死が二人を分かたない世界

ASK.R

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魔界編:第1章 薬

守るべきもの

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 魔界に来てから1週間、ここでの生活も少し慣れてきた。
 僕は管理課に、ユキは維持部隊に、それぞれの事務所に向かって、仕事を終えて家に帰る……少し前までバイトもした事がない高校生だったのに、突然社会人になった様な気分だ。
 ただこの世界は本当にとても緩くて、出勤時間が無いから遅刻はないし、退勤時間もないからみんな割と自由に好き勝手している節がある。

 まぁ大体今日はこれくらいでいいかって雰囲気になると、僕の居る管理課なんかはみんな適当に帰りはじめる。
 その点ユキの維持部隊についてはシフト制で夜勤もあるらしい、今のところユキは毎日帰宅して、大概先に帰っている僕にしなだれかかってくる。

 ソファーだったり、ベッドだったり……離したくないって感じで、どこかしらお互い触れている様に過ごしている。我ながらのぼせ上がっているなと、自覚はしているけども、幸せだなぁとも感じているので、当分僕から止める気はない。

 この1週間でぐちゃくちゃだった管理課は、聖華が協力的になってくれたお陰で書類の山は無くなって、やっと普通の業務が出来るまでに整った。
 暫く管理課にかかりきりだったので、誘われていた維持部隊の事務所にもなかなか顔を出せずにいた僕は、久々にユキの居る事務所へと赴いている。
 アポ無しで来ちゃったけど大丈夫かな? と心配していると、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきたので、まぁ大丈夫か……と事務所の引戸を開いた。

「こんにちはー」
 顔を出すとルイさんが立ち上がって、いらっしゃい、おいでおいでと出迎えてくれた。

「なんだ真里、俺に会いに来たのか?」
 応接室のソファーまで行くと、ユキがニヤニヤと見上げてきた。
「カズヤさんとの約束を守りにきたんだよ」
 ユキとは帰れば毎日会っているし、朝起きればいつも目の前に居るし、夜もその……毎晩エッチな事はされてるわけで……ユキにわざわざ会いにくるほどユキ不足ではない。むしろユキ充だ、毎日お腹いっぱいです。

 今日は全員事務所に居たみたいで、広い横長のソファーにカズヤさんとルイさんが、お誕生日席には飛翔さんが座っていた。ちょうどユキの隣が空いていたので、そこに座るよう促される。

「真里は律儀ですね」
「カズヤさんに稽古つけてもらいたかったので!」
 へへっと少し照れながらカズヤさんへ返答すると、ユキがムスッとした顔でこっちを見た。

「強くなりたいなら俺に教わればよくない?」
「ユキだと絶対違う方向に逸れるから」
 現に家ではイチャイチャしてばかりで、力の使い方を教えてくれた事なんてないじゃないか!
「エロい特訓になるから?」
「そこまで言ってない」
 濁して言ってるんだから、わざわざ直球に言い直さないで欲しい、ねちっこく腰に回してきた手を振り解いた。
 家だったら僕だって触りたいけど、人前で分別なくイチャつくのはダメだと思う。

「あ! じゃあオレとやろーよ! 本気の真里とやりたい!」
 勢いよく立ち上がってノリノリになったのはルイさんだ、ハイハイって感じで手を上げて主張している。

「真里への実戦形式の試合は許可しない」
「えー! なんでーケチ!」
「駄目だ、真里の"傷に障る"」
 そう聞いたルイさんがストンと座って、それじゃあしょうがないねと納得した。

「……? どういうこと?」
 周りは納得したようだったけど、当事者の僕はサッパリだ。確かにいきなり試合しろなんて言われても、無理ではあるんだけど。

「真里の弱点や過去の話になる……話してもいいか?」
 ユキが僕の左手をギュッと握った、そうか"傷に障る"ってそういう事か……多分表してるのはこの傷跡じゃなくて、心の傷。ここの人達に話すのは全く嫌では無い、ユキがそうした方がいいと判断したんだろう。
 僕は静かに頷いて同意した。

