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異世界転生者マリー編
第35話 出迎える者
しおりを挟む数々の装飾に彩られた絢爛豪華な廊下の先、見慣れた重装鎧とハルバードの兵士が立っている。
一般兵の物とは違い、所々に青い装飾の入ったあの兜と鎧をマリーは覚えている。
「離れて!」
マリーがそう叫ぶやいなや、その腹部目掛けハルバードの柄が向かってきていた。
シルバーたちは声に反応して飛び退いたものの、誰もその兵士が踏み込む所を見れなかった。
立っているのは見えていた。
マリーの叫び声がして、まばたきをしたその瞬間、兵士はマリーへとハルバードを振るっていた。
距離にして十数メートルはあった。
例えマリーと同じ高速移動でも、その軌道は見えるはずだ。
それが、この兵士には全く無い。
移動の起こりから終わりまで、何の痕跡も無く移動している。
ハルバードの柄がマリーの腹部へと食い込み、壁へと叩きつけられるのを見ながら、シルバーは実力の差を悟った。
「撤退だ! ここは通れない!」
「良い判断ですね。 リーダーとしては合格です」
ハルバードを立て、それにより掛かる兵士からはやはり聞き覚えのある声がした。
「ただ……レジスタンスとしてはどうなんでしょう? 死にものぐるいで臨まなきゃ、国は落とせないんじゃないですか?」
兜の隙間から殺気のこもった青い瞳が見える。
ハルバードの先が少し下がった次の瞬間、シアンの槍は吹き飛ばされ、それを支えていた腕があらぬ方向を向いていた。
「ぐっ……がぁぁぁぁ!」
シアンの咆哮が響く。
シルバーの頭目掛けて振り下ろされたハルバードを受け止めようと前に出て、頭上に槍を構えたが、その刹那、シアンの脳裏には槍を折られ脳天を割られる姿がよぎった。
受け止められないなら攻撃の方向を逸らそうと、逆袈裟に槍を走らせたまでは良かった。
しかし誤算だったのはその威力で、何とか攻撃を逸らすのには成功したものの、弾き飛ばされた槍と一緒に腕の骨まで持っていかれてしまった。
この一瞬の出来事が見えたのはシアンだけだ。
加速の能力が無い者にとって、この攻防はまばたきの一度にも満たない。
「優秀な部下だ。 リーダーを殺せば後はどうでも良いんですけどね」
またハルバードが立てられる。
そして兵士はそれにより掛かると、斜め上を向いて語り始めた。
「この世界は転生者に優しくないと思いませんか? 行動は全て監視され、差別され、侮辱され。 生きようが死のうが関係無し。 女性が魔物に犯されようものならみんな喜んでそれを見る。 そんな世界、滅ぼしたってバチは当たらないでしょう」
やれやれといった風に兜を外すと、ルークの美しい青髪が露わになった。
「転生者……なのか?」
「はい、転生者です。 バベル王に拾われた幸せ者ですが」
ルークはにっこりと優しげな笑顔を浮かべる。
その涼し気な表情は、命のやり取りの場にはえらく不釣り合いだった。
「僕たちの目的は知ってるのか?」
「転生、召喚術の術者を殺して元の世界に帰るんでしょう? 浅はかですね。 術式は確立されていて特別な術者など必要無いと言うのに」
シルバーはあ然としてしまった。
召喚および転生術の術者はとある有名な魔法使いで、その人物だけが使える秘儀中の秘儀だと聞いていた。
その情報を得たのがおよそ一年前。
太陽の動きを数えただけで誤差はあるかも知れないが、それにしたってたかだか一年でそこまで情勢が変わるものか。
そのショックは余りにも大きく、シルバーはその場に膝をついてしまう。
「魔法のコピーが出来る転生者が見つかりまして。 原理を追究してみたら、目から得た魔法の術式を脳内で再現していたんですよ。 彼女に見せたら一発でした」
世間話をするように、ルークはさらっと言ってのける。
