『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

33話『保育園での異変と、麻衣のひらめき』

朝からどんより曇り空。ひなのの手を引いて保育園の門をくぐった麻衣は、ふと違和感を覚えた。

（あれ……なんか雰囲気、いつもと違う？）

先生たちはいつも通り笑顔で迎えてくれてはいるけれど、どこかぎこちない。玄関の靴箱のあたりでは、園児のママさんたちが小声で話し込んでいて、空気に微妙な緊張感が漂っていた。

「おはようございますー」

教室に入ると、担任の田原先生がひなのに笑顔を向けながら、ちらりと麻衣に目配せした。だけど、その目の下にはくっきりクマが……。

「先生、ちょっとお疲れですか？」

麻衣がこそっと声をかけると、田原先生は困ったように微笑んだ。

「実はちょっと……最近、園の中で小さなことが色々と重なっていて」

「そうなんですね、大変ですね……」

「でも、子どもたちの前では元気にしていたいので、大丈夫です！」

そうは言うものの、背中が少し丸くなっているのが気になった。なんだか心配になりながらも、ひなのに「行ってらっしゃい」と手を振って教室を後にした。


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帰り道、麻衣は駅前のスーパーで買い物を済ませながらも、先生たちの様子が気になっていた。いつもは朗らかな先生たちが、今日はどこか落ち着かない表情をしていたのだ。

（なんだろうな……気のせいじゃないよね）

そのとき、スマホの画面がふっと光った。

【スキルが発動しました：「微細予知」】

「え、また新しいの……？」

通知に表示されたスキルの説明にはこう書かれていた。

「微細な周囲の変化から、トラブルの芽を察知しやすくなります」

「……今朝からのもやもや、これのせい？」

このスキル、いまの麻衣には少し荷が重いような気もしたけれど、役に立てるなら、と思いなおした。

（何かできることがあるかもしれないな）


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その日の夕方、麻衣はひなのを迎えに行った。教室では、子どもたちが折り紙やお絵かきをして遊んでいたが、どこか静かで、ひなののクラスでも一人の子がしょんぼりしていた。

「ママ～。きょうね、まゆちゃんのえが、せんせいにおこられちゃったの」

「え？なんで？」

「よくわかんないけど、『これはルールとちがうからだめ』って……まゆちゃん、かなしかったの」

（うーん……またルール？　なんか最近、保育園の中でちょっとずつ変わってきてる……？）

ちょうどそのとき、別の保護者の方――いつもニコニコしている近所の高梨さんが、こそっと話しかけてきた。

「田仲さん、ちょっと聞いた？　最近、園のほうでクレームが続いてるらしいのよ」

「えっ、そうなんですか？」

「うん。絵本の読み聞かせで“言葉づかいが雑”とか、“おたよりのフォントが読みづらい”とか……」

「そ、そんな細かいことまで？」

「うん……先生たち、すごく気を遣ってるみたい。副園長先生なんて、毎日顔が引きつってて」

（なるほど……先生たちの様子、あれか……）


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帰宅後、ひなのが晩ごはんをもりもり食べている横で、麻衣はひとり考え込んでいた。

（園の先生たち、大変そうだな。でも保護者の中には、きっと協力したい人もいるはず）

そのとき、またスマホにふっと表示が現れる。

【ひらめきスキル：やさしい提案】

（……やってみよう）

その夜、麻衣は子どもたちが寝静まったあと、パソコンを開いてちょっとした提案書を作り始めた。名付けて「保護者と先生のちょこっとサポートアイデア集」。

たとえば、保護者による絵本の読み聞かせボランティア。読み聞かせが得意なパパママなら、先生の負担を減らせるし、子どもたちも喜ぶ。

それから、卒園児の保護者による「お便りフォーマットのテンプレート作り」など。ちょっとしたサポートをみんなで持ち寄れば、園も少しは楽になるかもしれない。

「こんなことしか思いつかないけど……」

麻衣は小さく笑ってプリンターを動かした。


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翌朝。ひなのを送ったついでに、麻衣はそっとその提案書を職員室の投函ポストに入れた。別に何か反応が欲しいわけじゃない。ただ、先生たちが少しでも気持ちをラクにできるなら、それでいい。

園庭では、朝の体操が始まり、子どもたちが「さんぽ」の歌に合わせて元気に飛び跳ねていた。ひなのも楽しそうに手を振る。

「ままぁー！　いってらっしゃーい！」

「うん、いってきまーす！」

手を振り返しながら、麻衣は少しだけ心があたたかくなった。

何気ない日常の中でも、小さな気づきと優しさがあれば、世界はほんの少し優しくなるのかもしれない。


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