人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

文字の大きさ
4 / 142
第一章 決闘遊戯

第三話 敗北

しおりを挟む
 地に臥し動かない白銀の娘。
 その頭部を、漆黒の娘が踏みつける。
 何度も、何度も、頭蓋を砕かんばかりに踏みつける。
 石畳が朱に染まり、破損した鎧から漏れ出す蒸気が辺り一面に立ち込める。

 観覧席は荒れ狂う海原の如くに、波打って見えた。
 狂騒。乱痴気。
 汗に塗れて拳を突き上げる貴族達の、顔、顔、顔。

 誰ひとりとして、地に伏す娘を憂う者などいない。
 誰ひとりとして、漆黒の娘を誹る者などいない。
 むしろ望まれているモノは暴虐であり、残酷であり、死であった。

 しかし、その圧倒的享楽の中にあって独り、悲壮な叫びを上げる者がいた。
 ブラウンのフロックコートを身に纏ったその青年は、顔面蒼白になりながら観覧席の人ごみを掻き分け、血煙漂う闘技場へと走り寄っていた。
 ウェーブの掛かった髪はダークブラウン、瞳も同色、年の頃は二十代半ばといったところか。
 このアリーナを訪れる客としてはやや若く、場にそぐわない印象を周囲に与えた。
 
「やめろ! やめてくれ! 我々は敗北を認める! 我々の負けだ!」

 絶叫しながら観覧席に設えられた階段の傾斜を下り、闘技場と観覧席を隔てる石壁の上へ強引によじ登り、そのまま巨大な入場門の鉄柵へと近づく。
 そこには唯一、観覧席から闘技場へと入る事が可能な、折りたたみ式の梯子が設置されており、フロックコートの青年は悲痛な表情で、たたまれた梯子を伸ばすと、闘技場へ降り始めた。

「頼む! 負けを認める! 負けを認めるから止めてくれ!」

 青年は悲鳴にも似た声で、何度も敗北を宣言し続けた。
 しかし、気ばかり急くのか手足が縺れ、あろう事か梯子の中ほどで足を滑らせ、青年は石畳の上へ、うつ伏せに落ちてしまった。
 痛々しい音が響き、埃が舞い上がる。
 それでも青年はすぐに立ち上がると、コートの汚れを払おうともせず、二人の娘の傍へ、ヨロヨロと走り寄った。
 
 その有様の一部始終を見下ろす観客席から、一斉に怒号が飛んだ。
 ふざけるな! 退出しろ! 勝負を愚弄するか! 無礼な平民上がり!
 聖戦の決着に泥を塗るか! 決着が着くまでという取り決めだろうが!
 条件戦のルールも知らんのか! 帰れ帰れ! 薄汚い成り上がり者!

 闘技場に向かって次々と、口汚い言葉が唾と共に叩きつけられる。
 罵詈雑言の嵐の中、青年は漸く娘の下へと辿り着いた。
 石畳の上に血溜まりを作るほど、真っ赤に染まった娘の傍へ。

「私達の負けだ! これ以上の戦闘続行は望まない! 頼むから許してくれ!」

 青年は叫びながらその場へ屈むと、倒れ臥したまま動かない娘へ手を伸ばし掛けて、止めた。
 血糊に塗れた白銀の鎧は拉げ歪み、駆動を司る各パーツも酷く損壊し、素人が安易に抱え上げる事など、到底叶わぬ状態にある事は明白だった。
 
 ハルバードを手にした漆黒の娘は攻撃を止め、立ち止まっている。
 恐怖と絶望に震える青年の後ろ姿を、醒めた目で見下ろしていた。

「ああ、アデリー……なんて事だ、こんな……」

 苦悶の表情を浮かべた青年は、身に纏った埃塗れのフロックコートが血溜まりの中で赤黒く染まる事も構わず、入場ゲートの方へ振り向くと声を上げた。
 
「頼む! 搬送してくれ! 応急技師の手配を頼む!」

 そんな青年の背に、場内から湧き上がる怒声とは別種の、しかし何処かに嘲りの調子を含んだ男の声が投げ掛けられた。

「ダミアン卿! これは貴公と衆光会が望んだ条件戦ですぞ? コッペリアの魂、そのいずれかがグランマリーに捧げられるまで、或いはコッペリアが自ら敗北を宣言するまで……それが絶対のルール、それを覆そうと? 教会への礼を欠いていると誹られても、言い訳出来ませぬぞ?」

