『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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異世界転生者マリー編

第37話 シルバーの決断

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 廊下を進んだ先に見慣れた扉があった。
 豪華な装飾が施された黒の扉。
 前にバベル王と謁見した、あの部屋への扉だ。
 扉は開け放たれており、途中には鎧を着た兵士の死体が転がっている。
 鞠は特に何とも思わずその死体の山を抜け、王が居るであろうその部屋へと入る。
 目に飛び込んできた光景は、予想外の物だった。
 バベル王が胸から血を流し倒れており、傍らには血で汚れた剣を持つシルバーの姿がある。
 しかしその顔には強い困惑の色が浮かんでおり、それを見るバーミリオンたちも驚いた顔をしていて固まっていた。

 「マ……リー?」

 マリーの到着に気付いたミドリが駆け寄るが、余りにも変わってしまったその雰囲気に疑問を浮かべている。
 鞠となったマリーは、全てを寄せ付けない氷のような雰囲気を纏っている。
 その視線も胸の奥を突き刺すようで、ミドリは思わず後ずさってしまう。
 振り向いたバーミリオンとシアンも言葉を失っている。
 マリーの体についた夥しい量の血痕が、何も言わずとも尋常では無い出来事があったのだとわからせる。
 そんな状態にありながら平然としているマリーに、背筋を冷たいものが降りていくのを感じた。
 
 「ミドリ、こっちは終わったよ。 そっちは」

 声すらも氷のように冷たい。
 ミドリと名前を呼ばれただけで、緊張の糸が張り詰めた。
 
 「シルバーが突然……バベル王を刺して……」

 大体の状況は察しがついた。
 まんまとはめられたシルバーはバベル王の殺人犯として仕立てられ、復讐を誓う何者かによって討たれるのだろう。
 正義の名の元に転生者の国を滅ぼし、次期王の座に就く。
 老い先短いバベル王に不満があったのか単なる野心か、どちらにせよバベル王は体の良い捨て駒にされたのだ。
 城内での分断や時間稼ぎも、そのための布石というなら納得だ。
 シルバーを止められそうなマリーを離し、あえて衛兵を遠ざける事でシルバーとバベル王の対面を果たす。
 こうして立ち尽くしている間にも、周辺地域へシルバーがバベル王を討ったという知らせが行くのだろう。
 そうして夜が明ける頃には、シルバーの国へと軍勢が押し寄せる事だろう。

 「はめられたね。 逃げないと」

 マリーは踵を返し、部屋を出ようとする。
 元々シルバーたちの宿願などマリーには関係ない。
 シルバーたちや国がどうなろうと、元の世界に帰る気のないマリーにとってはどうでも良い事だ。

 「待ってくれ! 城内にはまだ術士が居るんだ、捕まえて転生術で元の世界に帰れば……」
 「勝手にしたら? 私には関係ない」

 バーミリオンの声を遮り、マリーは出口へと足を運ぶ。
 いよいよ部屋を出ようかというマリーへ、シルバーは疑問を投げかけた。

 「関係ないと言うなら、なぜわざわざここに?」

 マリーの足が止まる。
 なぜ。
 鞠にはわからない。
 気がつけばこの部屋へと足が向いていた。
 なぜ。
 この男の言う通りだ。
 なぜ。
 なぜ。
 浮かんだ疑問は消えず、鎖のように鞠の意識を縛り付ける。

 「マリー……助けて……」

 ミドリが背後から抱きつくと、マリーの意識が戻った。
 鞠の意識を押しのけ出てきたマリーは記憶が一部欠けている。
 ルークがどうなったのか、なぜミドリに抱きつかれているのか、ここはどこなのか。
 疑問に思いながら振り向くと、バベル王とシルバーの姿が目に入った。

 「うっ……ぐっ……」

 マリーは頭を抱えてうずくまる。
 鞠の記憶の一部と同時に、暗い感情が流れ込んでくる。
 誰も信用するな、敵は徹底的に潰せ、自分を一番に考えろ。
 捨てたはずの元の世界での経験が鮮やかに蘇り、頭と胸がひどく痛む。
 もうあんな思いは嫌だ。
 この世界では、マリーになると決めたんだ。

 「マリー大丈夫?」
 「ミドリさん……」

 マリーはいつもの優しい目に戻っていた。

 「……さて、マリーも元に戻ったようだし僕の作戦を聞いてくれ」

 シルバーは剣を振り血を払うと、玉座に座りマリーたちを見た。
 顔面蒼白で、慌てきっていた先程までとは違い、その顔からは強い決意が感じられる。
 まるで全ての悩みを捨て去ったかのような、すっきりとした顔をしていた。

 「どうやらすっかりはめられた。 僕たちを罠に誘導したバイオレットの声も恐らく偽物だろう。 相手は僕たちを理解していて、僕たちよりも一枚上手だ」

 思えば、バイオレットの声が聞こえなくなったのは不自然だ。
 魔力を判別出来るバイオレットなら、ループにはまったマリーに助言することも、ルークの存在を知らせる事も出来ただろう。
 それをせず、下水道へ誘導したきり黙ってしまったのも、シルバーの説なら筋が通る。
 
