【完結】人の目嫌い/人嫌い

木月 くろい

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人嫌い 1

 朝。
 布団から抜け出て顔を洗い、歯磨きをしてリビングに向かう。片付けられたダイニングテーブルの上にはいつもの通り、コーヒーの香りと二千円が残されていた。
 萌奈は二千円を掴んで部屋に戻り、財布に入れて更に必要な教材と共にカバンに入れる。
 着替えを済ませたら、カバンを肩にかけて部屋を出て、ダイニング横の襖をスパンと勢いよく開けた。
 かつては姉の部屋で、いまは仏間になっている。

 仏壇に飾られた写真に向かって手を合わせる。写真は病室で、家族四人で撮ってもらったものだった。いまはもう、四人のうち二人しか残っていない。
 萌奈は右手の指先で、姉の姿をなぞる。
 この部屋で、姉に色々な出来事や悩み事を話した。姉はいつも、どんな話でも笑って静かに話を聞いてくれて、手を握り、頭を撫でてくれた。
 姉が亡くなってからも、変わらずこの部屋を訪れては姉に話しかけていた。楽しいこと、嬉しいこと。辛く、悲しいこと。
 でも、姉が姿を見せなくなってからは、萌奈はこの部屋では何も言わず、考えなくなった。いや、言えなくなったというのが正しいだろう。

「……いってきます」

 萌奈はカバンを肩にかけ直し、家を出た。





 終礼の後、席を立とうとした萌奈は、

「三谷藤さん、ちょっと来て」

 珍しく声をかけられて教室の後方に目を遣ると、そこにはクラスの女子の半数が立っていた。
 彼女らが一様に浮かべる薄笑いの表情に嫌な予感しかしないものの、咄嗟のことで断る方便も思い浮かばない。仕方なしにカバンを机に置いたまま彼女らの方へ近寄ると、リーダー格の女子が前に進み出てきて、一通の白い封筒を手渡された。

「これ読んで」
「……いま?」

 萌奈は不機嫌さを全面に押し出したが、多勢に無勢、相手側が怯むことは全くなかった。
 仕方なしに封筒の中身を取り出す。

『本当に霊感があるのなら、今夜二十二時、第三講義棟の怪談について調査してきてください。
 明日、調査したことが確認できなかった場合には、嘘をついて大勢の人を混乱に陥れたことを、クラス全員で断罪します』

 やっぱりこのことか、と萌奈はため息を吐いた。
 この手のことで絡まれるのは小学校以来だ。小学校ではあまりにも話が広まり過ぎて萌奈よりも母の方が先に精神的に参ってしまい、通学に片道二時間もかかる学校に転校させられ、中学卒業まで通学する羽目になった。
 高校生になれば流石に周りも忘れているだろうという母の目論見と、姉と同じ学校に通ってみたいという萌奈の願いから、家の近くの高校に進学したのが間違いだった。

 萌奈の小学校時代を知る者が相当数いたのだろう、あっという間に噂は広まった。
 当たり障りのない三年間を送るため、当たり障りのない人間関係を築けそうな相手を見つけて関係を構築している最中だった。

 ……まだ入学して二ヶ月も経ってないのに。
 仲良くなりかけていた数名のクラスメイトには早々に距離を取られ、萌奈はあっという間に孤立した。

「わたしらも、困ってるのよ?」
「でも、あんまり大きなホラ話して目立つのも、ねえ?」
「これもさ、三谷藤さんのためだから」
「ま、本当ならせいぜい頑張って」

 リーダー格の女子に肩を叩かれた。それを合図として、集まっていたクラスメイト達はくすくす笑いながら教室を出て行く。

「めんどくさ」

 本音が思わず口から溢れ出る。
 視線を感じて後ろを向くと、先ほどの集団に加わっていなかった数人のクラスメイトがこちらを伺うように見ている。
 そのうちのひとりが一歩、こちらへ踏み出した。

「……ほんっと、めんどくさ」

 再度ため息混じりに本音を口にした萌奈は、話しかけてこようとしていたクラスメイトを無視して机に置いていた荷物を掴み、早々に教室を出た。
 自販機でペットボトルのジュースを買って、第三講義棟のトイレに引きこもり、二十二時になるまでやり過ごすことにした。





 スマートフォンで時刻を確認する。
 きっかり二十二時。
 月明かりがうっすらと差し込むトイレの窓から離れ、廊下へ出る。

 廊下は、一転して暗闇に包まれていた。トイレよりも窓があるし、校庭に面しているのでわずかながらでも光があるはずだった。
 おかしい、と思う間もなく。

「三谷藤、萌奈さん?」

 は、暗闇の中から唐突に現れた。萌奈と同じ制服姿で、ごく普通の女子高生に見えるソレは、腕を組み、指をとんとんと神経質そうに動かしている。
 見た目はごく普通。だが、間違いなく普通の高校生ではない。ただ立っているだけで、後ろに控えている底なしの闇と共に、威圧感を与えてくる。
 漂う異様な雰囲気に、萌奈はごくりと唾ごと息を飲み込んだ。

「それで? あんな奴らの言うこと聞いて校舎に残って、あんたに何ができるの?」
「……特に、私にできることはない」
「へえ、じゃあなんのために残ったの?」
「あなたに、お姉ちゃんのことを聞きたくて」
「あんたの、姉のこと?」

 ソレの声色が変わったことに、萌奈は気づかなかった。

「私のお姉ちゃんは、病気で死んでからも変わらず側にいてくれた。自分のお葬式の時も、燃やされてる時も。小さい壺に入れられて、家に戻ってきても、ずっと隣にいてくれた。
 生きてた時は、長く一緒にいるととっても疲れちゃうからって、会える時間をいつも制限されてたお姉ちゃんが、一日中隣にいてくれるんだよ? しかも、いつも顔色が悪くて、痩せてて、自力で歩くこともできなかったのに、死んだら車椅子もなしに、病気からも疲れからも解放されて、色んな場所に行けるんだもの。私は凄く嬉しかった。嬉し過ぎて、目の前の出来事が素晴らしいことだと疑わなかった。だから、お父さんにもお母さんにも、事実をーーお姉ちゃんがそこにいるってことを伝えた。親戚にも、近所の友達にも、たくさん、たくさん話した。みんなお姉ちゃんのことを可哀想だとしか言わなかった、でもいまお姉ちゃんは全然可哀想なんじゃなくって、元気でそこにいるよって伝えれば、みんなも喜んでくれるって、信じて疑わなかった。

 しばらくして、お姉ちゃんはパジャマ姿だったのが制服姿になって、学校に通うようになった。元気になったらいつか学校に通いたいって言ってたんだ。だからお姉ちゃんの願いが叶ったんだって、嬉しかった。
 私が小学校へ行ってる間は会えなくなっちゃったけど、それでもよかった。だって、お姉ちゃんはちゃんと、夜には家に戻ってきてくれてたから。
 でも、ある朝突然、お姉ちゃんは姿を見せなくなった……そして、うちの家族は崩壊した」




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