人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第一〇章 決闘遊戯

第三六話 圧倒と違和感

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 観覧席から仕合を見下ろす貴族達が、興奮した面持ちで拳を握り締める。
 紳士も淑女も皆、額に汗を滲ませ、シャツの襟元に染みを作る。
 むせ返る程の熱気が、巨大な闘技場内に渦巻いている。
 止め処も無く湧き上がる歓声に、オーケストラ・ピットの管弦楽団が応える。
 勇壮な楽曲がアリーナに響き渡り、マスクで目許を隠した女が謳い上げる。
 狂喜と狂乱の宴は、未だ始まったばかりだった。

 『レジィナ』への挑戦も囁かれる、十二戦無敗のコッペリア『ナヴゥル』。
 天才ピグマリオン・マルセルの息子に練成されたコッペリア『エリーゼ』。

 グランギニョール初日の最後戦・第七仕合。
 注目を集めたこの一戦は、ナヴゥルの一気呵成極まる強烈な突撃によって、観客達の予想を超えた展開となっていた。

「……刀剣寸鉄全て逸失。羽根を捥がれた様なモノよなあ? ナハティガル――小夜啼鳥、ははっ」

 黒のレザースーツを纏った長身の娘、ナヴゥルは嗤った。
 鋼の如き筋肉を隆起させた右腕――その手には、長大な戦斧が握られている。
 その長さを利用した突撃は、七メートルの間合いを一気に詰める凄まじい物であり、そこからの一閃は、融通自在にして強烈無比な一撃だった。

「ならばせめて、その名の如くに啼いて歌え、挽肉になって咽び啼け」

 ナヴゥルの放った比類無き横薙ぎは、エリーゼの神懸り的な回避行動を猛追し、その手に保持したロングソードを弾き、脚に巻かれた革ベルトを切断すると、ホルダーに納まっていた十六本のスローイング・ダガーを全て、闘技場の床一面に撒き散らしていた。
 仕合開始数秒――エリーゼは最初の交錯で、武装の大半を喪失したのだ。

 しかしエリーゼは些かも動じる事無く、白いドレスの胸元に右手を添えては、銀の鈴を震わせるが如き声音で、静かに応じた。

「肉にしたとて、私は櫟の木の実を啄ばみたるナハティガル。この身には櫟の毒がある。食べるに能わぬ肉でございましょう」

「ふーっ……戯言を抜かす余裕、今すぐ消してやる……」

 ナヴゥルはそう吐き捨てると、両手で戦斧を構え、改めて上体を低く沈める。
 ギリギリと全身を捻り撓めた、力漲る『溜め』の姿勢だ。
 直後に放たれる突進からの斬撃――その威力と精度は、既に示されている。
 あの攻撃を繰り出すつもりなのだ。
 
 対するエリーゼは、再び何の構えも取る事無く、直立している。
 脱力した様に両腕を垂らし、足を揃えた不動の姿勢――棒立ちと言い換えても良い。

 エリーゼの後方――入場門脇の待機スペースでは、レオンが立ち尽くす。
 旗色の悪さに顔色を失い、焦りを隠す事が出来ない。
 武装喪失という危機。
 更に、ナヴゥルを前にして、構えを取ろうとしないエリーゼの不可解な行動。
 本当に勝つ事が出来るのか。
 眼前の死闘を見守る事しか出来ず、不安だけが増大してゆく。
 闘技場と待機スペースを隔てる欄干を握り締めた。

 闘技場の床に敷かれた石板が、再び音を立てて砕けた。
 同時に、ナヴゥルが突っ込んで来る。
 間合いは一〇メートルと遠い、しかしエリーゼは一切の構えを放棄している。
 膝の溜めも無く、回避出来るか否か、こうなっては危険な距離だ。
 しかもナヴゥルの突撃速度は、初撃を更に上回っていた。

 瞬きの間すら無く、加撃の間合いへ踏み込むナヴゥル。
 全身のバネが開放され、構えた戦斧が弾ける様に動く。
 が、その軌跡は円に非ず直線。
 巨大な斧部先端に設けられたスパイクを用いての、強烈な刺突であった。 

 鋭く光る刺突用スパイクが、目視可能な速度を超えて、エリーゼの胸元へ吸い込まれる。
 貫通する――そう見えた直後。
 エリーゼは上体を捻ると半身に構え、ギリギリで切先を回避した。

 しかしこの攻撃は、槍によるモノでは無い。
 戦斧――ハルバードによる刺突だ。
 半身となったエリーゼに、巨大な斧部の刃が迫る。
 危険な刃を、エリーゼは後方へと仰け反り避ける。
 驚くほどに柔軟な動きだ、しかし。
 白いドレスの胸元から、オートマータの血液である濃縮エーテルがしぶいた。
 
 ナヴゥルは更に一歩踏み込み、放った戦斧を力強く横へと流し、引き戻す。
 風を引き裂く音と共に鋼鉄の戦斧が、仰け反るエリーゼの側頭部を襲う。
 エリーゼは顔を背けつつ全身を旋回させ、床へ伏せるよう倒れ逃れる。
 白い頬にまたひとつ傷が増え、鮮血が淡く飛び散る。
 
