死が二人を分かたない世界

ASK.R

文字の大きさ
187 / 191
魔界編:第15章

語り合い

しおりを挟む
「では真里さん、あーんしてください」
 どうしてこうなった、この状況はなんなんだろう……。

 ユキに執拗に首元にキスマークをつけられたので、今日は首の隠れる服装にしてきた。
 どうやら僕のポケットに入っていた椿からの手紙を見つけて、やきもちを妬いていたらしい。

 なにも妹にまで妬かなくても、なんて口に出して言ったりするけど、内心ではそんなユキを可愛いと思うし、妬かれる事にも幸せを感じている。

 そんな首元をさすりながら待ち合わせ場所で待っていると、遠目からでもすぐにわかるほどの存在が近づいてきた。
 風に流れる長い黒髪は艶やかで、ユキに似たその顔の造形は驚くほど整っている。ユキの妹だという事を差し引いても、すれ違ったら二度見してしまいそうなほど可愛らしくて綺麗だ。
 なのに、周りの人は気にも留めていない様子でいるのが不思議だ。
 気配を隠す上手い術でもあるんだろうか?

「お待たせしてしまいましたか?」
「ううん、今来たところ」
 この会話、なんだか本当にデートっぽいな……なんて意識してしまう。
「今日はなんだか大人っぽい服装なんですね」
「椿も、今日は白いワンピースで、その似合ってるね」
 ユキはいつも黒ばかり着ているけど、きっと白も似合うんだろうな……。
「今、言葉の裏にお兄様が見えた気がしたんですが」
「う、バレたか」
 本当に失礼な思考を読まれてしまったのだけど、椿は嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに笑った。

「デートなんてお誘いの仕方をしましたが、一応話し合いという体なので個室を準備しています」
 そう言われると、お互い使者として会っているのだと意識が切り替わる。
 真面目な顔つきに変えて椿の後ろに続いて案内されると、そう遠くない店の前で立ち止まった。

 店構えはいかにも高級料亭といった体で、高そうな店の門構えに呆気に取られてしまう。
「こ、ここで!?」
 どう見ても十代に見える僕たち二人が入るには、似つかわしくないのではないだろうか。
 なにより店の人に不審に思われないか、そんな事が気になって仕方ない。
「大丈夫ですよ、ここは私たちが管理している店なので」
「よかった、こんな高そうなお店だと緊張しちゃうから」
 ユキと一緒に現世でデートした時も、魔界で管理しているお店なんかがあった。
 同じように天界で管理している店って事なんだろう。

 緊張しながらお店の門をくぐった先では、椿はそれは丁寧に扱われていて、なんだかデジャヴを感じた。
 ユキと初めて旅館に行った時を思い出して、兄妹変なところで似ているなんて、そのうしろ姿を見ながらニヤニヤしてしまう。
「どうしたんですか? なんだか嬉しそうですね」
「ユキと椿は本当に兄妹なんだなって思うところが多くてさ」
 個室と言っていた割には結構な広さのお座敷に通されて、戸惑いつつもテーブルを挟んで向かい合うように座った。
「本当ですか? 顔以外はあまり言われないのですが」
 兄妹だと知っている人も少ないですけど……なんて補足を入れつつ、綺麗な所作で髪を耳にかけながら俯いた顔はやっぱり似ている。

「あちらの生活で不便はないですか?」
「ん? ないよ?」
 質問の意図が分からずに首をかしげると、椿は苦笑した。
「先ほど真里さんを見て、魔界の人っぽくないって店の者たちが言っていたので」
「確かに雰囲気はそうかもしれないけど、僕はこれでも欲深いから……今も、使者としての話より、椿とどうやってユキの話をしようかって考えてるし」
「それは私も同じですよ」
 口元に手を当てて女性らしい仕草で笑うところは、さすがに違うなぁといちいち観察してしまう。

「では、お互い聞きたいことを交互に聞いていくのはどうでしょう?」
「いいの!?」
 流れは重大な話し合いをする方向ではなく、プライベートな方へまっしぐらだ。
 しかし、住む世界が違う椿とは、なかなか会う機会もないし……こんなチャンス滅多にない!

