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4 領地に引き籠る
しおりを挟むまた自分の部屋で目が覚めた。
どうして。
前と同じ王歴568年。
アリゼを起こしに来た侍女はイリスで、あの侍女は居なかった。
ヴィンランド王国には行きたくない。どこにも行きたくない。アリゼは体の弱い令嬢として、マクマオン侯爵家の領地に引き籠ることにした。
馬車で領地まで移動する。同行するのはイリスと、ヴィンランド王国にも連れて行ったリアムという護衛騎士だ。二人ともアリゼが死ぬとき一緒に居た。イリスは泣いて、リアムは後悔で今にも死なんばかりの様相だった。
二人にまた会えて良かったと思う。やり直せて。
馬を替えるために、街道の途中にある駅逓(ステーション)に寄った。
王都の近くの領地は街道も整備され、駅逓も大きく宿に泊まると、広場で芝居を催していた。泊り客は宿のベランダから身を乗り出して見ている。
「近頃、売り出してきた作家の戯曲だそうです、お嬢様」
芝居はよくある恋愛もので、その後、歌や踊りを披露した。
「あの役者も売り出し中だそうです。ここは王都の近くなのでかなり売れてきた作家とか、役者が出るんですよ」
「そうなの」
賑やかな駅逓だ。でも、もう少し、魔道灯があれば。
劇と駅逓を見ている内に、前回の魔道具のことを思い出した。
前に作っていた。もう一度作ってみようか、まだ覚えているし。
領地に魔道灯を──。
魔道灯は魔物を追い払う。街道を整備して、魔道灯で明るくすれば。
そうだ、馬車の駅を作って、替え馬を置いて、宿屋と劇場を置いて、乗合馬車を誘致して──。
駅逓にその地の特産品を置いて、広場を作って、お芝居、歌、ダンス──。
ああ……、フランソワ王太子と踊ったダンス。羽が生えたように身体が軽くて、風を切ってどこまでも飛んで行けそうだった。
一度しか踊っていないのに、身体が覚えている。死んだのに──。
アリゼが領地に引っ込んで3年経った頃、フランソワ王太子が視察に来た。
「面白いことをやっているようだな」
「殿下……」
「どうして逃げる」
フランソワ王太子はアリゼが領地に引き籠ったことを咎める。
「あなたは私を殺すの。何度も浮気して、他の女が好きなくせに」
「浮気なんかしない」
「私は死んで血の海に横たわるのよ」
「そんなことはさせない」
王太子に詰め寄られてアリゼは思ったことをぶちまける。
「来ないで。私はあなたなんか好きじゃない。私は恥ずかしがり屋なだけよ。誤解しないで」
「誤解なのか、本当に?」
アリゼの瞳から涙が転がり落ちる。首だけを横に振る。
この人の前でまた血を流して死んだらどうしよう。この、恐怖に苛まれる心をどうしよう。怖くて震える身体をどうしよう。
王太子は立ち止まり、アリゼの目の前で、おもむろに短剣を取り出す。
また、この人の前で死ぬの? 血の海に倒れて。
王子はその刃を自分の首に当てた。アリゼの絶叫。血の海に倒れ伏す王子。
いや、どうして!
どうして……?
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