 床へと回避したエリーゼを、ナヴゥルは更に追撃する。
 引き戻した戦斧を振り被り、そのままエリーゼの首筋へ打ち下ろす。
 殺意の一撃に対してエリーゼは、二本の腕で上体を跳ね上げると身体を捻り、通り過ぎる刃を見送りつつ起き上がる。

 ナヴゥルの攻撃は止まらない。
 荒れ狂う暴風の勢いと、精密射撃の正確さを保ったまま、連撃を繰り出す。
 薙ぎ払い、切り裂き、刺突し、打撃する。
 攻撃の合間にナヴゥルは叫ぶ。

「逃げ回るばかりか、小夜啼鳥! せめて主人に報いるだけの抵抗を示せ!」

 エリーゼは回避を続ける。
 その苛烈な連続攻撃を、ミリ単位で見切り、掻い潜り、避けて躱す。
 捻り、仰け反り、跳躍し、身を沈める。
 更には、闘技場の床に敷き詰められた石板――その僅かな隙間を『ドライツェン・エイワズ』から射出されたワイヤー・フックで捉え、急速に移動する。
 変幻にして自在な動きだ。
 ――が。

 僅かに回避が遅い。
 ナヴゥルの攻撃速度に、エリーゼの回避が間に合っていない。
 紙一重での回避では無い、皮一枚を裂かれ続けている。

 待機スペースでレオンが息を飲む。
 避け切れていないのだ。

 ナヴゥルの振るう戦斧が、白い肌を掠める。
 血飛沫が僅かずつに飛び散り、白いドレスがポツポツと紅に染まり始める。
 高速の斬撃を、鬼気迫る連撃を、神懸かり的な見切りで、優美でさえある柔軟さで、次々と回避し続ける、それでも僅かずつ皮膚を刻まれる。

 ただ、致命の一撃には未だ至っていない。
 その事に驚くべきか。
 それでも徐々に赤く染まるエリーゼの姿は、悲壮の一言に尽きる。
 敗北という最悪の事態が、じわじわと這い寄って来るかの様だった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ 
 
 しかし、この局面。
 誰が見ても、ナヴゥルが圧倒的優位に立っているとしか思えない、この状況。
 この状況に於いて今現在、微かながらも焦りを覚えているのは。
 実はナヴゥルの方であった。

 戦斧による怒涛の連続攻撃を仕掛けながら、何を焦る必要があるのか。
 何処に問題があるのか。

 その理由――それは違和感だった。
 ナヴゥルにしか理解出来ない違和感だ。
 ナヴゥルは戦斧を振るいながら、困惑していた。

 ――コイツはいったい、何をしているのか。
 何を考えているのか。
 何故、コイツは。
 何故、コイツは私の攻撃を避けないのか。
 
 いや、違う。
 攻撃は避けている。
 確実に攻撃は避けているのだ。
 皮一枚を裂かれつつ、紙一重の見切りを以って回避している。

 ナヴゥルは横薙ぎに戦斧を振るう。
 エリーゼは横へと回り込み、距離を取りつつ身を翻す。
 その白い脇腹に朱線が走り、濃縮エーテルがじわりと染み出す。

 しかし、これはおかしい。
 この回避はおかしい。
 これほど絶妙な見切りが可能ならば。
 もっと適切な回避行動が取れる筈なのだ。 
 皮膚を裂かれる様なミスなど犯す事無く、回避出来る筈なのだ。

 で、あるならば。
 適切な回避行動が取れる、その『確実なタイミング』で動くならば。

 私の刃は既にコイツを捉え、直撃の許に切り捨てている筈なのだ。

 過去に、コイツと同程度の回避能力を持った相手など、幾らでも存在した。
 過去に、コイツよりも身体能力の高い相手など、幾らでも存在した。
 更には、私より攻撃能力に優れた相手も存在した。
 その全てを、私は屠って来たのだ。

 横へ、後ろへ、距離を取ろうとステップを踏むエリーゼ。
 その距離を、戦斧の一閃と共に潰しながら前進するナヴゥル。

 逃れる事など許さない。
 回避能力の高さなど、私の前では無意味だ。
 そして、どれほどの鋭い一撃も、私には届かない。
 この場、この時に於いて、相対する者の全てを把握し、支配する。
 それが私の『能力』なのだ。

 黒のレザースーツに包まれた強靭な肢体を躍らせ、ナヴゥルは攻め続ける。
 空間を斬り裂き、石床を削っては火花を散らす戦斧。
 全ての攻撃が致死に足る、絶対の殺意を以っての追撃。
 
 対するエリーゼは、死の縁にて舞い踊るが如くに回避を続ける。
 身に纏う純白のドレスは、既に紅へと染まりつつある。
 加撃に至る武器は無く、頼みは背中の『ドライツェン・エイワズ』のみ。
 必殺必死の決闘遊戯は、未だ終わらない。
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