人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第十八章 死闘遊戯

第九四話 人造乙女同士の死闘

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 汗の滲むタキシード、白粉に濁ったバッスルドレス。
 観覧席を埋め尽くす、割れんばかりの歓声に怒声。
 それら全てを管弦楽団の勇壮な演奏が、壮大な混声合唱に束ね上げる。
 享楽と愉悦、興奮と嗜虐に満ちた貴族達の歌声が、円形闘技場内に響き渡る。

 舞い踊るが如くに斬り結び、祈るが如くに血花咲かせよ!
 斬り結びてこそ輝ける魂、我らが神に捧げよ!
 これぞ人が咲かせる叡智の花ぞ!
 この世の悪意に抗う花ぞ!

「この歌は、何度聞いても好きになれないな……」

 レオンは猫脚の木製椅子に座り、闘技場を見下ろしながら呟いた。
 隣りに座るシャルルも、ビロード張りの欄干に肘を乗せ、鷹揚に頷く。

「俺もだ。趣味の悪さに辟易とする」

 そこは円形闘技場の最上段に設けられた、バルコニー席だった。
 数名での観覧が可能な小部屋となっており、プライベートが担保されている。
 チケットは高額だが需要が高く、予約の難しい観覧席だ。
 しかし『枢機機関院』は今回のトーナメント開催に際し、各団体の要望に応え、参加者への優先提供を認めたのだった。

 トーナメントに参加する有力な貴族の一部が『枢機機関院』より通達された『相互不干渉』の要請を受け、周囲に人の集まる一般席で観戦すれば、いらぬ憶測や疑惑を招く恐れがあると考え、この様な要望を提出したのかも知れない。
 巨大な利権が動くトーナメントだけに、解らぬ話では無い。 
 ただ、些か行き過ぎた配慮の様にも思える。

 そもそも仕合に参加する貴族同士が会話する事は、禁じられてなどいない。
 プライベートでの交流や挨拶を認めないといった、そんなルールは無い。
 或いは仕合に参加するオートマータのメンテナンスを、対戦相手である団体が代わりに請け負う様な、直接的な利敵行為で無ければ『相互不干渉』に抵触しないのだ。

 つまるところ彼らは皆、オートマータを所有出来るほどの有力な貴族なのだ。
 そのプライベートを完全に制限する事など、出来よう筈も無い。
 同時に貴族同士の談合や八百長も、疑い出せばキリが無い。
 ベッティング等に厳格なルールを敷き、利敵行為を禁ずる事で、最低限度の公平性を保つ――後は貴族達の信仰心に任せ、『グランマリー』に捧げる聖戦の誠を信じるばかりだ。

 故に今回の特別措置は、トーナメントに参加する有力貴族達の我が儘、無駄な特権意識に端を発している――そう考えるのが自然だろう。

 とはいえ貴族社会から反感を買っている『衆光会』所属のシャルルと、『アデプト・マルセル』の息子として好奇の視線に曝されるレオンにしてみれば、有難い配慮だとも言えた。

「しかし……エリーゼは本当に来なくても良かったのか? ここで勝ち残った相手と、対戦する事になるんだろう?」

 シャルルはレオンに視線を送る。
 レオンの横顔は少しやつれており、状態があまり良く無い事を示していた。

「先入観を持ちたく無いそうだ、僕達からの伝聞で良いと」

「……実際に仕合を見て、対策を立てるべきなんじゃないのか?」

 納得しかねるのか、シャルルは首を捻る。
 その表情には、複雑な想いが滲む。

 ここ数日、レオンはカトリーヌと共に『知覚共鳴処理回路』の使用に耐える訓練及び、調整の実験を行っていた。
 実験の最中、レオンは何度も嘔吐と発熱を繰り返した。
 カトリーヌは事前に詳細な説明を受け、全て納得していたが、それでも実際に苦しむレオンの姿を目の当たりにして、強いショックを受けていた。
 緊張と不安に青褪めながら、カトリーヌは震える指先で『蒸気式小型差分解析機』を操作し、大きな目に涙を溜めつつ、苦しむレオンを介抱していた。

 仕方の無い事だとシャルルは思う。
 カトリーヌにとってレオンは、家族も同然なのだろう。
 如何に芯の強い娘だとしても、長年医療に従事して来たのだとしても。
 苦しむレオンの姿に、無反応でいられる筈は無い。

 ――が、エリーゼは違う。
 レオンに対する言葉も無いまま、揺らぐ事無く、演武を続けたのだ。

「俺には理解出来ないな……」

 実際に仕合を行うエリーゼの立場が、最優先である事は理解している。
 レオンがエリーゼを信頼している事も、理解している。

 それでも――エリーゼの態度に、些かばかりの憤りを覚えずにはいられない。
 せめてカトリーヌに対する配慮があっても、良かったのでは無いか。
 その想いがエリーゼに対する懐疑的な発言として、口をついてしまう。
 しかしレオンは、気にした風も無く答えた。

