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番外編
番外編 2-1
帰り道を一人で歩く。まだ実感が湧かない。薄い腹を手でさすってみても、何も感じることはない。妊娠ってもっと何か感じるものがあるかと思っていた。まだ小さな命が宿った段階では感じるも何もないのかもしれないが。
でも、ここにいると自覚すると、愛しさがだんだんと込み上げてきた。
好きな人との赤ちゃん。それは本当に幸福なことだ。不妊と言われてきた俺が子どもを授かれるなんて奇跡みたいだと思った。
どうやってラッセルに伝えようかとふわふわとした足取りで家までの道を進む。つまづいたりドジ踏んだりしないようにしないと。もう俺一人の体じゃないんだから。
そうは思うのに、足取りは雲のように軽くて落ち着いていられなかった。
家が目の前に見えた、と思ったらぐいっと横から腕を掴まれた。
「よぉ、お兄ちゃん。元気してた?」
ニヤニヤと下卑た笑顔を貼り付ける男がいた。
「……ジル」
そこに現れたのは弟のジルだった。
幸せだった気持ちは一気に地に落ちてしまった。
弟が再度金をせびりにきたのだとわかった。
「なぁ、お金貸してくんねぇ?」
「この前渡しただろう!しかも、ラッセルの家の金まで奪って……!」
「奪ってだなんて人聞きが悪いなぁ、借りたんじゃん」
全く悪いと思っていない態度に俺はイライラとした。金を渡せばこの場は収まるが、すぐに使い切ってまたせびりに来るに決まっている。
「もうお前に貸せる金なんてないよ!帰ってくれよ」
「そんな冷たいこと言うなよ、お兄チャン」
「離せっ……!」
腕を振り払って家の中に駆け込もとした。だが、腕は振り払えずに逆に腕を取られた。そのまま力任せに壁に突き放される。ドンッ、と背中を強打した。
「かはッ……ひゅ……ッ」
背中への強い衝撃が内部の心臓にグッと集まった。
喉奥が狭まる音がした。呼吸ができない。息が吸えない。
心臓も苦しかったが、なんとかお腹を両手で庇って倒れた。コホコホと咳をして息を吐き出したら、やっと新しい空気を肺に入れることができた。
「ゲホっ……ゴホッ、はーっ……、…はー……っ」
体を縮こませて丸まっている俺の胸ぐらをジルは掴んだ。
「うぐぅ……っ」
「生意気言うなよ。抵抗するからこういうことになんだよ」
涙目で視界がぶれる。ぶれて見える目の前にはジルが拳を作って振り上げているのが見えた。
俺の顔なんかどうでもいいから、赤ちゃんを守らなくちゃ。
お腹を庇う手は解かない。だから顔面ががら空きだった。衝撃に備えてぐっと目を瞑った。
お腹だけは守る。絶対に。
「何してるっ!」
ああ、この声は……。
俺は強張っていた体の力を少し抜いた。
周囲の空気が震える。
「あんた……先祖返りの……、アル、ファ……」
ジルはアルファの威圧に体が固まって動けなくなった。胸ぐらを掴むジルの手が震えるのがわかった。
「お前、イチロの弟か……。例え弟でも俺の番いに手を出すとどうなるかわかっているのか?」
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
一歩、一歩と近づくたびに威圧感は増す。
体が震え、空気が重くなる。
重力がかかっているかのようだ。
弟ジルの手が離れて、俺は地面にずるりと落ちた。
ジルの方は膝から崩れ落ちて、俺よりも体が苦しそうだった。
ラッセルがジルに手を出す前に警察が来てくれて、ジルを連行していった。俺はふらふらとしていたが意識はあった。
近所の人が騒ぎを聞きつけて警察と救急車を呼んでくれたみたいで、辺りは騒然としていた。
「イチロ!無事か?怪我は?!」
ラッセルが駆け寄ってきて、俺の体を起こす。救急隊員が近づいてくるが、ラッセルはまだ興奮しているみたいで周囲を威嚇し、誰も近寄らせない。
先祖返りであるため、力はそこらの獣人よりも強い。警察ですらラッセルに対しておよび腰だ。
「ラッセル、俺は大丈夫だから落ち着いて」
「本当か?」
「うん、……ちょっと背中が痛いけど」
「見せてみろ!」
「あ、ちょ……」
俺の言葉も聞かずに服をがはりと捲られた。こんなに注目されているってのに、俺のぷよぷよの体をみんなに見られるなんて恥ずかしい!
俺はさっきまでの深刻な雰囲気から脱して呑気にもそんな事を思った。ラッセルが来たからだ。ラッセルがそばにいてくれれば、何も怖いものなんてない。
「ああ!こんな……跡が…………」
ラッセルの嘆き悲しむ声が聞こえる。だけど、俺的には、そんなに大したことはないはずだと思った。ちょっと背中を壁に打ちつけたくらいだし。
それよりも俺はお腹の方が気になっていた。
「すみません、救急隊員ですが、症状を見せてください」
強面の大きな熊獣人らしき隊員が恐れずこちらに声をかけてきた。
「だが、……」
俺は背中もお腹も丸見えの状態で中途半端に服が捲れ、間抜けな格好を晒し続けている。ラッセルが俺と隊員を見て、しぶしぶ俺を隊員に渡した。
救急車の中で背中の症状を見せ応急処置をされて、ラッセルも同乗し、念のため救急病院へと搬送されることになった。
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