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番外編 お気に入りのソファ 前

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ルークの正体がルーカス・アバティーノ、裏社会を制する頂点に立つ男であったと知り、俺は衝動的にお世話になったレストラン「カポネッサ」を逃げるように飛び出した。
 寂れた街まで逃げてきたけど、ルークは追いかけてきた。
 最悪殺されるかも、と一瞬頭をよぎったが、ルークは危険なオーラを纏いながらも、俺を傷つけるようなことはしなかった。
 野獣のように激しく、傷みつけられるように抱かれるのかと思いきや、ルークの触れる全てが甘くて俺の身体はすぐにとろけ出した。
 ルークは優しくも力強く俺を突き上げて離さず、「愛してる」と囁やいて俺を貫き続けた。



 そんなこんなで今はルークの住む中央の豪邸に住まわせてもらっている。無理やり連れて来られたって訳じゃないんだけど、否を言わせない雰囲気で、俺の屋敷に一緒に帰るのは当然だ、という態度であった。
 まぁ俺もあんな錆びた街のボロ宿にいつまでもいたくなかったし。
 それに何より、ルークのそばにいたかった。

 ルークの屋敷に移り住んで、ぼーっとしてたらいつの間にか三週間経った。毎日のようにルークに愛されて、気づいたら昼過ぎてる。起きたら身体もダルくて、レストランでウェイターしてる時とは違った倦怠感と疲れを感じた。けれど、充実感はものすごい。
 俺、愛されてるなぁって実感させてくれる。ベッドの上でもそうだし、この屋敷に住み始めてからはそれ以外の日常でもルークはベタベタの甘々な態度と言葉をくれる。
 俺がいつも顔を真っ赤にして恥ずかしくなるくらい愛情を表現してくれる。
 そんな俺の恥ずかしがる姿をみて「可愛い」と褒められるのだ。可愛いなんて、言われたことなかったし、男だから嬉しくもなかったのに、ルークに言われるだけで特別な言葉になる。
 ルークは俺にとって特別な存在だ。日々認識する。
 今日も仕事に行く前に「愛してる」との言葉と共にキスをくれた。それだけで一日中幸せに浸っていられる。

「……あれ?……そういえば俺、ルークに愛してるって伝えたことあったかな?」

 思い返せばあのボロ宿で、俺がルークに俺のことを好きか聞いて、ルークは俺のことを好きじゃなくて愛してると言ってくれた。
 その後もずっと愛を囁いてくれたんだけど……。

 あれれ?俺、言ってなくね?

 あんだけ想いを伝えてくれて、こんなに尽くしてくれているのに。それに俺は言葉でも態度でも返せていない。
 こんなんじゃ俺、すぐに愛想をつかされちゃう?!
 ど、どうしよう?俺、恋愛とか全くしてこなかったからどんな風に恋人に接すればいいかわかんない。
 そ、それに、好き、まではかろうじて言えたとしても、あ、あ、あ、愛してるなんて……言えないだろ恥ずかしくて。
 身体はこの世界用に作り替えてもらったかもしんないけど、心はまだ日本人なんだよな。
 そんな簡単に愛してるなんて、言えない……。照れくさいよ。

 でもいつまでも日本人のままじゃいけないよな。異世界に来て身体を作り替えて貰って異世界人になったんだし。こっちに合わせていかないと。
 出来ることからちょっとずつ変わっていけばいいかな。

 まずは、ルークに自分の想いを伝える!これだな!
 好きってちゃんと伝えよう。愛してる、はまだ言える気がしない。照れて言葉にならないと思う。そんで、今日はちょっと自分から積極的にいってみようかな。

 ここの生活にも慣れてきたのと、体力がついてきたのか、昼過ぎまで眠っていることはなくなってきた。今日も普通の時間に起きれたし。ルークが仕事に向かうのを見送れたし。ベッドの上からだけど。
 俺もそろそろ起き上がろう。

 ルークは屋敷で仕事をすることもあるようなのだが、仕事で外に出ることもある。最近は外での仕事が大半だ。
 その理由はアバティーノ・ファミリーがこの街だけでなく、他の街々へと勢力を拡大している真っ最中だからだ。他の街の組織やごろつきたちにこの街で立ち上げたの勧誘をしているらしい。最終的には従わせるのだから、勧誘とは正確には言えないかもしれないが。
 従わない者は、他の者たちへの見せしめとして容赦なく潰される。そうして次のを進めやすくする。
 目指すところはこの世界の統一、なのだそうだ。なぜそんなことを目指すのかは、きっと何か俺には想像もつかない理由があるのだろう。

