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その1
しおりを挟む「私が君を愛することはない」
結婚式の後、初夜の寝室で私が結婚した男は言った。
私の名はイヴリン。サマヴィル伯爵家の長女だ。ダークブロンドの髪にエメラルドの瞳の私はまだ十七歳の小娘だ。
対して、今日結婚した相手のキルデア侯爵家の当主スタンリー様は黒髪に薄青の瞳の大人で、私より十歳年上の二十七歳で初婚である。
この年、サマヴィル伯爵家の領地は、水害の後の日照りで大損害を受けた。季節は冬に向かっていて、これではとても伯爵家の備蓄や王国の補助金だけでは、領民はこの冬を乗り切れないだろう。
そこで父は援助者を探し、私の夫となったキルデア侯爵が援助を申し出た。キルデア侯爵は結婚相手を探していて、サマヴィル伯爵家に年頃で婚約者もいない娘、イヴリンがいたので結婚することにしたのだ。
父は援助の見返りとして、私をこの男に差し出したのだ。
私はまだ十七歳で、この時貴族学校に通っていた。婚約者はいなかったが、お付き合いする相手はいて、卒業すればその相手と婚約して結婚すると思っていた。
だが私は長女で下に弟と妹がいる。このまま行けばサマヴィル伯爵家は多額の負債を抱えることとなり、弟や妹が就学するのも厳しくなるかもしれない。
困窮している伯爵家を建て直す為に、この縁談は伯爵家にとって願ってもない事であった。婚姻は私の学校の卒業を待たず行われた。
『私が君を愛することはない』
友人と回し読みした恋愛本で、この手の話もあった気がする。
この男が私を愛することはないというのなら、何か理由があるのだろうか。
「その、キルデア侯爵様は他に愛している方がいらっしゃるのでしょうか?」
私は若さに任せて、不躾な質問をした。
「スタンリーと呼んでくれ。君の事はイヴリンと呼んでも」
「はい、スタンリー様」
スタンリー・キルデア侯爵は私の不躾な質問に答えてくれた。
「イヴリン、私は君との間にそういう事は望まないが、お互いに仲良く温かい家庭を築けるよう努力する」
「はあ……」
「子供は養子を取る。君とは離婚しない。一生大事にすると誓うよ」
「はあ……」
意味が分からない。
もしかして、愛さないというのは愛し合うこと──、つまり閨を共にしないという意味なのかしら。
このような事は最初が肝心だと、母やら伯母やらが言っていた。伯爵家だと馬鹿にされて、いいようにされてはいけないと、余計なお節介を私に吹き込んだのだ。
融資はありがたいけれど、平身低頭して卑屈になってはいけないと。何かあったら戻って来いと。
そんな事、出来る訳もないのに。
なので私は意味の分かる理由を探す。
「ではご病気で……」
男性自身が役立たない系のご病気とか──。
「病気ではない」
「では男性がお好き……」
同性愛系的な何かとか──。
「それはない」
「ではサイズの問題で……」
男のプライドとか──。
「そのような事ではない!」
私のあけすけな問いに、スタンリー様はさすがに少し気色ばんだ。
他に何か理由があるだろうかと、私は考えた。
「では──」
スタンリー様は呆れ顔で私の言葉を遮る。
「もう疲れただろうイヴリン、休みなさい。一緒に寝てあげるからね」
彼は私の頭をポンポンと撫でてベッドに押しやる。スタンリー様の一緒に寝てあげるは違うのだ。
ベッドはツインで隣のベッドに寝ることをいう。
十七歳は耳年増である。知らないでいい事まで知っている。お友達の中には男友達とかなり進んでいる方もいらっしゃる。十七歳は好奇心の塊でもある。
しかし、知らない事も沢山あった。
スタンリー様は性的なものに惹かれない無性愛みたいな方で、私と愛し合う事はないという。そんなことは初めて聞いた。
離婚もしない。跡取りは養子を取るそうで、そうなれば、私は一生飼い殺し、──なのだろうか。
◇◇
王都の広い屋敷で夫と二人で生活する。スタンリー様の御両親はすでに亡くなられていて、彼は立派に侯爵家を継いでいる。領地経営に王宮でのお仕事があり、お忙しい。でも、侯爵家には優秀な人材が豊富で使用人も沢山居て、テキパキと回っている。
私はまだ見習いみたいなもので、彼と一緒に居て、少しずつ覚えて行けばいいと言われている。
「綺麗で可愛い義姉さんだな。もう二十七歳のスタンリー兄さんには勿体無いな。あいつは女に興味ないんだぜ」
もう一人、私に余計なお節介を吹き込む人がいた。
「ケネス、いい加減にしろ」
夫には二十二歳の庶子の弟、ケネスがいた。広い屋敷なのに一緒に住んでいないのは、先に妻帯して家を出ているからだそうだ。すでに子供もいるそうだし、きっとこの弟が跡を継ぐのだろう。
もしかして、この弟に遠慮して手を出さないとかだろうか。しかし、この弟は濃茶の髪に蒼い瞳で、何を考えているのか分からない系だ。早い話が胡散臭くて私的に有り得ない。
まだ、旦那様の方が真面目で優しい。スタンリー様は黒髪に薄青の瞳でノーブルで整った顔形で、どうしてご結婚が遅くなったのか分からない。
この男を連れ回すだけでもステータスになるだろうに。
本当に何で私と結婚したのか分からない。ペットの様なものだろうか。ならペットにすればよいのに、傍迷惑な話だ。融資をしてもらって言う事ではないが。
スタンリー様は私を大事にしてくれる。
正直、結婚には不安もあるし恐ろしさもあった。私はまだ十七歳で恋に憧れる乙女なのだ。けれど、期待もあるのだ。手を繋いで、キスをして、抱き合って。
それがない。何もない。まるでヘビの生殺しのような毎日。
傍に洗練されて、優し気で、実際優しくて、見目形も良い男がいる。彼は侯爵様で十歳年上だが、その分優しくて大人の余裕で、私に接してくれる。
彼は許された私の夫だ。それなのに何故に触れてもいけないのだ。
意味が分からない。
大事にされ、一緒の部屋で眠る。ベッドはツインで触れ合う事はない。
本当に生殺しだわ。人は木石ではないし、私は我が儘で自分勝手で、色々考えるし、ペットになんかなれない。
私は比較的自由に過ごした。実家に帰ったり、街に出かけたり。私の為のお小遣いは決められ、毎月結構な金額が支払われる。服を買おうが観劇に行こうが何処に行こうが自由だ。きっちり侍女も護衛もついて来る。安全である。
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