人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第一五章 枯木竜吟

第七六話 マルセルの提案

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 闘技場の地下に設けられた集中治療室。 
 エステル型局部麻酔を用いた応急処置は、一時間ほどで終了した。
 精製酸素吸入器と、煮沸消毒器の駆動音が静かに響いている。

 レオンは今、水色の検診服姿で施術台の上に横たわっている。
 左腕には輸血用のチューブ、口許には精製酸素吸入用のガラス製マスク。
 身動きする事無く、目蓋を閉じている。
 眠っているのでは無い、努めて体力の消耗を避けているのだ。

 麻酔の効果が残っており、肘から切断された右腕は未だ何の感覚も無い。
 多少の発熱はあるものの、意識が朦朧とするほどでは無い。
 応急処置の手際が良かったのだろう。
 レオンはゆっくりと呼吸を繰り返しつつ、そんな事を考える。

 今、自分が多少なりとも落ち着いていられるのは、錬成技師故だろう。
 医療行為や義肢についての知識が無ければ、取り乱していた筈だ。
 しかし、色々と悩ましい状況である事は理解している。

 まずエリーゼの事が気掛かりだ。
 止血等の応急処置なら、闘技場の専属錬成技師でも対応出来るのかも知れないが、傷口の再錬成や神経系統のメンテナンスは、レオン本人でなければ難しいだろう。筋肉や内臓にも深いダメージを負っているに違いない。

 そして、この腕。
 義肢を接続するとして、やはりそれなりの錬成技師に頼む必要がある。
 でなければエリーゼのメンテナンスに支障が出る。
 リハビリを含めた時間的な問題もある。
 費用も安くは無いだろう――これが観覧席で発生した事故ならば、『シュミット商会』に損害賠償請求を行う事が出来た筈だ。
 しかし今回の事故は『待機スペース』内で発生しており、レオンはエリーゼの『介添人』として、仕合に参加していた扱いとなっている。
 過去の慣習とはいえ、介添人は自身の負傷に際して、損害賠償請求を行う事が出来ないのだ。

 『ヤドリギ園』の事も気になる。
 この怪我では、また診療所をシスター・カトリーヌに任せるしか無い。
 その事以上に、子供達やシスター・カトリーヌは――きっと動揺するだろう。

 その時、集中治療室の外から、複数の足音が聞こえて来た。
 目蓋を開いたレオンは首を巡らせ、部屋の入口を見遣る。
 ベッドの周囲には埃除け用のレースカーテンが掛かっており、その白く薄いカーテン越しに、扉の開く様子が見えた。
 部屋に入って来たのは男が三人。 
 一人は灰色の術着を纏った闘技場の担当医師であり、もう一人はチャコール・グレーのラウンジスーツを纏ったシャルルだ。
 その後ろから、最後の一人がゆっくりと姿を表す。

「やあレオン。酷い目に遭った様だねえ」

 紫紺色のタイトなスーツを纏った長身痩躯。
 黄金の色に輝く金属製の左腕。
 左目で煌めく銀のモノクル。
 そして口許には愉しげな笑み――レオンの父親・マルセルだった。
 レオンは怒りに唇を震わせながら、絞り出す様に問う。

「な……何をっ……!? 何故ここにっ……!?」

 その声は酸素吸入用のガラス製マスクに阻まれ、くぐもっている。
 マルセルはカーテンの向こうで、おどける様に軽く肩を竦めた。
 
「何をって……決まってるじゃないか。ボクがキミの治療を受け持つのさ。切断された腕の代わりに義肢を接続する。もちろんキミが錬成した義肢を使うつもりだ。ガラリアに現存する義肢じゃあ、今のトコロ、最も出来が良いからねえ――」

「ふざけるなっ……!」

 レオンは青褪めた顔を、嫌悪に歪ませた。
 激しい憤りが、腹の底から込み上げて来る。
 レオンは吐き捨てる様に応じた。

「あんたの助けなんか必要ないっ……」

 誰のせいでこんな事になったと思っているのか。
 この馬鹿げた状況を作り上げた本人が何を言っているのか。
 しかも何の関係も無い、孤児院の子供達まで巻き込んで。
 憎悪の眼を向けるレオンに、それでもマルセルは鷹揚な態度で答えた。

「ああはん? つまらない意地を張っている場合か? レオン」

 思わずレオンは身体を起こし掛け、シャルルと担当医に制止される。 
 左腕に繋がる輸血のゴム管が引っ張られ、ガラス製の医療用ボトルがガチャガチャと音を立てた。

「――キミにはやるべき事あるのだろう? にも拘わらず、つまらない意地で、そこらの半端な錬成医師に、半端な義肢の接続を頼むのか? キミの卓越した技術は二度と戻らないぞ?」

 薄靄の様な白いカーテンの向こうで、マルセルは続ける。
 レオンは歯を食い締めて睨みつける。

「その腕が戻らなきゃあ――エリーゼはどうする? 『ヤドリギ園』の孤児達はどうする? それにあの貧民窟の貧乏人共だって困るんだろう? な? キミの技術を一切損なわず再生できるのはボクだけだ。完璧に仕上げる」

「黙れ……」

「良いから早く決断したまえよ。施術の開始は、早ければ早いほど良い。そこら凡夫の腕を適当に繋ぐのとはワケが違う、キミの天稟を活かす為の施術だ。ボクは今すぐにでも、義肢用ライナーの接続作業を開始したいくらいだよ」

