『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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近未来スカベンジャーアスカ編

第26話 肥大した共生生物

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 背筋も伸ばせないような道をふたりは進んで行く。
 ブッチャーが来ない分安全には違いないのだが、気を張りながら窮屈な道を進むというのはどうしても精神を消耗してしまう。
 アスカの進むペースはどんどんと落ちていき、普段と比べると半分ほどになっていた。
 目的の水管理施設まではもうしばらくあり、周囲を囲む敵性反応はぞくぞくと増えている。
 もし何かの拍子で見つかれば、ひとたまりも無いだろう。
 少しして、アスカの足が完全に止まってしまう。
 心配そうにポラリスが後ろを振り返ると、アスカは壁に寄りかかり耳を付けていた。
 人差し指を口の前に立て、静かにするようジェスチャーをする。
 ポラリスがそれに応えて黙っていると、アスカは突然ポラリスの手を引いて走り出した。
 
 「アスカ?」
 「あいつら、上から掘って来てる」

 アスカが聞いたのはキュイーンという高い金属音。
 高速回転するモーターのその音はドリルが発する駆動音だろう。
 特定の周波数に集中し、周辺をマッピングしているポラリスはそれに気付けなかったのだ。
 ポラリスは急いでレーザー銃を肩に担ぎ、アスカをまたお姫様抱っこで持ち上げると、全速力で駆けていく。
 走る事で生まれる騒音がマッピングを阻害し、周辺の詳細な地図はわからなくなるがこの際仕方ない。
 わかっている範囲で出来るだけ距離を稼ぎ、出来るだけ奴らから遠ざかる必要がある。
 狭い通路にガガガガと金属が削られる音が響き始めた頃、ふたりはようやく水管理施設へと繋がるハッチへと到着していた。
 ここを抜ければ水管理施設のメンテナンスエリアだ。
 ハッチへと手を伸ばしたポラリスは、そこを開くと中にアスカを押し込んだ。
 どうしたのかと不安げな顔を向けるアスカには何も言わず、外からハッチを閉じてしまう。
 アスカの視線の先には、こちらへと殺到する小型ブッチャーの姿が見えていた。
 ハッチが閉まる瞬間、ポラリスは人差し指を口の前に立て、静かにするようジェスチャーを送って来ていた。
 お返しとばかりにいたずらっぽい笑顔を浮かべたポラリスの顔がハッチに隠され、アスカはひとり水管理施設へと残されてしまった。
 ここで迂闊に声を出せば、地上の奴らにも場所がバレてしまう。
 ポラリスの意図が伝わり、アスカは名前を呼びたくなるのを必死に抑えて先へと進む。
 戦闘による轟音が鳴り響いているうちは無事だろう。
 早くポラリスと合流を果たすためにも、まずは共生生物をどうにかしなければならない。
 
 薄暗いメンテナンスエリアの中に施設への入口を見つけ、アスカは迷う事無く扉を開く。
 あっさりと開いた扉の先は、比較的綺麗な状態だった。
 白い、殺風景な部屋だが壁や天井が崩れているのは僅かであり、置かれた端末もほとんどが正常に動いている。
 通路同士を繋ぐ扉も正常に動いており、無理やり開かなくてもよさそうだ。
 アスカは端末の内一つへと視線を向け、キーを叩いた。
 水に関する設定の変更にはロックが掛けられており、緊急事態を示すポップアップが出ている。
 水発生装置と水質管理装置を繋ぐ管が詰まっているようで、設定を変更しても水質が変わらないらしい。
 調査と修理を行うドローンも動作を停止しており、原因を取り除くためには自ら調べに行くしかない。
 水道管から漏れる共生生物の姿が脳裏をよぎり、嫌な予感を強めたがもう他に選択肢は無い。
 アスカはテーザー銃と焼夷手榴弾に手をかけて、何が出て来ても大丈夫なように覚悟を決めた。
 部屋を出て、水発生装置の置かれた部屋へと繋がる廊下に出る。
 バイザーの敵性反応は相変わらずものすごい数の点を表示させており、あてにはならない。
 真四角の白い廊下をゆっくりと進み、アスカはついにその部屋へと足を踏み入れた。
 