「手の内を隠す事も、装備の変更も可能だからと言っていた――解る気もする。仕合う事、戦う事、僕には理解の及ばない分野だ。エリーゼの言葉を信じるしか無い」

「――伝聞で良いというくらいなら、俺達が観戦する必要はあるのか?」

 シャルルの問いに、レオンは闘技場を見据えたまま応じる。

「伝聞として知り得る情報なら、有効なのかも知れない。それにトーナメント戦のレベルは知っておきたい。序列を定める事が優先なら、参加するコッペリアが『決死決着』を望まず、敗北を認める展開が増える可能性もある。それはエリーゼの戦い方にも影響する筈だ……」

 筋の通る解答だった、返す言葉も無い。
 シャルルは頷き、レオンと同じく闘技場へ視線を送る。
 
「そうだな……俺も可能な限り、情報収集のつもりで観戦する」

「ああ……そうして貰えると有難い」

 謝意を口にするレオンに、シャルルは軽く首を振り、苦笑する。
 そのまま黙して、次戦の開始を待つのだった。

 ◆ ◇ ◆ ◇

 円形闘技場は、喧騒に包まれていた。
 下位リーグの仕合を全て終えてなお、貴族達の興奮は治まらない。
 それも当然だろう、皆、メイン・イベントの開始を待ち侘びていたのだ。
 程無くしてオーケストラ・ピット脇の演壇に、黒いスーツ姿の男が現れる。
 男は姿勢を正すと壇上の伝声管に向かい、張りのある声で高らかに宣言した。

「お待たせ致しました! 只今より! ガラリア皇帝陛下・第二皇子! エリク・ドミティウス・ドラージュ・ガラリア様が主催! 特別トーナメント予選を! 開催致します!」

 途端に激しい歓声が観覧席から湧き上がり、辺り一面に轟いた。
 間髪入れず、壇上の男はコッペリアの呼び込みを行う。
 貴族達の興奮を更に煽り立てる。
 再び貴族達が、管弦楽団の演奏に併せて歌い始める。
 沸騰寸前の円形闘技場に、得物を携えたコッペリアが姿を見せた。

 入場門・東側。
 モルビル伯所有、暫定序列九位の『コッペリア・ジャクリーヌ』。
 入場門・西側。
 ジュスト男爵所有、暫定序列十二位の『コッペリア・コルザ』。

 先に姿を見せたジャクリーヌは、ブラウンのロングヘアが優美な娘だった。
 タイトなダークグレーのジャケットに、同色のスカートを併せている。
 腰に巻かれた幅広のベルトには、革製の武器ケースがセットされており、そこには刺突剣の一種であるスティレットが複数本、納められていた。
 その魂は悪意と刺突の精霊『アーチン』であると、紹介された。

 対するコルザは、隆起した筋肉のラインが美しい、巨躯の娘だ。
 逞しい上体を覆うのは黒革のレザー・コルセット、引き締まったウエストには革ベルト、下半身はショートパンツ、そして膝丈のロングブーツを身に着けている。
 両手に構えた武装は二・五メートル程のサイズ――巨大な鎌であり、前腕を覆う強化外殻の手甲に握られていた。
 その魂は命を刈り取る剛力の精霊『フェノデリー』である、その様に宣言された。

「――トーナメント決着のルールはみっつ! 損壊沈黙即敗北! コッペリアによる敗北宣言! ならびに介添人による敗北宣言! このみっつを以って、決着とします!」

 双方の紹介に続いてコールされたのは、何時ものルール宣言だ。
 ただ、通常の本戦ルールと違い、このトーナメントでは『介添人による敗北宣言』も認められている。
 つまりは所有者の意向が反映されるという事だ。
 『グランギニョール』の序列を最適化する為のトーナメントと考えれば、決死決着を減らすという意味で、妥当なルール変更かも知れない。

「それでは、お互いに構えて!」

 演壇に立つ男が宣言する。
 貴族達が見守る中、二人のコッペリアは武器を手に身構える。
 闘技場内の空気が静かに張り詰めてゆき――

「始めぇ……っ!!」

 開始を告げる絶叫が響いた。

 ◆ ◇ ◆ ◇

 先に動いたのは、ジャクリーヌだった。
 ダークグレーのスカートを閃かせ、全身が霞むほどの勢いで疾駆する。
 両手に構えた刺突剣を下方に垂らしているのは、攻撃の軌道を読ませぬ為か。
 
 対するコルザは後方へと大きく飛び退りつつ、巨大な鎌を振り上げる。
 懐へ飛び込まれる前に、迎撃する構えだろう。
 二人の間合いは六メートルほど、瞬く間に距離は詰まった。