 「ここに術者が居るという根底が揺らぐ事態だけど、それは問題無い」

 シルバーが取り出したのは球体をした金色のコンパスのような物で、針が下を指していた。

 「魔力を探知するコンパスが正常に動き出した。 これはループを打ち破ったマリーのおかげだろうね」

 なぜそんな便利な物を隠していたのか。
 驚くマリーに対して周囲のメンバーは驚いていない。
 それを見て、マリーは気づいてしまった。
 マリーがシルバーを心から信用していなかったように、シルバーもまたマリーを信用して居なかったのだ。
 シルバーが何を考えてコンパスを隠していたのかはわからないが、ミドリの申し訳無さそうな顔がマリーの心に突き刺さる。
 お互い様である以上文句は言えないが、それでも心が痛んだ。

 「術式が汎用化されていようとここの術者に元の世界に帰して貰えば関係無い。 この世界がどうなろうと元の世界に影響は無いはずだ」

 ルークの提案を蹴った時点で、シルバーのこの話が本心でない事は確実だ。
 本当にこの世界をどうでも良いと考えているなら、ルークと戦った意味が無い。

 「本題だ。 僕を残して逃げてくれ。 元の世界に帰りたい者は術者を、帰りたくない者はシルバーの国を目指して欲しい。 あくまでお尋ね者はこの僕だ。 僕の居ないシルバー国を攻めるのであれば大義名分は無くなる」

 そう言って、シルバーはコンパスをシアンに託した。
 みんな黙っている。
 それぞれ思う所があるのだろう。
 全員が全員深刻な顔をして、視線を落としていた。
 マリー以外、誰もシルバーの顔を見ることが出来ない。
 マリーもまた、どんな感情を抱けば良いのかわからなくなっていた。
 ミドリとバーミリオンは間違いなく仲間だ、一緒に死地を乗り越えた。
 シアンは掴みどころが無いが悪い人じゃ無い。
 バイオレットも良い人で、仲良くしたいと思っている。
 しかし、シルバーはどうだろう。
 目的のためには仲間すら捨て置く人間だ。
 リーダーとしては優秀で、信頼しているのであれば理想的なのだろう。
 理想のために捨てるべき者が自分でも、躊躇なく捨てられる点からそれはわかる。
 ただ、マリーはどうしても好きになれなかった。

 「マリー、巻き込んですまなかった。 術者を殺すと言ったのも君の人の良さに漬け込むための嘘だ。 戦力として君が欲しくて嘘を吐いた」

 どうやら周知の事実だったらしい。
 ミドリとバーミリオンは目を背けている。
 ああ、初めから騙されていたのか。
 マリーの中の暗い感情が大きくなっていく。
 それを察したのか、ミドリがまた抱きついてくる。
 ミドリの泣きそうな顔が目の前に迫るが、マリーの心は驚くほど凪いでいる。
 まるでつまらない映画を見ているようで、何一つ心に響かない。

 「これで手の内は全て晒した。 そうしたのはマリー、君にシルバー国を委ねたいからだ」

 思ってもみない言葉にマリーの心が少しだけ動いた。
 シルバー国を委ねる。
 今まで纏めてきた転生者たちを、まだ会って数日の信用もしていない相手に委ねるなんて理解できない。
 順当に考えれば、ミドリやバーミリオンが後を継ぐべきだ。
 当然の疑問を投げ掛けようとしたマリーに、シルバーは言葉を続ける。

 「これはマリーにしか頼めない。 純粋な戦力もそうだが、君は生まれながらの勇者だ。 勇者である事を公言し、周辺諸国に同盟を求めて欲しい。 勇者の庇護下に身を置きたい国は多く、バベルの仲間からも手が出せなくなるはずだ」

 何を勝手な。
 力を持つ転生者がどんな扱いを受けるかはこれまでで痛いほどわかっている。
 こんな世界にありながら勇者を公言するなんて、どんな報復をされてもおかしくない。
 シルバーの言う通りそれがシルバー国にとって一番の選択だったとしても、マリー本人はどうなるのか。
 憤りを感じ、マリーの表情はさらに暗いものになる。
 シルバーは玉座を降りマリーの前へと近づくと、床に両手をつき頭を深々と下げた。

 「全ては僕の責任だ。 本当に申し訳無いがみんなを救って欲しい」

 この場の誰もがその行為の意味を知っている。
 シルバーの見せた土下座に、全員頭が真っ白になった。
 一国を支える大の大人が少女のようなマリーに土下座をしている。
 その事実もさることながら、本気の謝意に触れ、どうしたら良いのかわからなくなる。
 この土下座には不甲斐ない自分を責めるような強い後悔の念と、仲間の今後を案じる優しさが込められている。
 マリーに全てを話しこのような手段を取ったのも、全ては仲間のためなのだろう。
 自らが犠牲になるという決断をマリーに強いる結果になっている事をシルバーは理解しながらも、それ以外の方法が思いつかなかったのだ。
 無言のまま時間が流れ、マリーの脳はようやく現状を理解した。

 「シルバーさん、頭を上げて下さい。 その……決断はまだ出来ませんが、シルバー国へ帰ろうと思います」

 シルバーは顔を上げない。
 深々と下げた頭のさらに下、床に敷かれた絨毯には涙の大きな染みが出来ていた。
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