 俺はベッドから重たい身体を起こして身支度を整えた。チリリンと部屋に備え付けてあるベルを鳴らす。そうすると俺付きの使用人が部屋まで迎えに来てくれるのだ。

 鳴らしてすぐに部屋のドアがノックされる。迎え入れるといつもの使用人の姿があった。

「おはようございます、ラック様。朝ご飯の支度が整っておりますのでどうぞお部屋へ」
「おはよう。いつもありがとう」
 
 俺はルークの部屋を出てダイニングルームへと足を向ける。

 ダイニングルームではすでに俺の食事の用意がテーブルの上にされており、それを優雅に一人食べ進める。こんな生活するをするなんて夢にも思っていなかった。

 食べ終えた後にルークの今日の予定を使用人に聞いてみた。

「ルークは今日一日外出の予定なのか?」
「はい、その予定でごさいます」
「夜はどれくらいになりそうなの?」
「おそらくかなり遅くなるかと……」
「そっか、わかったよ。教えてくれてありがとう」

 夜遅くなるとしたら、今日はルークに気持ちを伝えられないかもしれないな。仕事も立て込んで疲れてる所に、俺にもじもじ、もごもごと気持ちを伝えられたらどう思うかな。さらに疲れさせてしまうだろうか。仕事が落ち着いてきた頃に伝えた方がいいのかなぁ。どうしよう。段々と迷いが出てきた。

 こんな時は身体を動かすか、仕事をして何も考えない方が逆に頭がスッキリするんだけど。
 
 この屋敷には俺ができる仕事なんてないし。身体を動かすといっても何をしたらいいのかまだ勝手がわからない……。

 どうしようかと考えていたら、ふとオーナーのことを思い出した。
 
 あ、……そういえば、レストラン「カポネッサ」のオーナーにもあいさつに行かないとじゃん。

 この世界のことを何にも知らない、知り合いでもない俺を住み込みで雇ってくれたオーナー。辞める時もいきなり「今日辞めます!」の一言で飛び出してったわけだし。二ヶ月もお世話になっといてそれは流石に薄情過ぎるよな。

 
 街の中央区画から郊外を一人歩く。屋敷から出てくる時、いかつい顔の門番さんに、ちょっと外出してきます~と言って出てきた。
 ヨーロッパ風の街並みと行き交う人々を見ながら、この街に戻ってこれてよかったとしみじみ思う。逃げた先の街はひどく物寂しくて、この世界に一人だけ取り残された気がした。
 オーナーの人の良さを実感して、ちゃんとお礼を言わないといけない、と思った。

 まだ昼前で店は開店していない。2階の裏口の戸を叩いて寝ているであろうオーナーを起こす。何度も叩かないとそのまま寝入ってしまうので遠慮せず叩きまくる。

「うっせーぞ、誰だっ!まだ開店前だから寝てたいんだよ!」

 乱暴に開いた戸の中から、ブチ切れたオーナーがたった今起きた格好で怒鳴り散らしてくる。

「オーナー!」
「……あれ?ラック?ラックなのか?!」
「そうです!寝ている所すみません。お店始まっちゃうと忙しくて時間取れないだろうからと思って……」
「ラック!お前どこ行ってたんだよ~、心配したんだぞ?いきなり出ていくとか言うから」
「ですよね。すいません、ちょっとした事情があって…」
「まぁ……うん、詳しくは聞かねぇけど」

 こういう所も優しいんだよな。言いたくないことは言わなくていいし、根掘り葉掘り聞いてこない所がいい。
 
「お店の方はどうですか?新しい人雇ったりしました?」
「ラックが戻るかもと思って少し待ったんだがな。流石に新しく雇わないとレストランが回らなくてよ」

 すまなさそうに目線を下げた。

「いや、俺が悪いんですから気にしないでください。新しい人はどうですか?」
「全く何も知らなかったお前と違って即戦力にはなってるんだが、お前と比べると働くことに対しての意欲ってのはないよな。お前は本当に一生懸命働いてくれてよ、くるくる店内を周って笑顔を振り撒いててさぁ。俺たちお前の笑顔に癒されてたよ」