「真里さんからでいいですよ」
 座敷で座った格好のまま、ずずいと身を乗り出して期待満ちた顔をしている椿は、頭の上にピンと犬耳が立っているような幻覚を起こす。
「えっと、じゃぁ……生前のユキって椿から見てどんなお兄さんだったのかな……とか」
 僕は16までのユキしか知らない、だから僕が知らないユキを知っている椿に聞いてみたいと思っていた。
「生きている頃のお兄様……ですか?」
 椿は眉間をグッと寄せて、むむむ……と考え込んでしまった。
「ごめん、昔すぎて思い出せない?」
「そうですね昔だからというより、お兄様と死別したのは6歳の頃だったので」
「幼くて覚えていないって感じか」
「ええ、それに最後の光景があまりにも怖かったのか、お兄様関する記憶の多くを閉ざしてしまったみたいで」
 そう椿に言われて、脳裏に過ったのはユキの最期の光景だった。
 大勢の人が目の前で兄の手で殺された……それを見ていたのに、なんともないわけがないんだ。

「ごめん……その、無神経だった」
「いえ、私は全く覚えてないので! そのおかげで、お兄様の事を大好きだったことは覚えてるんですよ」
「大好きだったんだ?」
「はい、よく膝に抱いていただいた記憶があります」
 触れ合ってくれたのはユキだけだったと言った椿の言葉に、ユキの生前の環境が垣間見えた気がした。

「あまり答えになっていないので、他に何かないですか?」
 交互だと言っていたのに、続けて僕に質問させてくれる気らしい。なんだか悪いと思いつつも、聞きたいことはいろいろあるので、ついお言葉に甘えてしまう。
「じゃあ生きてる時じゃなくて、二人が再会した時の話が聞きたいかも」
「それならお答えできますね」

 椿は楽な体勢に座り直して、思い出すように上を見たかと思ったら、正面に向き直した目と目が合った。
「人としての生を終えて、人とは違う存在として今生に留まった時、お兄様も同じような存在になったと聞かされました」

 幼い頃に大好きだった兄にまた会えるかもしれない。そう思ったら動かない理由がなかった。
 現世で放浪しているという兄を探して、椿もあちこちを探し回った。
 女の一人旅は危なくて、様々なトラブルに巻き込まれてはそれを回避して、時には物怪の様に振る舞ったりと大変だったという。

 百余年も探し続けて、もう諦めようと思った時に、道端でわらじの紐を結ぶ男から目が離せなくなった。
 男は傘をかぶっていて顔は見えない、なのに遠目からでもわかってしまった、あれは兄だと。

 人違いかもしれないなんて考えられなかった。ずっと、ずっと会いたかった兄にやっと会えた。
 あの時生かしてくれたおかげで大人になれた、だから自分を見て欲しかった。大人の姿を見て欲しかったけど、自分だと気づいて欲しかったから14歳の見た目にして欲しいと神に願った。
 ただ、兄に見つけて欲しい、兄と会った時に気づいて欲しいがために。

 走ってたどり着く前に、男は体勢を起こして歩みを進め始める。
 止まってほしくて、待って欲しいと声をかけても一瞥もしてくれず、必死になって追いかけて捕まえた。
『兄上……っ、ですよね!?』
『人違いでは?』

「って、ひどくないですか!!?」
「う、うん、そうだね……」
「確かに尼の格好をしていたので、顔は確認しにくかったかもしれないけど、ショックでした」
 今でもまざまざと思い出せるのか、本当にショックだという顔で僕に語ってくれた。

「椿ですと名乗った時の顔は、忘れられないものでしたけど」
 クスクスと、今度は可笑しさをこらえるのが大変な様子で笑っている。
「椿だと気付いた時の最初のひとことは何だったの?」
「『こんなところで何してるんだ』でした」
「もっと他にないのかって感じだね」
「そうでしょう? 百年以上ぶりに会った妹に対して他に言う事はないのかって思いましたよ」
「らしいと言えば、らしいけどね」
 この話は本人も交えて、もう少し深堀りしたいな……。

「今度は私の番ですね!」
 ユキと椿の再会場面を頭の中で思い描いて消えないうちに、椿から声をかけられた。
「私は、ぜひ真里さんとお兄様の馴れ初めが聞きたいんです!」
「馴れ初め!?」
 どこが好きなのか? なんて質問が来るだろうと思っていたんだけど、まさかそう来るとは!
「私、二つ答えましたから、もちろん聞かせてくれますよね?」
 まさに天使のような笑顔で椿はそう言い放った。
 もしかして、僕はまんまと断りにくい状況に乗せられてしまっていたんだろうか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

処理中です...