『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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異世界転生者マリー編

第39話 呪いと幸福

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 「お嬢ちゃん……容赦無いなぁ……」

 グリズリーは掠れた声をどうにか絞り出した。
 折れた骨が肺に刺さり、声が上手く出せない。
 息を吸う度に肺に血が溜まり、まるで溺れたかのように息苦しくなる。
 一度襲うと決めた女の手前カッコつけていたが、その女の氷のような視線を見て自らの失敗を悟っていた。

 「……そっちが本性か……全く、惚れたわけだ……」

 無言のまま立っているマリーは凄まじいオーラを放っている。
 マリーの姿を捉えられないはずの防壁の外すら攻撃の手が止み、兵士たちは理由がわからぬまま動けないでいた。
 魔力を感じる事の出来ない人間にすら知覚させる圧倒的な魔力。
 まるで地獄の蓋が開いたかのような冷気が足元から立ち込めており、もし動こうものならそのまま引きずり込まれるような、そんな本能的な恐怖を与えてくる。
 グリズリーの姿を視認したマリーは、体を這う男根の気持ち悪さを思い出し、瞬時に意識を鞠へと切り替えていた。

 「……なぁ、俺を雇わないか? お嬢ちゃんを犯そうとしたのは謝る。 お詫びにタダで、一生お嬢ちゃんについていく」
 「お嬢ちゃんって呼び方やめてください、気持ち悪い。 人に気持ち悪い物擦り付けておきながら、戦況が悪くなれば命乞いするんですね」
 「本当に悪かった、俺だって死にたくないんだ。 あんた、俺を死ぬよりひどい目に合わせるつもりだろう?」
 「はい。 再生する度に去勢するつもりです」

 マリーの物とは思えない低い声が聞こえる。
 低く、小さい声でありながら、放たれる一言一言が周囲の人間を縛り付けていく。
 まるで言葉そのものが鎖になったかのように、絡みつき重みを増していく。
 グリズリーは地面へと頭をつけ、深々と土下座の姿勢を取った。

 「頼む、殺さないでくれ。 何でもする」
 「素直に死ねと言ったら死ぬんですか? 出来ない事があるのに何でもだなんて、愚かですね」

 サクッ、サクッ、と、鞠は地面に剣を突き立てながらグリズリーに近づく。
 その光景を見ていた兵士たちには、鎌を担ぎ近づく死神のように見えていた。

 「もし助けてくれるなら、死んだものと思って心を入れ替える。 覚悟が見たいならこの左腕を切り捨てよう」
 「へぇ、本気みたいですね。 貴方の左腕になんて興味ないので無駄な事はやめてください」
 「それじゃあ……」
 「皆殺し。 ここに連れてきた下っ端たち、全員殺してください」

 あれだけ人を殺すのを躊躇っていたマリーから聞こえた言葉とは思えない。
 これまでの経験からマリーの優しさを感じ取っていたバイオレットも、この発言が信じられなかった。
 まるで害虫駆除を頼むかのような何の感情も込められていないその言葉は、兵士たちから立っている力すらを奪い取る。
 動かなければグリズリーに殺され、動けば鞠に死ぬよりひどい目に合わされる。
 その実感が、あらゆる行動を許さなかった。

 「ありがとう、感謝する」

 グリズリーはメイスを構え、正門から外へと出ていく。
 その直後、地面をえぐるメイスの轟音と、悲鳴も無くすり潰されていく兵士たちの重さを含んだ水音が聞こえ始めた。
 静かな空間に響くびちゃっという音がバイオレットの精神を蝕んでいく。
 絶望しきった人間が一瞬安堵の表情を浮かべながらすり潰されていく様は見るに堪えない。
 もう、目と耳を閉じてしまおうか。
 ゆっくりと地面へと膝をついたその瞬間、鞠の手がその肩へと置かれた。

 「バイオレット……兵士がちゃんと死んだか教えてくれる?」
 「は……はい!」

 バイオレットは上ずった声を上げ急いで立ち上がった。
 全力で魔力の感度を上げ、兵士ひとりひとりの微かな魔力を判別する。
 ひとつ、またひとつと魔力が消えるのを感じ取り、それを鞠へと伝えた。

