『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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魔法少女編

第9話 国の魔法少女

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 異世界へと繋がるゲートからやってくる魔物と溢れ出る魔素。
 民間の魔法少女が対応するような小さなゲートはせいぜいゴブリンやオークが出てくる程度の雑魚がほとんどで、その脅威も大したものではない。
 真に問題なのは、初期対応が間に合わず巨大化してしまったゲートだ。


 「目標を視認。 戦闘開始するか?」

 寂れた商店街の一角に、半透明な紫色の壁が出現している。
 氷や水晶を思わせる輝きのあるこの壁は、こちらの世界とあちらの世界を隔絶する壁だ。

 「他部隊が遅れている。 指示があるまで待機を」
 「了解した」

 作戦に遅れが出るのはこれで三度目。
 部隊員の不足と出動要請の増加が重なった結果だが、こうも遅れられてはいずれ支障が出るだろう。
 民間の魔法少女は増えているというのに、なぜ国は公的は魔法少女の数を増やさないのか。
 不満げな顔で壁を見つめながら、葵は腰の刀に手のひらを添える。
 こうしている間にもあちらの世界は侵食を続け、こちらの世界との繋がりを強くしているだろう。
 繋がりが強くなればなるほどそれを守る魔物も強力になり、ゲートの破壊も難しくなる。
 それをわかっていながら見ているしかないなんて、わざわざ作戦難度を上げているようなものだ。

 「お待たせしました、葵隊長」
 「いや、よく来てくれた、鉄黒」

 それこそ影のように、音もなく現れた鉄黒が自らの背ほどもあるライフルを壁に向けて構える。
 黒くタイトな戦闘服に黒い髪、黒い瞳。
 極力肌の露出を抑えているのもあり、鉄黒は正しく影そのもの。
 自らの魔力により行われるカモフラージュは、鉄黒の輪郭をぼやけさせ距離感を狂わせる。
 専用武装であるライフルも二本のバレルと二つの動作機構により通常弾と魔力弾を使い分け可能で、特に完全無音となる魔力弾は魔法少女にとっても脅威的だ。
 葵は鉄黒を見るたび、味方で良かったと痛感してしまう。

 「撫子。 遅れました」
 「気にするな、作戦開始だ」

 黒い戦闘服の上から桜色の羽織りを着た女性が、明るい茶色の髪を靡かせながら上空からふわりと舞い降りる。
 その姿は思わず目を奪われるような華やかさで、彼女の役割を知らない者からすれば異様に映るだろう。
 作戦開始の合図とほとんど同時に鉄黒の魔力弾が壁に亀裂を走らせると、そこめがけて葵が刀を振り下ろした。
 切っ先が滑るように壁を切り裂き、脆くなった壁が瓦解する。
 音もなく崩れた穴の向こうには、無数のゴブリンと空に浮かぶ美女の姿があった。
 美女の背には黒い、コウモリのような翼。
 薄紫色の肌とアメジストのような深い紫色の瞳から魔人だと一目でわかる。
 その場からふわりと浮かび上がり中央へと舞い降りた撫子を目で追った次の瞬間、魔人の眉間に風穴が空いていた。

 「あら、サービスですか?」

 撫子が呟くと同時に魔人の体が霧になって消える。
 しかし、魔人の体はもともとただの魔力の集まりだ。
 人間にとっての急所を狙っても一撃で終わる事は稀で、魔人が魔に近づけば近づくほど致命打にはなりにくい。
 三人はその気配から、これで終わりではないと確信していた。

 「国の魔法少女が来てくれるなんて、私ももう立派な魔人って事かしら?」

 霧散した魔力が再び人の形をとり、現れた魔人の顔が言葉を紡ぐ。
 その口ぶりからして、どうやら生粋の魔人ではなさそうだ。

 「いや、まだ魔人の子供だ。 本物の魔人なら無駄口を叩かない」

 葵の刀が魔人の頭を両断した。
 その刃に触れた瞬間、魔人の顔に苦悶の色が浮かぶ。
 葵の持つ刀は魔素を断つ特別な刀で、切られたものは魔力の行使はおろか魔素を補給することすら出来なくなる。
 魔物、魔人、魔法少女、全てに効く唯一の必殺武器。
 その代償もまた大きいが、葵にとっては問題じゃない。
 目も見えず、体内に魔素を持たない葵の個性が、この武器の所持者として選ばれた最大の理由だ。
 澄み切った闇の中、自身を中心とした二メートル範囲の漆黒と宙に舞う桜の花びらが浮かび上がる。
 撫子の魔力が形となったそれは敵にとっては邪魔なデコイであり、葵にとっては敵を浮かび上がらせるマーカーだ。
 ゴブリンの体に張り付いた花びらが姿形、位置を知らせ、範囲に入ったものから順に切り捨てていく。
 群れの合間を縫うように進みながら均等な円の範囲で両断していく葵の姿に、恐れを知らないはずのゴブリンたちが青ざめている。
 ゲートへ逃げ込もうとしたものたちは全て、鉄黒の銃弾が捉えていた。

