啜りながら、静かにハンバーガーを平らげた。
「ルカ、一口頂戴?」
「いいですよ、はい」
ルカが差し出すストローを口に咥え、イチゴ味のシェイクを味見する。
渚は生まれてからずっとバニラ派であり、他の味のシェイクは飲んだ事が無かった。
固いシェイクは少しだけストローを上り、甘酸っぱい味を伝えてくる。
「けっこういけるね」
「でしょっ? やっぱり食わず嫌いは損ですよ」
ルカはそれを少しずつ飲みながら、渚の方へと視線を向ける。
村を出た渚は心なしか落ち着いており、以前のような狂気は感じられない。
強い愛情と嫉妬心、独占欲の渦巻く黒い感情も姿を隠し、今はただ温かな感覚が流れ込んでくる。
ふたりの時間を純粋に楽しんでいるのだろう。
「食わず嫌いと言えば、ポテトをシェイクに漬けると甘じょっぱくて美味しいんだけど食べた事ある?」
「なんですかそれ? さすがにそれは引いちゃうかも」
「良いからほら、まずポテト食べて」
言われるがままルカはポテトを数本口に入れる。
続いてシェイクへと手を伸ばした時、渚はその手を奪うとルカの頭へとそっともう片方の手を伸ばし、引き寄せると同時に唇を重ねた。
柔らかな感触の後に、甘く冷たいバニラシェイクがルカの口内を満たし喉を伝っていく。
当然の出来事にルカは目を丸くさせ驚いていた。
「どう?」
「……味なんてわかんないですよ」
照れたように俯くルカの様子に満足したのか、渚はシェイクを飲み干すとゴミを紙袋へと詰めた。
殺風景な部屋も、今じゃ違った風に見える。
ここがルカとの生活の場となり、ふたりの家となるのだ。
突然ののキスに高鳴る鼓動が治まらず、ルカはポテトを見つめたまま固まっていた。
どちらかと言うと渚はクールな印象で、ここまで積極的に何かをしてくるのは霊の影響を受けた時だけだと思っていた。
完全に不意をつかれたその行動に、ルカは完全に心を掴まれてしまった。
まるで恋愛漫画のようなその行動は、正しくその恋愛漫画のような効果をルカへと与えている。
頭が渚の事でいっぱいになり、食事が喉を通らない。
赤面したまま動かないルカを見て、渚は、可愛い、とひと言呟いた。
ふたりが帰ってきた時点で時刻はもう夕方であり、こうして食事が終わった頃には外が暗くなり始めていた。
渚の部屋からは外の景色が良く見えて、次々とビルの窓やお店に明かりが点いていくのが見える。
普段なら何も感じないであろうその景色も、この時ばかりはまるでテーマパークのイルミネーションのようにふたりの心を惹きつけた。
ふたりはしばし無言で窓際に立ち、眼下に広がる街が明かりで満ちるのを眺めていた。
空が完全に暗くなり渚の部屋に自動で明かりが灯ると、ふたりはどちらとも無く抱きしめあっていた。
どうにか取り戻した日常は想像以上で、赤くない夜は本当に帰ってこられたのだという実感をより強くふたりに与えた。
これからの事はこれから考えれば良い。
今はただ最愛の人をその腕に抱き、その幸せを噛み締めた。
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