 懐かしそうに大きく笑ってそう言ってくれたオーナー。
 そんなふうに思ってくれてたのか。純粋に嬉しい。迷惑かけてばかりじゃなくて良かった。

「オーナー、よかったら働かせてくれませんか?今日一日だけでも」
「そりゃあ、店としたらそれは助かるけどよ……」
「ずっと働かせてくれとは言いませんから」

 気分転換に思考停止して身体を動かしたかった。見知った環境に身を置いて少し落ち着きたい。そういう思いだけだった。

「なら、遠慮なく働いてもらおうか。キビキビ働けよ」
「はい!」

 元気よく返事をして、昼のランチの時間までオーナーとおしゃべりしていたらすぐに時間がきた。

 


「ラック!オーダー上がったぞ!」

 シェフからの怒号のような声が厨房から飛んでくる。カウンターには料理の皿でいっぱいだ。

「はい!シェフ!」

 シェフの声に負けじと俺も声を張り上げてサーブしていく。シェフの顔はいつも通り無表情かむしろいつもより怒っているくらいで、オーナーの言ってた、俺の笑顔に「俺たち癒されてた」ってのにシェフは入ってないと思った。だったら俺たちっての誰のことだよ。オーナーと常連客ってことだったのかな。

 新しく入った新入りのウェイターも普通にサーブしている。そんなに感じのいい奴ではなさそうだったが、仕事ができないってわけでもなさそうだ。
 オーナーと喋りながら一緒に上から降りてきてあいさつをしたんだけど、睨まれた。
 あいさつを交わした後は全く近寄ってこない。近づくなオーラがすごい出てる。
 空気の読める俺はもちろん必要最低限近寄らないようにした。だが、時々一緒に給士に入っているオーナーと一言二言忙しい中でも交わすと、ものすごい顔でこちらを見てくる。めちゃ怖い。
 まぁ今日一日だけの助っ人だからさ。別に嫌われても気にしないよ。うん、気にしない。

 ランチの店じまいをしてまかないの料理をみんなで食べる。オーナー、シェフ、俺と、新入りウェイターだ。
 
 やぁっぱりシェフの料理は美味しいな。
 ルークの屋敷のも美味しいけど、ちょっとお上品すぎて。そのうち慣れていくのかもしれないけど、たまにはこういうシェフの少し下町感がある料理を食べたい。落ち着くんだよな。元がドのつく庶民だったから。

 食べすすめていると、閉めたはずのお店のドアの前に大きな背格好の男性らしき影が映る。少し乱暴にドアを開けようと音がしている。俺がいこうとすると、オーナーに止められて俺が行くから待ってろと言われた。
 オーナーが行って話せば話は早い。上げかけた腰を椅子に落としてスパゲッティもどきを食べ続けた。
 このミートソースがねぇ、たまらんのですよ。ひき肉もね、ジューシーでね、絶妙にマッチングしてる。トマトの酸味と玉ねぎの甘さと、後なんか色々な香辛料とか調味料とか入れててね、調和してるのよこれが。
 お客もいないからいつもこれがまかないに出ると口元が赤く汚れるのにも構わずに口いっぱい頬張って食べる。汚く汚して食べる。それが最高に美味い食べ方だと思ってる。
 こんな食べ方ルークのお屋敷の優雅なダイニングルームではとてもじゃないけどできない。

「すみません、お客様。本日ランチの営業時間は終了しておりましてぇええええ?!!!」

 いつも通りの営業スマイルをかましてした様子だったが、オーナーの言葉の語尾が上がってしまって、奇妙な物言いになっていた。
 オーナーがこんなに動揺する相手とは一体どんな客なんだろうか。とても興味が湧いてしまって、そちらを注目せざるを得ない。食べていた手を止めてドアの方にみんな視線を向けていた。

