人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第十九章 櫛風沐雨

第一一二話 出陣するエリーゼとベルベット

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 仕合当日――『特別区画』内に設けられたシャルルの邸宅。
 寝室から見える窓の外は、灰色に濁った曇天で埋めつくされていた。
 その鈍い色合いに、カトリーヌは『歯車街』を思い出す。
 子供達は元気だろうか、寂しがってはいないだろうか。
 エリーゼと共用の寝室で身支度を整えつつ、そんな事を考える。

 服装は普段と同じ、濃紺の修道服だ。
 ただし今日は、顔を覆う為の薄いベールも用意してある。
 古式に則った儀礼用の装身具だが、シャルルに頼み入手して貰った。
 南方大陸出身者を忌避する者が多い『特別区画』内で、余計な揉め事を招く事無く、レオンのサポートを行う為に必要だと感じたのだ。
 
 カトリーヌの隣りでは、エリーゼも着替えを終えていた。 
 その小さな身体を包むのは、背中が大きく開いたタイトな純白のドレスだ。
 膝上丈のスカートにボディスーツ、更にボディス・コルセット。
 ボディス・コルセットには、ゴート風の繊細な刺繍が施されている。
 透き通るほど肌の白いエリーゼに、そのドレスは美しく映えた。
 そしてプラチナに輝くロングヘアは、後頭部で丸く二つに纏められている。
 カトリーヌの手によるものだ。

 エリーゼはコートハンガーに掛けられた、フード付きマントを手に取る。
 肩に羽織りながら告げた。

「今日の仕合、ご主人様のサポートをよろしくお願いします」

「うん、解ってる。任せて」

 カトリーヌは力強く答え、微笑んでみせる。
 エリーゼは小さく頷くと視線を反らし、改めて口を開いた。

「――仕合は……避けようも無く凄惨なものとなりましょう。やはり流血は免れません。その様子を見れば、迷いも生じましょう。可能な限り、視線を闘技場へ向ける事無く、ご主人様の体調管理に注意を払って頂けますか?」

「……うん、そうする」

 その言葉にも、カトリーヌは素直に応じる。
 特別区画を訪れて以降、エリーゼより何度か示唆された言葉だ。
 仕合を見て欲しく無いのだろう。
 エリーゼの気持ちは、なんとなく理解出来る。
 
「本来であればご主人様も、仕合の凄惨さを知るが故、シスター・カトリーヌにサポートを申し入れる事は無かった筈です。ですが複数の如何ともし難い問題が重なり、自らも負傷し、信頼出来るシスター・カトリーヌを頼りたかったのでしょう――」

「……うん」

「決して状況を軽く見積もっていたワケではございません。それほど追い込まれていたという事。ですのでシスター・カトリーヌ――どうかご主人様を……」

 静かな口調は、普段とあまり変わらない。
 ただ、何時もより饒舌なのは、不安を感じての事だろうか。
 自分が闘技場に赴く事を懸念しているのだろう――カトリーヌは思う。
 その気遣いが嬉しく、ありがたい。
 でもその事が重荷となっているのなら、申し訳無く感じる。
 カトリーヌは明るい口調で答えた。
 
「うん、大丈夫だよ。エリーゼのアドバイス通り、しっかりレオン先生をサポートする。ヨハンさんだって手伝ってくれる。だから安心して?」

 そう、今はただ、全力を尽くす事に集中する。
 揺らぐ事無く、愚直にすべき事をする。
 そうする事でエリーゼの懸念を、少しでも払拭したいと思う。

「行こう、エリーゼ」

 戸口の前に立ち、ドアノブに手を掛けてカトリーヌは促す。
 エリーゼは紅い瞳で、カトリーヌをじっと見つめている。
 その瞳が、微かに揺らいでいる。
 ふと、言葉を紡ごうとしてか、唇が開きかけ――すぐにまた閉ざされた。
 エリーゼの中で何事か、未だ葛藤があるのかも知れない。
 或いは不安を感じているのか。
 が、やがてエリーゼは小さく頷いた。

「……はい」

 カトリーヌは微笑みで応じる。
 そのまま二人は、共に部屋を後にした。

 ◆ ◇ ◆ ◇

 観葉植物の鉢植えが幾つも飾られた、診療所を思わせる部屋だった。
 整理整頓の行き届いた事務机の隣りには、書棚が並んでいる。
 そして事務机の脇には、小柄な娘が一人。