 自動で開かれた扉の先、ガラス越しに見える水発生装置は黄色い球体に包み込まれていた。
 アスカの全身を包み込めるほど大きなその球体は、まるで心臓のように鼓動している。
 鼓動のたびにその体は少しずつ巨大化し、あたりに黄色い液を吐き出した。
 吐き出された黄色い液はそれぞれが蠢き、近くにある管へと潜り込んでいく。
 水発生装置へと繋がる四本の管は、その全てが共生生物たちの通路と化していた。
 ガラスの向こうは正に地獄だ。
 水圧に耐えられるよう特別に作られた強化ガラスが無ければ、共生生物たちはガラスを突き破ってこちらへと入って来ていたかもしれない。
 水中をふよふよと漂い自由に動くその様は、アスカにとって恐怖でしかない。
 無限に生成され続ける水によって水槽と化したその部屋で、どう共生生物を退ければ良いのか。
 アスカにはその方法が思いつかず、途方に暮れてしまう。
 周囲に置かれた無数の端末はどれもエラーの文字を表示させており、排水処理を行ってくださいと言うだけだ。
 その肝心の方法については表示されておらず、それらしきバルブや緊急停止装置も見当たらない。
 しかしそれでも諦める事無く探索を続けると、机の下に置かれた青いバインダーが目に入った。
 拾い上げて中を確認すると、そこには緊急時の対応マニュアルが挟まれていた。
 アスカは思わずこぶしを握り締め、その内容に目を通す。
 緊急排水が必要になった場合には中央の総合管理端末にてシステムリセットを行い、再起動の後に排水処理を実行する。
 そこに書かれた通り中央の大きな端末へと向かい、リセットをかける。
 そして表示された緊急排水の文字を、アスカはそっと指で触れた。
 
 直後、ビービーという警告音が鳴り響き、部屋の照明が赤く染まる。
 水発生装置へと繋がる扉とガラスが分厚い鉄のシャッターにより補強され、ゴゴゴゴという轟音が聞こえて来る。
 その先の様子はわからないが、恐らく問題無く排水が行われているのだろう。
 シャッターが上がると、そこには動作を停止した水発生装置と、壁に張り付く事で排水を逃れた巨大な共生生物の姿があった。
 減った体積を補うように一か所へと集まり、今や部屋の半分を埋め尽くすほどの大きさになっている。
 その巨体は部屋から伸びる管を巻き込み、その入口を塞いでいた。
 これでは水質管理装置が動かせない。
 ぷるぷると震えながらさらに大きく膨れ上がっていくその姿に、アスカは強い嫌悪感と恐怖を感じた。
 あの巨体を退けるには、強い熱が必要だろう。
 手にした焼夷手榴弾を見つめ、アスカは扉へと近づいていく。
 開いた瞬間にピンを抜き、投げつけて扉から離れる。
 システムリセットのおかげで端末を操作しない限り消化は行われず、奴が完全に蒸発するまで燃え続けるだろう。
 震える手を無理やり押さえつけ、アスカはその扉を開いた。
 
 ピンを抜き投げたのと同時に、アスカの横を触手が掠める。
 巨体からは想像もつかない速度で伸ばされたその触手はぎりぎりの所でアスカを掴み損ね壁へと激突していた。
 予想だにしなかったその攻撃に驚きながらも、アスカは後ろへと飛び退きながらバリアを起動する。
 触手の先端がアスカの体へと巻き付いた瞬間、触手はジュッと音を立てて蒸発していた。
 開いていた扉が自動で閉まり、その太い触手を切断する。
 扉に付いた小窓の向こうが赤く染まり、焼けるような熱気が扉越しに伝わってくる。
 一瞬の攻防にその場へと座り込んでしまったアスカの目の前で、切り離された触手がうねうねとその形を変えていく。
 それが球状になり飛び掛かるより早く、アスカはテーザー銃を撃っていた。
 テーザー銃は鉄の床にバチバチと火花を散らしながら、共生生物を電流で焼いていく。
 灰色になり動かなくなったのを確認すると、アスカはほっと息を吐いた。
 立ち上がり、見えてきたガラスの先には、ごうごうと燃える火の海と体全体を蠢かせ苦しみもがく共生生物の姿があった。
 まるで断末魔の叫びをあげるかのように、太い触手をそこら中に叩きつけながら震えている。
 その衝撃は強化ガラスにひびを入れ、アスカを驚かせるほどだった。
 アスカは急いで立ち上がり、中央の端末でシャッターを下ろす。
 シャッターが下り切ったその瞬間、ガシャンというガラスの割れる大きな音が響いて来た。
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