 倒れ臥した娘の傍らへ跪く青年は、声の主を振り仰ぐ。
 そこは観客席前列に設えられた、関係者用の特別席。
 複数の従者と共にアリーナを見下ろす男は、でっぷりと肥えた貴族だった。

 はち切れそうな紫のフロックコートに、派手なフリルが目立つドレスシャツ。
 タイを飾る瑪瑙のピンは、短い指に嵌められた指輪の石と同じ紅色だ。
 整髪油でピッチリと撫でつけた薄い頭髪と口髭。
 ニヤニヤと嗤う細い目の下は弛み、頬と顎はそれ以上にブヨブヨと弛んでいる。
 尊大さと不愉快さを兼ね備えたこの男は、それでもグランマリー教会上層部に、多額の寄付を行う事の出来る貴族であり名士の一人なのだ。

「ラークン伯……」

 青年は苦虫を噛み潰すかの如き形相で、その貴族の名を呼んだ。
 しかし己の置かれた状況をすぐに思い出し、改めて高らかに敗北を宣言した。

「ラークン伯! そんなつもりは無い……グランマリーの教えは絶対だ、しかし……しかし彼女はこれ以上闘えない、敗北を認める、受け入れてくれ!」

 その言葉を聞いた醜悪に太った貴族……ラークン伯は、細い目を更に細めながら、両の手を軽く持ち上げ、鷹揚な態度を示すと言葉を返した。

「酷いものだ、上級グランギニョールへの参加を決める条件戦は、グランマリー教会認定の魂を賭けた死闘が基本、それはお互い納得ずくだった筈。それを今更翻すとは……ならば先ずは、このグランギニョールを見届けようと、忙しい中、時間を割いて馳せ参じた諸氏に謝罪すべきではないか? そして……」

 ラークン伯は、弛んだ頬を笑みの形に歪めつつ言葉を続けた。
 
「我が家に仕えるコッペリア、ナヴゥルにも謝罪するのが筋だろう……彼女が損壊する可能性もあったのだよ? それくらいは己で気づくべきだ、何よりもグランギニョールはグランマリーへの供物だ、聖戦だ、それを蔑ろにしたのだ、その程度の事は自ずから察して膝をつき、頭を垂れるべきだろう? そうではないのかね? ダミアン卿……」

 同じ貴族に対する物言いでは無かった。
 これ程に侮辱的な発言、本来貴族間で行われる事など有り得ない。
 しかしこの状況、飛び交う怒声と罵声。
 誰一人として青年の立場を慮る者などいない現状。
 何より家格が違う。

 ダミアン男爵と言えば、先代の経済的成功と教会への尽力に因り、庶民の出自でありながら爵位と領地を与えられ、世襲が許された特殊な家柄だ。
 それに対しラークン伯は、古の豪族であるゲヌキス氏族の末裔で伯爵、広大なラークン領を有した数百年続く大貴族である。

 故に成立してしまう。
 理不尽な要求が、成立してしまう。
 青年は唇を震わせながら、闘技場の石畳に片膝を着いた。
 膝頭が、白銀の娘から流れ出した血の赤に染まる。
 構わずそのまま頭を下げた。

「グランギニョールの中断を願いたい! 聖女・グランマリーの名を穢すつもりは無い! しかし……我が家のコッペリアを救いたい……どうか! ご容赦頂きたい!」

 悲痛な叫びがアリーナに響いた。
 しかしその声は、再び観客席から沸き上がる怒号にかき消された。
 ふざけるな! グランマリー様を愚弄するか! 礼儀知らずの下民上がりが!
 耳を覆いたくなる様な罵声を全身に浴びながら、それでも青年は片手を地に着いたまま、許しを乞うべく頭を下げ続けた。