「な、な、なな!?なんで、あなたが、ここに……え、えと、あ、あの今月分の金額はいつもの方にお渡ししてますが……何かございましたでしょうか??」

 かなりの相手だな。オーナーがこんなに丁寧に対応しているんだから。
 
「いや、それは問題ない。ただ、中にいるウェイターに話がある」
「う、ウェイター……」

 なんだか声に聞き覚えがあるというか、いつも甘く囁いてくれる声に似ているというか……。

 オーナーを横切ってスーツをかっちりと着こなした背の高い男が姿を現した。

 オーナーはチラリと俺と新入りに目を向ける。主に新入りにだ。新入りは身体は固まったままブンブンと横に頭を思い切り振っている。

 今朝、愛しい恋人の顔をして送り出した男の顔は、今や切長の眉毛の間に大きな皺を寄せて、優しい眼差しは相手を射殺さんとするばかりに燃えている。身体全体からメラメラと炎が見えるかのような威圧感を発している。
 対して俺は、間抜けにも口元に思いっきりミートソースを付けた滑稽な顔をしているだろう。むぐむぐと口の中にはまだスパゲッティもどきが入っている。ごくりと飲み込んでルークを見つめた。

 な、なんか、めっちゃ怒ってらっしゃる……?

「ここ数日は忙しくしていたから、早く仕事を終わらせて一緒にゆっくりランチでもと思って帰宅してみれば、姿がない。また遠くへ逃げてしまったのかと思ったが、前の飼い主の元へと帰っていたのか?」
 
 前の飼い主は誰だと視線をオーナーに向け、オーナーはブンブンと首が取れそうになるくらい左右に振った。シェフと新入りもルークから視線が来る前から違うと首を横に振りまくる。

「気まぐれな Nigrum cattus め。ふらふらとほっつき歩くな。帰るぞ」

 ぐいっと腕を掴まれて立たされて、問答無用で隣を歩かされる。腰に腕を回されて離れないようにがっちりとホールドされた。

「あ、ちょっと待ってよ。俺、こんな格好で汚いし、一緒に外を歩けない」

 ウェイターの格好のままもそうだが口元を見てくれ。ものすごいことになってるから。むしろ笑ってくれた方が嬉しい。食べ終わった後に綺麗にしようと思ってたから、遠慮なくミートソースまみれの口元になってるんだよ。

 ルークは俺の顔を見て、ぺろりと舌を出して俺の口元を舐め取り、ソースの味見をする。親指で俺の口元を拭ってソースのついた自分の指を舐めた。

「美味いな……。おいシェフ、チップだ。とっておけ」

 懐から分厚い札束の塊を、座って微動だにしないシェフへぽいと投げた。
 弧を描いて落ちてきた札束をわたわたと受け止めるシェフ。

 これでもうここに用はないと、迷いのない足は外へと俺を連れていく。

 外に出て中央の人通りの多い街中を、ウェイターの格好をして口元にミートソースをつけまくった顔で歩く。しかも隣にはこの、いつもより人相が悪くなってはいるが、極上の男だ。目立つことこの上ない。
 実際目立っている。すれ違う人、通りを挟んで向こう側にいる人もこちらを注目している。
 百歩譲ってウェイターの格好はいいとして、ミートソース顔を晒しながら街中をこれ以上歩きたくない。

「ルーク、ちょっと待って」

 声をかけてもルークは俺を無視する。ルークの長い脚で歩かれて、歩幅が合わない俺は必死になってついていく。

「ルーク!待てったら!」

 少し大きめの声を出して主張する。すると、ルークは今度は俺の声に反応した。掴まれていた腰をぐいっと引き上げられて、噛みつかれるようなキスをされた。食べられている、と錯覚するくらいに唇を喰まれて口内を侵される。口の周りもねぶられてから舌を入れられるとミートソースの味がした。

「ん、はむ、んんっ……んぅ……」
 
 終わらないキスの愉悦に腰が抜けそうになってくる。しまいにはルークが俺の片尻をぎゅっと掴んできて、ズボンの上から窄まりにそっと指を這わせる。

「ンンッ……!」
 
 俺の身体は飛び跳ねるようにビクッと動き、ぎゅっと指が入ってこないように尻に力を入れた。ルークは力の入った俺の尻を解すように揉み込んでまた窄まりに指を引っ掛ける。

「……や、ぁ……ぁあっ」

 すりすりと撫でられたら、俺はもう腰が完全に抜けてしまって立てなくなった。そんな俺を抱きかかえて屋敷まで運んでいく。

「街の中心で股を開かれたくなかったら大人しくしていろ」

 逆らったら本当にしてしまいそうで怖い。いや、絶対するだろうな。腰も抜けて力が入らないし、大人しくルークに運ばれることにした。
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