「黙れっ……! 誰のせいでっ……」

 激高しそうになるも、急激な血圧の変化に眩暈を覚え、レオンは身を横たえたまま、荒々しく呼吸する。見かねた担当医はカーテンの内側へ立ち入ると、どうか安静にして欲しいと告げ、精製酸素吸入器の濃度を調節する。
 押し黙っていたシャルルが口を開いた。

「レオン……今は自身の治療を最優先に考えてくれ、頼む。マルブランシュ氏は……ガラリアでも屈指の錬成技師だ、そこに間違いはない。彼をこの部屋へ通したのは俺だ、もし俺の判断で、最悪の事態に陥ったなら、俺は、俺の貴族としての地位を投げうってでも……事態収拾の為に対処する」

 シャルルの口調は苦しげであったが、はっきりとしていた。
 そんな事にはならないさ――傍らのマルセルが、揶揄する様に茶々を入れる。
 レオンはマルセルの言葉を無視して、シャルルを見上げた。

 何時だったか。
 そうだ、エリーゼに『グランギニョール』への参加登録を促された時だ。
 その時、エリーゼが言っていた言葉を思い出す。
 シャルルは破滅と引き換えても、義理を果たそうとする可能性があると。
 確かに、その通りだった。
 そういう奴だ。
 二度、三度と深呼吸を繰り返してから、レオンは言う。
 
「そうか……」

 シャルルは小さく頷く。

「――マルブランシュ氏の申し出については、俺と一緒にいたエリーゼも承知してる。あの子は――判断を誤らない。俺よりも優秀だよ」

 エリーゼか。
 マルセルと自身の確執を知った上で、エリーゼもそう判断したのか。
 マルセルの治療を受けるに、何のマイナス要因も無いと。
 確かにこれは突発的な事故だ、マルセルが事故に乗じて何かを仕掛けて来るという事なら、こんな目立つ事故を利用するとは思えない。

 そしてエリーゼは判断を誤らない、確かにそうだろう。
 彼女は精霊――それも恐らく、戦闘死闘を望む類いの精霊だ。
 死ぬか、生きるか。その境界線上で刃を振るい続ける存在なのだろう。
 生ぬるい判断はしない。

「解った……」

 レオンは応じる。
 改めて質問した。

「……エリーゼは今、どういう状況だ?」

 問われたシャルルは、僅かに口籠るが、すぐに答えた。

「エリーゼは――マルブランシュ氏の推薦で『シュミット商会』のヨハンに処置を依頼している。その場でエリーゼも同意した」

「なっ……」

 思わず絶句する。どう答えるべきか。
 エリーゼは納得し、同意したというのか。
 しかし仕合に際し、ヨハンとは対立していた筈だ。
 いや、それよりも、マルセルの推挙とはどういう事か。
 何か裏があるのか。
 が、ならば義肢接続の施術も、危ういという話になる。
 いずれにせよ、ヨハンに処置を任せて良いものなのか。
 考えが纏まらず、混乱するレオンに声を掛けたのは、マルセルだった。

「――レオン? ヨハン君はフェアーな人間だ。彼が主催する『シュミット商会』は、数多くのオートマータをメンテナンスしているが、一度だって他人の使用する『蒸気式精密差分解析機』を勝手に解析したり、『記録用ギアボックス』をこじ開ける様なトラブルを起こした事が無い。そんな噂が立った事も無い。だからこそ『シュミット商会』は大きく発展した……ヨハン君は『モルティエ』の家名に泥を塗る様な真似は、絶対にしないんだ」

「……」

「ヨハン君は、エリーゼのメンテナンスを無料で請け負うと言っていた。それだけじゃ無い、キミの治療費も全額支払うそうだ。今回の件で責任を感じているのさ。義理堅い男だろう? な? 信用出来るって話さ」

「……」

 そう話すマルセルを、レオンは睨みつける。
 ――が、言葉の意味は理解出来る。
 名の通った一流の錬成技師であり『シュミット商会』の代表であるヨハンが、私怨や欲得で暴挙に出るとは、やはり考えにくい。

 かつてヨハンはシャルルの依頼を受け、レオンが錬成した『アーデルツ』のメンテナンスを担当していた。その際、レオンの工房に設置された『蒸気式精密差分解析機』を使用したのかも知れない。
 しかしマルセルの言う通り、ヨハンが『記録用ギアボックス』へ干渉した痕跡など、一切無かった。
 そして、エリーゼ自身も納得しているという事なら。
 
「エリーゼの件も了解した……」

 レオンはマルセルから視線を逸らすと、低く認めた。
 次いでシャルルを見上げると、口を開く。

「僕が錬成した義肢は全て『ヤドリギ園』で管理している。シスター・カトリーヌに管理場所と、義肢を持ち出す際の手順は全て伝えてあるから、彼女に準備を頼んで欲しい。それとサイズ等のメモを頼む」

「おいおい、あの義肢を孤児院に持ち込んだのか? 貧民窟の連中に、あんな高価な義肢が買えるワケなかろうよ。それに精度の高い義肢を接続可能な状態で搬送するには準備が必要だ。キミの助手だかなんだか知らないが、教会のシスターなんかに任せるつもりか? ボクが『錬成機関院』に頼んで技師を派遣してやるよ」

 レオンの発言を遮る様に、マルセルは声を上げた。
 その言葉を無視する様に、レオンは続けた。

「頼んだ、シャルル――」
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