 ジャクリーヌがコルザの間合いに踏み込むや否や、銀光が流れて奔る。
 完璧なタイミングにて放たれた、鎌による横薙ぎ一閃。
 死を感じさせる白刃が空を裂き、ジャクリーヌの上体へと打ち込まれる。

 回避不能か――そう思われた次の刹那。
 ジャクリーヌの首筋から後方へ、大量の火花が帯を引いて撒き散らされた。
 苛烈極まるコルザの斬撃を、ジャクリーヌの刺突剣が防いだのだ。
 その首筋には絶妙な角度を以て、二本の刺突剣が添えられていた。
 致死の一撃を後方へと受け流したジャクリーヌは、そのまま深く一息に、コルザの懐へ飛び込む。
 両手持ちの鎌という小回りの利かぬ得物が災いしたか、眼前に迫るジャクリーヌを討つ術が、コルザには無い。
 低い姿勢にて滑り込む様に、ジャクリーヌの刺突剣が放たれた。
 
 胸部を貫いたか――そう見紛うほどの一撃。
 しかしそんな至近距離からの一撃を、コルザは回避していた。
 驚くほどに俊敏、そして完璧なバックステップであった。
 ジャクリーヌは眼を見開く。
 これほどの速度をコルザは有していたのか、そう感じているのだろう。
 巨躯に似合わぬ俊敏さだ、その挙動に観覧席もどよめく。
 
 否、そうでは無い。
 コルザはバックステップに際し、己が得物である巨大な鎌を手放したのだ。
 その事に貴族達は、驚きの声を上げていた。

 確かに両手で保持するサイズ――巨大な鎌は、かなりの重量だ。
 更には二・五メートル超の大きさ、特異な形状である事も、俊敏な動きの妨げとなる。
 だからと言って回避行動の為に、自らの武装を手放すなど尋常では無い。
 
 旧序列十二位のコルザ。
 剛力を活かし、巨大な鎌を自在に振るうコッペリアとして知られていた。
 裡に秘めたる魂も『サイズ』を振るう妖精『フェノデリー』だ。
 豪快にして豪放、下位リーグの頃は、勝つにせよ負けるにせよ、多少のダメージなど意に介さぬとばかりに攻め続ける――そんなコッペリアであった。

 過去に一度も、この様な回避を行った事は無い。
 己が象徴とも言える武装『サイズ』を手放した事も無い。
 まるで別人と化したかの様な――それが居並ぶ貴族達の認識だった。

 全力にて刺突を放ったジャクリーヌの姿勢は、腕も脚も伸び切っていた。
 ここから回避に繋げる行動は難しいが、コルザは武装を放棄している。
 そしてジャクリーヌは左右に得物を携えている、右の刺突が躱されたのならば即、左にて刺突すれば良い。
 右が躱された――そう認識した次の瞬間には、ジャクリーヌの左腕が始動していた。
 後方へ逃れようとするコルザに対し、ジャクリーヌは容赦の無い追撃を仕掛ける、狙いは回避困難な胴体の中心――下腹部だ。

 如何に機敏俊敏なコッペリアであれ、ここまで踏み込まれた状態からの強烈な刺突だ、易々と躱す事など難しい。
 ましてやコルザの手には武器も無い、反撃に転ずる事が出来ない。
 躱したとしても直ぐに三の手、四の手に繋がれる事は目に見えている。
 にも拘らず。

 ジャクリーヌは視界の隅に、閃く刃を認識した。
 吸い込まれる様に、自身の頭部へと――。
 
「……っ!?」

 驚愕する、コルザは武器を放棄した筈だ、なのに何故?
 仮にこのままコルザの胴体へ、全力の刺突を行ったとしても。
 予想外の斬撃は自身の頭部へと迫っている。
 相打ちの結果となれば、倒れるのは急所を打たれる自身の方だ。

 ジャクリーヌは身を捻りつつ、右の剣を頭部へと翳した。
 この挙動により、左の刺突は正確性を欠く。
 結果、刺突剣の先端は、コルザの脇腹を微かに掠めたのみだ。
 直後、ジャクリーヌの側頭部を、鋭い斬撃が襲う。
 右のガードは片手故に不完全だったか――パッと、血が飛沫いた。

「……くっ!!」

 ダメージを受けたジャクリーヌは、即座に大きく飛び退き、距離を取る。
 跳ねる様にサイドへ、更に後方へ。
 改めてコルザと向き合うが、額左側に深く裂傷を負っていた。
 左顔面が紅く染まっている。
 傷口からは流血の如き濃縮エーテルが、止め処も無く溢れ出している。
 左眼は、濃縮エーテルが流れ込んだ為か、目蓋が半ば閉じられている。
 残る右眼は、離れた位置にて悠然とこちらを見据えるコルザの、右前腕を覆う強化外殻……その肘部より突き出る、鋭い仕込み刃の煌めきを捉えていた。
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