 「はぁ……役柄とはいえ、甘く見られているようで腹が立ちます」

 自然とゴブリンたちは撫子の周りに集まる。
 たおやかに舞うようにして魔素を撒く撫子の姿は戦いとは程遠く、ゴブリンたちにとっては格好の獲物のように見えた。
 品定めするようなねっとりとした視線が撫子に集まりだしたその瞬間、先頭に立っていたゴブリンの首が音も無く地面に転がった。

 「あとは任せても良いか?」
 「どうぞ、もう終わりましたから」

 葵が刀を鞘に収めると、ゴブリンたちの体が魔素の霧となって消滅する。
 ゴブリンに付けられていた桜の花びらと花びらの間に薄く走る糸が、ゴブリンたちを細切れにしていた。


 国が運営する特殊魔法少女集団、通称AMSF。
 『Anti-Magic Special Force』の名を持つ彼女たちは、魔力絡みの問題を解決するスペシャリストだ。
 中でも葵率いるチームゼロは特別で、重視されているのは周囲への影響の少なさと秘匿性。
 少数を静かに処理するのに長けたこのチームは、魔物の他に対魔法少女戦も担当している。


 「お疲れ様でした。 これからショッピングにでも行きますか?」
 「いや、私は」
 「いいじゃないですか、ショッピング。 隊長の服は私にお任せを」

 鉄黒と撫子が葵の両脇を塞ぎ、並んで繁華街を歩いている。
 異世界侵食の警戒区域に設定された範囲はごく一部で、少し歩けばいつも通りの繁華街だ。
 AMSFの制服も、一般人から見れば普通の服と変わりない。
 着替える時間すら惜しむ二人に半ば押し切られるようにして、葵はショッピングモールへと行くことになった。
 葵は厳格な隊長でありながらも愛されている。
 口数が少なく、感情の起伏も少ないが、その分を二人が補ってくれている。
 社交性の高いお嬢様な撫子はもとより、作戦中はあれだけ姿を隠している鉄黒も外では年相応の女の子だ。
 撫子の女性らしい華やかな雰囲気と、鉄黒の中性的なすらりとした長身が嫌でも目を引いていて、間に収まる葵はいつも場違いなように思えていた。

 「ほら隊長、こういうのはどう? レザー生地のかっこいいやつ」
 「隊長はこう見えてかわいいんですから、もっとフリフリでガーリーなほうが良いですよ」

 葵の目が見えないのを良いことに思い思いの衣装と一緒に試着室に連れ込まれ、拒否権もなく着せ替え人形にされている。
 葵は困ったような笑顔を浮かべるだけで特に抵抗はしない。
 自分がどんな格好にされているかわからなくても、この二人に任せておけば大丈夫だという確信があった。
 二人に肌を晒すことに関しても、葵は特になんとも思っていない。
 自分の体をこれといって面白味もない体だと評価しており、両脇に立っているのが例え男だったとしても何とも思わないだろう。
 一度も見たことのない自分の体が他の誰かに見られたところで、何かが変わるものでもない。
 そんな自暴自棄ともとれる葵の考え方に晒され続けた結果、二人が極度の世話焼きになってしまった事を葵は知らない。

 結局、店を出た葵はいつもの制服に着替え、両脇の二人の手にはそれぞれが選んだ葵の服が提げられていた。
 昔ながらのデザインの黒のセーラー服は葵の通う高校の制服であり、葵専用の特注品でもある。
 魔素を練り込んだ繊維で作られたその服は、魔素の感知能力に優れた葵にとっては見えていると言ってもいい。
 ぼんやりとしか感じ取れない他の服と違って、戦闘服とこの服だけははっきりとその姿形を教えてくれる。
 鉄黒と撫子は他の服にも魔素を含ませたらいいのではと提案したが、葵はやんわりとその提案を断っている。

 「このあとはどうします? 民間の魔法少女の潜入捜査も面白そうですけど」
 「私はパス。 そんなにお金無いし。 隊長はどうします?」
 「撫子さえ良ければ、桜を見に行きたい」

 葵がそういうなり二人は笑顔で顔を向き合わせて、葵の腕を両脇から抱いた。
 三人の中で一番小さい葵が両脇から抱えられているとまるで捕まった宇宙人か両親にあやされる子供のようだ。
 目隠しのすぐ下の頬がほんのり赤くなっているのを見て、二人は静かに笑うと公園の方へと歩き出した。

 「どうですか、隊長」
 「うん、すごく綺麗だ。 これも撫子のおかげだな」
 「私は?」
 「鉄黒は……別のことで役に立っている」

 普段はぼんやりと煙のようにしか見えない桜がはっきりと闇に浮かんでいる。
 撫子の放出する魔素によって彩られた桜は、葵の記憶にある姿そのままだ。
 他者との交流を好まない葵がこの二人だけを特別に思っているのは、その能力によるものが大きい。
 撫子の魔素を撒く能力が葵の世界をはっきりと浮かび上がらせて、昔の事を思い出させてくれる。
 それに対して鉄黒は葵にとってみれば透明人間と同じで、周囲の魔力に溶け込まれてしまったら完全に見失ってしまう。
 いつでも自分を殺すことのできる鉄黒と行動を共にするのは、自分の立場を忘れないための戒めだ。
 国の魔法少女はあくまで国のものであり、個人としての幸福は優先されない。
 自分自身を軽んじている葵にとってこの仕事は、正に天職だった。
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