 「すごく助かるよ、見て回るのは疲れちゃうから」

 鞠の声が耳から脳へと響き、ぞくぞくするような恍惚感が生まれる。
 絶対的強者に認められ、必要とされる快感。
 シルバーにすら感じなかったその快感が、バイオレットを不安から解放していく。
 この人に着いていけば間違いない。
 その確信がバイオレットの中で大きくなっていた。

 「……終わりました。 後はグリズリーのみです」
 「ありがとう、バイオレット。 また力を貸してね?」
 「はい、もちろんです!」

 バイオレットはすっかり鞠の虜になっていた。
 触れられた肩が熱く疼いている。
 極寒の魔力に隠された、地獄の業火にも似た執念の炎がバイオレットにはわかる。
 敵には一切の容赦が無いが、自分やその仲間たちには惜しげもなく愛を注ぐ。
 相反する二つをもって、実行するのが鞠なのだ。
 強い執念の炎は、意志の弱い者を光に集まる虫のように惹きつける。
 その炎に焼かれるまで、離れる事は無いだろう。

 「全員殺した。 次はどうしたら良い?」
 「去勢します。 盛りのついた獣は要らないから」

 鞠は血みどろで戻って来たグリズリーへとそう冷たく言い放ち、剣を向ける。
 グリズリーはメイスを地面へと置くと、目を閉じて空を仰いだ。

 「待って! 他の大陸に去勢の専門家が居ます。 その人に頼めば一生子を成せない状態にも出来るかと」

 割って入ったバイオレットに、鞠の視線が突き刺さる。
 全身に氷柱を突き立てられるような、命そのものを鷲掴みにされているような、恐怖を超えた絶対的な絶望がバイオレットに襲い掛かる。
 バイオレットはすぐにこれから起きるであろう惨劇を想像し、自ら心臓を止めてしまいたくなった。
 しかしそれはすぐに消え、温かな木漏れ日のような魔力に包まれる。
 鞠はにっこりと笑顔を浮かべ、いつの間にか膝をついていたバイオレットの頭を抱きしめた。

 「名案だね、もう見たくも無かったから。 バイオレットはやっぱり頼りになるよ」
 「あっ……マリー様……」

 マリーに抱かれ、囁かれただけでバイオレットは軽くイってしまった。
 極限の緊張状態からの解放と、命の危機を脱したという安心感が快感となって押し寄せる。
 ジェットコースターやバンジージャンプなんて比にならないほどの生の実感は、バイオレットの脳を焦がしていく。
 密着した体から鞠の熱い魔力が伝わると、バイオレットはそれを貪るようにして体内へと取り込んだ。
 未だかつて、感じたことの無い充足感がバイオレットを包み込む。
 枯渇していた体が一瞬にして満たされ、感じていた不安や悩みが掻き消される。
 シルバーの事も、元の世界の事も、自分の不甲斐なさも、この温かさの中では全てが些事だ。
 鞠から口づけが交わされると、バイオレットの心と体は完全に支配されてしまった。

 「みんなの事は良くわからないけど、バイオレットの言う事を聞くなら守ってあげる」

 黙って立ち尽くしていた転生者たちは一斉に頭を垂れ、鞠へとひれ伏した。
 バイオレットと比べて熱の恩恵は少ないが、そうしなければあの魔力が自分たちに向く事をわかっている。
 鞠に存在を知られた時点で、敵か味方かのどちらかしか選択肢は残されていない。
 すなわち、死以上の苦痛か隷属かだ。
 転生者たちは当然隷属を選ぶ。
 鞠に歯向かうくらいなら、自らの首をはねるだろう。

 「じゃあ、敵は消えたね? バイオレット、後はよろしく。 私はそろそろ休むけど、ちゃんと見てるから」

 蕩けきっていた心へと、言葉の杭が突き刺さる。
 ちゃんと見てる。
 その言葉は呪いのようにバイオレットの心を蝕み恐怖を与え、それと同時に見られているという幸福をもたらした。
 飴と鞭などという生易しい物ではない。
 鞠に魅了された者にとって、向けられた言葉や行動は呪いであり幸福だ。
 どちらか一方という事はあり得ず、その絶対的な幸福のため、どんな呪いでも受け入れるだろう。
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