「真里は幼少期に虐待を受けていた、その時ついた傷が左手の甲に残っている……ここに物を貫通させるのは避けてくれ」
 僕の中でこの傷は、確かにあの時の記憶を呼び起こすものだ、悪魔になる直前のあの事件で、まざまざと思い知らされた。
 それでも……僕はそんな事に気を使われるのは嫌だ、まるで僕があの女に負けたみたいじゃないか、庇われるだけ惨めになる気がする。

「それと、痛みや恐怖も与えないで欲しい……」
「腫れ物に触るように扱われるのは嫌だ」
 少し下唇を突き出して不服を表した、そんな僕の顔を見て、ユキが少し困ったように眉を下げながらフッと笑った。
「わかった、じゃあ様子を見ながらな」

「意外だな! ユキが簡単に引き下がるなんて」
 飛翔さんが感心するように、少し楽しそうにしながら僕の方を見て言った。確かにユキの僕への過保護っぷりから、もっとダメダメ言われるかと思ってたけど……。

「真里は見た目と違って中身はすこぶる頑固だ、言い出したら聞かない……俺が折れるしかない」
「ユキの弱点は真里だねー!」
 今度は楽しそうにルイさんがケラケラ笑っている。頑固って……何か前にも似たような事を言われたような気がする。
 既視感を覚えて首を傾げていると、ルイさんの横でカズヤさんが袖で顔を隠しながら、小さく震えているのに気付いた。

「カズヤさん、どうしたんですか!?」
「真里が、不憫で……」
 スンッと鼻を鳴らす音が聞こえた、な、泣いてる!? 今の流れで!?

「カズヤは子供が痛いのがダメなんだー……カズヤの弱点って感じかな? だから真里もカズヤの前ではあまり大怪我しないでね」
 ハンカチをカズヤさんへ差し出しながら苦笑するルイさんは、見た目の年齢が14歳で止まっていても、僕から見ればしっかり年上の人に見えた。
 それでもその見た目は僕より幼くて……カズヤさんがルイさんを過保護にしてしまう理由は、やはりその弱点に起因したものなんだろう。

「なんだかみんなで弱みの晒し合いになってんねー! オレのも教えよーか!」
 そう気持ちを切り替えるように明るくニカッと笑ったルイさんが、スカジャンの下に着た赤いTシャツをめくり上げた。

「オレの傷はここだよー! オレも刺し傷に弱いからあんまり狙わないでね!」
 おヘソの右横辺りの肌が盛り上がって、周りの皮膚が引きつれているような傷跡があった。

 前にユキから聞いてはいた、死んだ時の傷が弱点になりやすいって……だからルイさんがその若さで死んでしまった理由は、その刺し傷が原因なんだろう。
 至極明るく見せてくれたのは、きっとカズヤさんを気遣っての事だ……。

「お互いの弱みが分かってたら庇いあえるからねー……だから真里が教えてくれて、オレ嬉しかったよ」
 パッと服を下ろしたルイさんが、いつもの作り笑顔じゃない顔で……目を細めながらそう言ってくれて、心が暖かくなるような気がした。
 庇われる事を惨めだとは思わなくていいのかも、庇いあえる事を嬉しいと思うルイさんの気持ちに、そういう考え方もあるのかと驚いた。
 そして意固地になってる僕の感情を理解した上で、ユキはみんなに僕の弱点を教えたんだろう……負けたくないなんて思った自分の考えが、子どもっぽいもののように感じて、少し恥ずかしくなった。

「じゃあ俺も言わないとだよな……目の前でバラバラになっても引かないでくれな」
 飛翔さんが両頬に手を当てながら……いつもの人好きのする笑顔は消え去り、顔面蒼白だ。

「何がバラバラになるんですか?」
「俺の、胴体が……」

 ……え、胴体?
 飛翔さんと僕以外の三人が、固唾を呑むように少し前のめりになる。飛翔さんが口を開こうとして、閉じて、顔を歪めながらお腹を押さえた。何もしていないのに、両腕に巻かれていた包帯にジワっと血が滲み始める。

 ちょっと待って! バラバラってまさか!
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