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1章: Love is hate against itself.

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「チハル、ありがとう・・・・・・」
 部屋に戻り、落ち着きを取り戻したアンリがぽつりと呟いた。
「気にすることじゃありません。あんなひどい言いがかりでアンリを傷つけるエリー小隊長を、許せなかっただけですから」
「言い掛かり・・・・・・ってわけでもないんだよね」
「え?」
 アンリは申し訳なさそうに続ける。
「エリー小隊長の言ったことは、間違えないんだ。私ね、ここに来る前は、お金で身体を売っていたの」
「そうだった、のですか?」
「父親がひどい奴でさ。そいつの酒代を稼ぐために、初めてこの商売をさせられたのは、まだ九歳の頃だった。これは客から聞いた話なんだけど、母さんも同じ目に遭わされていたんだよね。その母さんが死んで、代わりに使われたのは成長した後の私だったわけ。だから、十五になって親衛隊員に徴兵されたのは、私にとって人生をやり直すチャンスだったの。皇太子殿下の妾にでもなれば、あんな父親の下には戻らずに済む。それがダメでも、ここでお金を稼げば、それを元手に何か新しいことが始められるはず。だから私、物凄く必死なんだけど、私には何もない。こうやって、自分の心と身体を汚すことでしか、自分を守れないんだ。エリー小隊長の言う通り、こんな体で皇太子殿下に近づくなんて、愚弄もいいトコだよね」
「そんなことありません!!」
 チハルがアンリと向かい合った。
「今までのやり方は、確かに人に言えることではありませんけど、でもアンリさんは今も必死に生きているじゃないですか! エリー小隊長でも他の誰でも、それを否定する権利はないはずです!」
「チハル・・・・・・」
「私、エリー小隊長と戦います。それで勝てば、アンリさんの夢を邪魔されることはありません」
「どうして、こんな私のために?」
 どんなに周りから価値がないと言われようが、自分のやって来たことの意味は変わらない。
 それが、転生前にシナリオライターやらディレクターから見下されてきたチハルの持ち続けた信念だった。
「ちょっといいかしら?」
 丁寧なノックの音がする。ドアの向こうの声にも聞き覚えがある。
「あれは確か・・・・・・」
 ドアを開けると、クラウデ小隊長が立っていた。
「えっと」
「安心して。今日はあなた達のためになる話をしに来ただけだから」
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