「ナヴゥル嬢……どうか我が家のアデリーを救ってやってくれ……君の勝ちだ、どうかアデリーを……大切な娘なんだ……」

 青年の言葉を聞いた漆黒の娘・ナヴゥルは、手にしたハルバードを肩に担ぎ上げると、侮蔑の笑みを浮かべ、口を開いた。

「ダミアン卿、頭をお上げ下さい。オートマータ相手に膝を着くなど……認めましょう、卿と、そのお仲間、そしてその大切な娘とやらの敗北を」

 慇懃な口調ではあるものの、その目に敬意の色など欠片も無かった。
 ナヴゥルはその場で身を屈めると、青年の耳元に唇を寄せて囁いた。

「しかしダミアン卿、衆光会の為ならば、大切な娘すら聖戦に差し出すとは……ご立派です。せいぜい大事にその人形を愛玩されると良い……今後は愛人としてでも飼われるが宜しかろう……」

 それは、度し難い侮辱の言葉だった。
 青年の肩が震える。
 しかし怒りを露わにする事無く、ただ一言、うな垂れたまま発した。

「慈悲を、感謝する……」

 その言葉を聞いたナヴゥルは背を伸ばすと、勝ち誇った笑みと共に、手にしたハルバードを頭上で大きく旋回させた。
 二度、三度、巨大な戦斧は自在に振るわれ、虚空に銀の軌跡を描く。
 やがて背中へ沿わすが如く、鋼鉄製のハルバードをピタリと制止させ留める。
 そのままゆっくりと、観覧席最上段を指し示す様に掲げ、高らかに宣言する。

「我が主・ラークンの刃は! 未だ渾身の力で振るわれていない! 暴虐と死を司る精霊『ナクラビィ』たる我に! 相応しい場を与えよ! 現レジィナたるコッペリア、『オランジュ』の前へ我を導き給え! さすればグランマリーに! 至高の聖戦を捧げよう!」

 そして優雅に一礼。
 爆発的とも言うべき拍手と歓声が、観覧席より湧き上がった。
 更に勝者を讃える荘厳な演奏が、オーケストラピットより改めて響き渡る。
 それは漆黒の娘に対する賞賛と、絢爛たる祭りの再開を告げる号砲の様で。
 闘技場へ向かって花束や財貨を投げ込む者が現れ、アリーナは再び狂乱と興奮の坩堝へと塗り替えられて行く。
 青いドレスを着たマスクの女が、高らかに謳い上げる。

 見よ! 彼の者を見よ!
 聖女・グランマリーに選ばれし、勇者たる者の姿を見よ!
 聖戦の高みを望む猛き魂、そのありかを見よ!
 嗚呼! 我らグランマリーの子! その叡智を顕し給え!
 嗚呼! 我らグランマリーの子! その勇気を示し給え!
 
 狂騒に沸き返る中。
 地に臥す娘の許へ救護の係員が、闘技場入場口から小走りに近づいて来る。
 簡素な儀礼用制服に身を包んだ彼らは、すぐさま血塗れの娘を担架へ移す。

 「頼む、丁重に扱ってくれ!」

 蒼白のダミアン卿が悲壮な声で懇願する。 
 白銀の鎧を纏った娘は、意識不明のまま苦鳴すら漏らす事無く、闘技場から運び出されて行く。
 搬送の途中、入場門を潜る際、付き添うダミアン卿に、齧りかけのパン、シャンパンのグラス、丸められたゴミ、そういった物が罵詈雑言と共に、次々と投げつけられた。

 ダミアン卿は項垂れたまま何も言わず、観客席を背に腕を伸ばして担架に寄り添い、血に塗れて動かない白銀の娘に被害が及ばぬ様、壁になるばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...