シルバーたちはみな凍りつき、愕然とした表情を浮かべている。
術式はいわば料理のレシピのような物で、それが広まればもう魔法そのものを止める事は出来なくなる。
世界各地で転生者の召喚が行われるだろう。
もしそうなれば、この世界は終わりだ。
「世界はどうなる?」
「どうもなりません。 バベルが統べ、転生者を独占し、魔法の使用を制限します。 世界は今まで通り。 変わるのは、転生者がバベル固有の物になるという点だけです」
「それに至るまでは?」
「さぁ? 大虐殺が起きるでしょうがバベルが受ける損害はそれほどでは無いでしょう」
ルークにとって、バベルが全てなのだろう。
バベルのためになるのであれば他は全て厭わない。
冷徹なまでに一貫されたその価値観が、その涼し気な言葉や態度から伝わってくる。
「貴方を殺すのはバベルに逆らえば死ぬという見せしめのためですが、転生者のよしみで元の世界に返してあげても良いですよ? 元々これは召喚と転生がセットになった術なので、この世界で死んだ貴方を元の世界に召喚してあげましょうか?」
ルークの甘言に、シルバーの心が揺らいだ。
結果だけを見るなら、決して悪い提案ではない。
元の世界に帰ることが出来る。
これはシルバーの、シルバーたちの宿願であり、これまでの戦いの終着点だ。
しかし、素直に受け入れられない理由がある。
「信用できるのか? それに、この世界へ新たに召喚された転生者はどうなる?」
「信用は、していただく他無いですね。 証拠も無ければ、死を前にした約束も意味をなさないでしょう。 新たな転生者は、訓練を受けて兵隊になってもらいます。 バベルの繁栄のため、生活を保証されて働けるなら悪い条件では無いと思いますが?」
「戦えない者たちは?」
「有効利用させていただきますよ? 色々と」
ルークの目に微かな狂気が見える。
バベルに流れる転生者を利用した実験の噂。
それが事実であるのなら、転生者の独占にも別の意味が見えてくる。
「交渉決裂だ。 元の世界には帰りたいがこの世界を犠牲には出来ない。 この世界とここに来る転生者を救いながら、帰りたい者たちで元の世界に帰る。 それが我が国の方針でね」
シルバーはゆっくりと剣を抜いた。
合わせて、バーミリオンも剣を抜く。
ミドリはシアンの元へと駆け寄り手当をしているが、いつでも手に取れるよう傍らには弓が置かれている。
「では死んで下さい。 部下の方々は有効利用させていただくので」
ルークがゆっくりと兜を被り、ハルバードに両手を回す。
その刹那、ルークの腹部にマリーの蹴りが深々と突き刺さった。
「がふっ!?」
鎧が凹み、腹部をさらに圧迫する。
ルークの口内に鉄の味が広がり、兜の中を鮮血に染めた。
ルークは膝をつき、兜を外すと床へと血を吐き出した。
「みなさん今の内に先へ! 王を捕らえて人質にして下さい!」
マリーの号令にシルバーたちは素早く反応する。
マリーへと応援の視線を向けながら、廊下の先へと消えていった。
残されたのはマリーとルーク。
お互い受けたダメージは五分といった所だろう。
折られたマリーの肋骨は再生を終え、損傷した肺も今や普通に動いている。
口の中の鉄の味が無くなり、息も苦しく無くなった。
その一方で、ルークは地獄の苦しみに襲われていた。
再生する腹部が凹んだ鎧に食い込み、無限の痛みを生んでいた。
狭い空間の中で元に戻ろうとする体が圧迫され、内臓が潰れている。
痛みにもがきながらなんとか鎧を脱ぎ捨てると、ルークはマリーを見て嬉しそうに笑った。
「再生スキルも万能じゃないんですね。 貴女に対する良い攻略法になりそうです」
狂気のこもった瞳は、マリーを震え上がらせた。
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