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05 あなたには王冠が似合う
しおりを挟む一体どのくらいの時間その場に佇んでいたのか。
「姉様」
振り向くとユージーンがいた。
「ユージーン」
ユージーンはわたくしの指さすそこに人影を認めた。
「誰だ」
わたくしを庇ってガラスを見て周りを見る。ガラスに映った影はフッと掻き消すようにいなくなった。
「待て、あなたは誰だ」
追いかけようとするユージーンの身体をわたくしは抱き止めた。
「あれは……」
声はひどく掠れて、振り向いてわたくしの身体を抱き締める手は少し震えていた。
わたくしはあの幽鬼のような男の言った言葉を、ユージーンに告げなかった。
ユージーンはわたくしの部屋を変えた。時々屋敷に来ては、前にわたくしが居たあの幽鬼のような男の出た部屋に行っていたようで、朝になって、わたくしの部屋に来て、朝食を一緒にとって帰って行く。
相変わらずわたくしの手首には腕輪と鎖が付いていて、拗ねて「これを外して」と言っても、何を言っているんだと言わんばかりの顔をして、当然のように首を横に振る。
◇◇
そんなある日、ユージーンがこの別邸に来て、わたくしとアレックス王太子殿下の婚約が解消になったと告げた。もう、王立学院の卒業式を目前に控えていた。
わたくしが王太子殿下の女性関係に嫌気がさして毒を飲んだという噂が王立学院に広まっていた。そのまま体調が戻らずに静養しているわたくしに王家は業を煮やして、婚約者から降ろすことにしたらしい。
「残念だったな」
「まあ、何を言うの」
これ以上余計なことを言う気もなくて、歩いて部屋を出ようとしたわたくしはユージーンに捕まって抱き上げられた。
「何をするの」
「まだ十分に体調が戻っていないだろ」
そのまま危なげもなく運ばれて馬車に乗り、別邸を出て公爵邸に戻った。
お屋敷に帰ると、懐かしいお父様とお母様が二人して出迎えてくれる。
「無事だったか」
「まあ、オリビア。元気そうになって」
三人で抱き合った。涙がぽろぽろ転がり落ちる。
応接間に行って、人払いをして話す。
「あなたのことは侍女から知らせを受けておりました」
「この馬鹿が場所を言わないから、何かあったらどうしてくれようかと思っていた」
お父様に睨まれてユージーンは首をすくめる。
「それじゃお許しは……」
「許すわけがない」
「行き遅れになりますよ」
「そうなってから考えてもよいのだぞ」
お父様がユージーンを脅している。
王家からわたくしに、お見舞いやら参上の要請やらがあったらしいが、何しろ王太子アレックス自身が現場を見ているのだ。
部屋に倒れて息もしていない私を見て彼は吐いたらしい。しばらく夢でうなされているとユージーンやウィリアムが聞いている。
「案外繊細な奴だ」と言うユージーンは「お前が言うな」とお父様に窘められている。
あの時目が合って、可笑しくなって笑ったら殿下はもの凄い叫び声を上げたし、もしかしたらわたくしの所為かもしれない。
「薬は一時的に仮死状態にするものだ。けど、俺だって心配だった。生き返ってよかった」
「全く何てことを──」
「あんな奴に、絶対渡したくなかったんだ。それに薬は自分で試したから、でも不安だったけど……」
「飲んだのか」
「はい……」
お父様は深い溜め息を吐く。
「それで許されると思ったら大間違いだぞ」
「ユージーンもあの薬を飲んだの?」
「当たり前だ。お前に変なものを飲ませられないだろう。俺が飲んでも生き返ったから渡したんだ」
この自分勝手で横柄な弟が涙ぐんでいる。
「本当に飲むとは思わなかった」
「ユージーンは幽霊にならなかったの?」
「は?」
わたくしが幽霊になって学校をうろうろしたことを言ったら、みんなが一様に呆れた顔をする。
「幽霊じゃなくて生霊だろう、まったく」
「なんてことを、もうそんなことをしては駄目ですよ」
「あっちに行ってしまったらどうするんだ」
みんなから懇々とお説教をされた。面白かったのに。
◇◇
公爵邸に帰っても、しばらくは静養が必要だとみんながいう。みんなとても過保護だと思う。一番過保護なのはユージーンだ。庭園のガゼボでのんびり寛いでいるとブランケットを持ってやってくる。わたくしにそっとブランケットを掛けてすぐそばに座る。
番犬のようだけれど少し違う。まるで王者のように、これは自分のモノだと周りを睥睨しているのだ。
わたくしが静養している間に、事態が思わぬ方へ行った。
アレックス殿下をめぐって女たちが争い、毒やら薬やらを持ち出し、とうとう殿下が間違えて毒殺されてしまったのだ。
彼の飲んだ毒はわたくしが飲んだモノと違って生き返りはしなかった
国王には二人の子供がいたけれど、姉君は他国に嫁いでいた。アレックス殿下が死んで、国王の子供はいなくなった。国王と王妃はすっかり老け込んでしまった。
ユージーンの父は前国王と側妃との間の子供だった。彼は公爵位と魔の森のある領地を賜り、よく治めていたという。だが王都に行く途中、妻共々事故に遭って死んだ。
真に疑わしい事故であった。誰も残されたユージーンを引き取ろうとせず、遠縁にあたるロクスバラ公爵が引き取った。しかし、ゆくゆくは一人娘と娶わせてもよいという公爵の善意を、王家は猜疑心と不快の目で踏み躙った。
王家はユージーンからわたくしを取り上げ、王妃教育という名の虐め、体罰、暴言、讒言等でいびり倒したのだ。
ユージーンは王家の跡継ぎ候補のひとりとなったが、まだロクスバラ公爵邸にいる。わたくしはユージーンと婚約した。学院には家から課題を提出して卒業した。
「ユージーン殿下と呼ぶの?」
「止めてくれ、王位継承権も返上しようと思う」
「あら何故? ユージーンは王に相応しいと思うわ」
ユージーンは驚いたようにわたくしを見た。そしてゆっくりと笑った。
おしまい
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