 華奢な身体に、黒いワンピースドレスを纏っていた。
 細いウエストにはレザー・コルセット、足元はレザーのブーツ。
 端正な相貌で目許には黒縁の眼鏡、ライトブラウンのおさげ髪が愛らしい。
 『コッペリア・ベルベット』だった。
 ベルベットは軽く目を伏せ、佇んでいる。
 そんなベルベットを診察椅子に座り、見上げるのはベネックス所長だ。

「――次はマルセル君の息子、レオンが相手だ。『アデプト・マルセル』の息子さ……これに勝てば一息に、私達の悲願へ近づく事が出来る」

 ワインレッドのフリルブラウスに、黒のロングスカート。
 黒のボディス・コルセット。
 ウェーブ掛かったライトブラウンのロングヘア。
 涼しげな目許に、銀縁の眼鏡。
 両手を伸ばしては、ベルベットの胸元に白いリボンを結わえていた。

「私達の悲願だよ、ベルベット。そうさ、ジブロールの事を覚えているかい?」

 ベネックス所長は穏やかな口調で、そう囁いた。
 次いで事務机の上に置かれた、黄色いローズコサージュを手に取る。
 白いリボンの上に、ピンで留めながら続ける。

「――私は、東方都市『ジブロール自治領』での生活を忘れた事が無い。穏やかで静かなところだった、そうだろう? 山間に連なる赤い瓦屋根の古い建物、緑豊かな大森林、美しい渓谷、ガラリア・イーサの街並みなんて全く比較にならないほど、美しかったよね」

 指先でコサージュの形を整えるベネックス所長を、ベルベットは見つめる。
 そしてコクリと、小さく頷く。
 澄み切った眼差しには、欠片ほどの邪気も無い。

「山を登る牛の群れ、ブドウ畑にカブの畑、森には鹿がいて、小川のせせらぎが聞こえ、キノコも採れた。静かで穏やかで、空が青くて、満たされていた……ガラリアの連中が来るまでは」

 ゆっくり立ち上がったベネックス所長は、ベルベットの頭を撫でる。
 ベルベットは黒縁眼鏡の奥で、目蓋を閉じる。

「全てが変わった。壊された、潰された、ガラリアの連中に。キミたちは反発した、居場所を守る為に、美しいものを守る為に、愛すべき人を守る為に、武器を手に取った者がいた事を、私は覚えている」

 傍らのワードローブから、深緑色のコートを取り出す。
 ベルベットに差し出しながら続ける。

「故郷を追われ、踏み躙られて、黙っていられる筈も無い、そこの歴史、そこの文化、そこでの暮らしを冒涜されて、どうして黙っていられよう。そう思う者達が大勢いたんだ、覚えているだろう? ベルベット」

 ベルベットは袖に腕を通しながら、再び頷く。
 ベネックス所長は、自身も黒いコートを羽織る。

「だけどガラリアの連中は言うんだ。家族の為、町の為、誇りの為に戦ったジブロールの人々を、銃撃しながら蔑むんだ。ジブロールの連中は、山に棲む小鬼だ、資源を独占しようとする悪辣な小鬼だ、恥知らずな『ゴブリン』だってね。彼らは『ジブロール自治領』の人々を『ゴブリン』だと言っていた、『ゴブリン』共がいなくなれば、この自治区も正しく機能するとね……」

 ゆっくりと歩き始める。

「政治的に正しいのか、法的にどうなのか、そんな事は関係が無い。確かな事は、ガラリアの連中は『グランマリー』の信徒として『ジブロール自治領』を食い物にしたって事だ。『グランマリー』の信徒であるガラリアの連中が、ジブロールの人々を『ゴブリン』と呼び、蔑むのなら――もはやそれでも構わない。その『ゴブリン』が、いったいどれほどの物なのか、行って見せてやろう」

 部屋のドアノブに手を掛けて呟く。

「私達は『神性』を否定する為に、ここまで来た。『ゴブリン』として『人』の英知をこそ至高とすべく、ここまで来た。ガラリアの連中に見せつけよう、『神性』を否定する『ゴブリン』として、ガラリア貴族の前に見参しよう。私たち――『ゴブリンズ・バタリオン』が見参するんだ」

 ドアが開かれると戸口の向こうには、暗い眼差しの男達が控えていた。
 ベネックス所長の姿に気づいた男達は、軽く目を伏せ、頭を下げる。
 ベネックス所長は、男達の前を悠然と横切りながら言った。

「――マルセル君の息子は、ここで潰す。行くぞ、ベルベット」
 
 後に続くベルベットは、ベネックス所長の言葉に頷き、息を吐く。
 下弦の月を思わせる口許から、ギザギザとした鋭い歯並びがゾロリと覗いた。
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