やり直しヒロインは恋が出来ない

拓海のり

文字の大きさ
9 / 9

9

しおりを挟む
ボートハウスで一夜を明かした私たちは、そのまま別荘を出発して父の領地に寄った。父は私が連れ帰った男を見て目を丸くしたけれど、ナジュドの話を聞いて目を輝かせた。しばらく執務室で二人で話をした後「結婚を許す」と言う。

いや、プロポーズも何もそんな話は一言も言っていない、聞いていない。どうせ何番目かのお妃か側室にでもなれと言うんだろうと思ってチロリとナジュドを横目で睨んだけれど、彼は嬉しそうに私の頭を撫でただけだ。

既成事実があるからもうどうしようもないんだし、もらってくれるだけでもありがたいのか? それとも、ゲームオーバーになるのかしら。

私は一緒に彼の国に渡ったけれど、ゲームオーバーにならなかった。


ナジュドは何とファッハール王国の第三王子だった。お妃とか側室とか出た時点で疑うべきだったのだ。やっぱり私はどこか抜けている。
王族なんてどうしようと思ったけれど、ナジュドには婚約者なんか居なかったし、父君の国王陛下は私を歓迎してくれた。

彼は未婚で、お妃も側室もいなかった。
私はナジュドと結婚してナジュドの宮殿に君臨してしまった。
「嘘つき」
ちょっと睨むと、引き寄せて頬にキスをして囁く。
「こんな嘘なら嬉しいだろう」
「まあ」
私のゲームは終わったのだ。


私たちはファッハール王国で盛大な結婚式を挙げた。
ミシェルとコーデリアは私たちの結婚式に出席してくれた。
そしてもちろん、二人の結婚式に私たちは出席した。

ミシェルの結婚式に行った時、エドウィン王太子殿下に会った。私をしばらくじっと見ていた殿下は、隣に寄り添うナジュドに気が付くと歯噛みをして悔しそうに睨んだ。
殿下は一緒に来たはずの王太子妃となったアルヴィナではなく、ピンクの髪に胸の大きなどこかの伯爵夫人を腕にぶら下げていた。

しばらくして声をかけて来たのは王太子妃アルヴィナだった。
「おめでとうございますって言えばいいのかしら」
「あら、こちらこそお祝いを申し上げますわ」
黒髪を結いあげて相変わらず美しい。気位も高い。顔をツンと反らせて言う。
「あなたじゃなければどなたでもいいのよ」
それはどういう意味なのか、彼女は扇子を広げて口元を隠すと背を向けてスタスタと行ってしまった。アルヴィナの気持ちは私には分からない。

「私は浮気は嫌だわ」
隣の男を見上げる。
「本気もイヤ」
「浮気はしない、本気はお前だけだ」
ナジュドがそう言ってくれるので顔がにこりとなる私はちょろインだ。

騎士団長子息ジェイラス・グラッドストンにはあれから会った事はない。噂で結婚したとか離婚したとか聞いたが。

ミシェルは新婚旅行に私たちの所に遊びに来てくれたし、コーデリアは仕事と称してちょくちょく遊びに来た。

彼の国で魔石の大きな鉱脈が発見された。太古の魔物が残した魔石、それはもう莫大な量だという。私の父も兄もこの国に来てナジュドを手伝っている。

私は相変わらず何も考えずに「魔石って液体になったり、気体になったりしないの」とか「海水を半透膜でろ過して淡水化するのよ。スライムが使えないかしら」とか「運河を作るべきよ」とか頭に浮かんだことをポロポロと突然言い出してナジュドの仕事を増やしている。


そしてヒロインはいつまでも幸せに暮らしましたとさ──。



  ***




ナジュドは送られてきた絵姿を見て呟いた。
「どうせ5割増しに修整しているんだろう?」
熱い砂の台地から帰って来たところだ。

ナジュドが自分の宮殿に帰って来たのは2か月ぶりだ。
井戸を掘っていたら魔石が発見された。それもかなり良質の魔石だ。魔力を内包した魔石の外側に幾つもの外殻があって魔力が漏出するのを防いでいる。地に埋もれた魔石は劣化しにくい。
ダンジョンで魔石が出る所以である。
それでも経年劣化は避けられないが、この包み込むような外殻のお陰でほとんど劣化していない。

昔、この辺りには巨大な魔物の巣があったという、もはやおとぎ話レベルの話がある。魔物の巣は何かの地殻変動か、勇者が現れて退治したのか、とにかく今は失われて人の住まう場所と熱砂とになっている。

探せばまだ見つかるだろうか。発見された魔石の周り四方には塵のような魔石が散らばるだけで特定できない。
台地は広い。むやみやたらと掘り返して奇跡を願うより調査して特定した方がいい。だがいまだ弱小貧乏な我が国では賄えない莫大な準備資金がいる。

 どこと手を組むか。それが問題だ。
 そんな時に誘うようなこの絵姿だ。

気になることがあった。かの王国で元ダンジョン跡から魔石が見つかったという論文が発表されたというのだ。それは無視され瞬く間に他の論文によって埋まってしまったが、この令嬢はその関係者らしい。会ってみる価値はあるだろう。

エサに食いついて当たりであれば、この身を差し出しても良い。幸いナジュドはまだ独り身なのだから。コーデリアが絵姿を送って来たのは、そういう意味なのだろう。

 そしてナジュドは出会ったのだ。
 自分のただ一人の女神に──。

 ナジュドはひと目で恋に落ちた。

プラチナに淡くピンクが乗った髪が緩く流れ落ちている。顔を上げると瞳は得難いアイスブルー。5割増しどころか絵の方が劣化版じゃないか。
生来の赤い唇から紡がれる声は柔らかいメゾソプラノで耳に心地よい。

だが、外見だけではないのだ。
魔石の話だけでも彼女の知性を感じる。そして運命に抗うようなその瞳──。

幸運の女神が沢山のエサを持って自分の前に舞い降りたのだ。そして、彼女の価値が分かるのはナジュドだけなのだ。

コーデリアの鼻も捨てたもんじゃない。こちらの欲しい物を嗅ぎ分ける。
そして儲け話も嗅ぎ付ける。

大規模な調査の結果、魔石の鉱脈が発見された。
太古の魔石が我が大地の地中に眠っている。
ヘディは我が女神だ。失えない奇跡。



  終


しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

kokekokko
2022.12.30 kokekokko

面白かったです!何度か転生してーとか、生き返りがーと言うのは読んだことありますが、実際ゲームオーバーって出ちゃうって。。(笑)脇の人々の詳細話なんかももっとあって長くても楽しめそうでした!

2023.01.04 拓海のり

感想をありがとうございます! 自分がゲーム脳なのでこんなことに、いや、痛いのいやというか。

解除

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

氷の公爵さまが何故か私を追いかけてくる

アキナヌカ
恋愛
私は馬車ごと崖から転落した公爵さまを助けた、そうしたら私は公爵様に俺の嫁だと言って追われることになった。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。