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三章 聖女見習いアデリナの事情
26 聖女と戦闘
しおりを挟む宗主カルロ・マデルノは聖女ジュヌヴィエーヴに連れられて、イスニ真教国の都市のひとつに来ていた。
「こ、これは何だ!」
空に輝く巨大なスクリーン。
そこに映し出された映像はとんでもないモノであった。
聖女と自分の痴態と、逆さ吊りの聖女見習いの死体。
『この子はあまり良くないわ。今度は金髪のあの子がいいわ……』
『……アレはゲルハールトが執心しておるが……』
『ふふ……まあ、抜け目のない下衆が。ベッドに並べたいのかしら』
あの時のセリフまでが、風に乗ってはっきりと伝わってくる。
街の住民は呆然としている。
やがて誰かが叫ぶ。
「あいつが、あいつが何で──」
画面を指さして絶叫する。
「俺んとこも帰って来なかったが、まさか──」
「きゃああーー、人殺しーーー!」
住民がパニックを起こす。
「わあああーーー!! なんてことだ。私は、もうお仕舞だ。破滅だ」
「何を言っているの、兵を早く──」
「全部バレた。もはや逃げる以外にない」
宗主は聖女に背を向けイライラと命令を下す。
「早く離宮の別邸に連れて行け。財産をすべて持ち出すのだ」
聖女が黙っているのを見て叱り飛ばす。
「何をしている、早くしろ!」
聖女は腕を組んで男を見ていたが、やがて赤い唇の口角をあげて笑う。
「そうか、ならもうお前に用はない」
怪訝に思って振り返った男に手を伸ばす。
「望み通り、破滅しておしまい!」
「うわあああーーーー」
◇◇
「よくもやってくれたわねえ、ノア」
白銀の髪、金の瞳の美女。
聖女ジュヌヴィエーヴが私たちの前に立ち塞がった。
場所は最後の都市でのスクリーン公開を終え、一息ついた森の中だった。
大活躍をしたミモは疲れて私の陰に入った。
「ああ、ミモが、どうしたの? 消えたの?」
慌てふためく私にノアが教えてくれた。
「また力が戻ったら出て来るよ」
「そうなの? ごめんなさいね。こき使っちゃって」
半泣きで詫びを入れる私を見守る面々。
すでに日は落ちかけて黄昏時、
一同集まって、取り敢えずお茶でもと思った矢先である。
夕陽を背にまっすぐに立つ聖女の白銀の髪は赤い日に染まって、暗い顔の中で金の瞳だけがギラリと光る。
怖気を震うのに十分な姿であった。
「ノア、きさまわたくしに逆らいおって」
ジュヌヴィエーヴはノアを睨み憎々し気に吐き捨てる。
「え、知り合いなの?」
びっくりしてノアを見る。
「おいらの組頭だ。おいらが田舎にいたら呼び寄せて手伝わされた」
どうもノアの上司らしいが。組頭って何? 槍隊とか鉄砲隊とかの隊長みたいなものだろうか。
「半魔のお前を引き上げてやったのだ。感謝しても罰は当たるまい」
「おいら田舎でのんびりする方がいい。でもまあ、メリーに会えて良かったけど」
「ほうれ見ろ、わたくしのお陰じゃ」
「人の手柄、横取りすんない」
「ねえ、メリー、あいつら魔族だよ」
側にいたアルトが小さな声で言う。
「魔族……?」
かつてこの世界には魔族がいた。エルフも竜人も獣人もいたという。
しかし彼らは能力が高くて長命の所為か繁殖力が低くて、いつの間にか数を減じていった。現在は彼らの隠れ里が何処かにあるという認識でしかない。
「お前などは半端な半魔、わたくしの半分も魔力がないくせに」
「これで十分だよ!」
「寿命も短くて弱い、人と魔族のハーフの半魔のくせに」
「人と生きるには、アンタみたいな魔族よりマシだよー」
「半魔が言いおって」
ノアとジュヌヴィエーヴの言い合いをボケらと見る。
魔族とか半魔とか言っても見分けがつかない。
どちらも美人だし、ただの言い合いにしか見えないんだけど。
「もうあの国にはいられぬ。彼奴らはどうせ、わたくしの所為にするだろう」
「宗主様はどうしたの?」
あの、人を馬鹿にして、何があっても鼻で笑ってそうなオジさんは?
「あいつは食って来た。お前たちも食ってやろう」
「魔族って人を食べるの?」
ちょっとびっくりだ。
「おいらは食べないよ!」
魔族って力が強いから、裏切ったらあっさりぶっ殺しちゃうんだな。
いったん引いて、仕切り直しとか潜伏とかしないのかな。
どうしようコイツ、眠らせてもダメかな。
「さあ、聖女をお出し。聖女の血は美味しいのだ」
「スヴェン!」
アデリナは悲鳴を上げてスヴェンに縋り付く。
「大丈夫です、俺がお守りします」
アデリナはスヴェンに任せた。
「ノア、卵は?」
まだ孵ってないのかな。ドラゴンとか強そうだけど拙いかな。
「まだダメだよ。こいつに食べられちゃうよ」
「そうなの」
どうしようこんなの。何か強そうだし。
「あの白い豹リーンは?」
「卵についてる。他は弱っちいのしかいねえ」
ノアは剣を抜いた。
オクターヴとスヴェンも剣を抜く。アルトはクロスボウを構える。アデリナは少し後ろに下がってみんなに結界を張る。
私って役立たずだな。
しかし落ち込んでいる暇は無かった。
聖女の手が節くれだって爪が伸びて、牙が生えて角まで出て、その伸びた爪を不意にアデリナの上に伸ばして来るのだ。
「氷!」
「キン!」
私は人より少しだけ素早い。だから馬車の中でも爆発物を投げてシールドを張ることが出来た。一歩だ、たったの一歩だけど、その差は案外大きい。
ただ聖女の爪を弾いたけれど私の力は弱い。受け流すだけで精一杯だ。
みんなの攻撃が集まって、聖女は身を躱して一歩引くしかなかった。
「おのれ!」
「くそう!」
「まだまだ」
剣戟が響く。ノアもオクターヴもスヴェンも強い。だけど聖女様は魔族だった。三人を相手にびくともしない。隙を見せればこちらに手を出してくる。
「アルト、雷撃しよう」
私に出来るっていったらこれだけだ。
「わかった」
『アクア』
水を聖女だけに絡ませる。
『雷撃!』
バリバリバリチュドーーーン!!!!
おお、前より威力が上がっている。
「ククク……、効かぬのう」
赤い日の名残りの中、スラリと立った聖女は不死身なのか。
「魔法が効かないの?」
死なない。不死身なの?
「まだやる気?」
強がって聞いた。
「逃がすものか、お前らすべて喰ろうてくれようぞ」
金の目を光らせて言う。まるで魔王みたいに凶悪化しているし。
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