異世界転移したら断罪の現場でした。頼る人が婚約破棄した王子しかいません

拓海のり

文字の大きさ
26 / 70
五章 離宮にて

20 西の森離宮まで

しおりを挟む

 状況を整理してみよう。
 梨奈は国王陛下からの預かりモノで、
 クリスティアン王子は謹慎中で、
 隣の国ブルグンド帝国とは一触即発で──。

 指で数えていると、クリス殿下の横槍が入った。
「違うな。お前は私のものだ」
 亭主関白になるつもりか。関白王子と命名しよう。
 二人は西の森を移動中である。季節は初夏だが、こちらには梅雨は無いようで、天気はよく、風はさやさやとうららかな気候で森の散歩には丁度良い。

「何か他に言う事はないんですか?」
「さっきから何だ」
 梨奈はポリポリと頭を掻く。クリス王子は何となく機嫌が悪い感じだ。
「んーー、まあいいか」
 こういう時は触らぬ神に祟りなしだ。

 のんびり歩いている梨奈の横を、可愛いエルフの子供が歩いている。ジェリーは、元はスライムというお馴染みの魔物だ。
「この森にジェリーのお仲間っているの?」
『仲間ー?』
「スライムとか、スライム以外の魔物とか」
『んー、此処には小さいのしかいない―』
「小さいのがいるの?」
『いるけどー、隠れて出て来ないー』
「森には魔素が満ちている。だから魔物がいる。魔素は霧のように、濃くなったり薄くなったりして流れている。濃い所には魔素を求めて強い魔物が来る。魔領の魔素は濃いから、魔物も強くなる。人も魔族でないと直ぐにやられる」
 梨奈は何となく生命の循環みたいなものを思い浮かべる。
『小さいのは森の死骸を食べるのー』
「なるほど」
「たまにジェリーみたいに強くなる魔物がいる。この森は王都から近いから、時々騎士団が討伐に出る」
「へー」

 魔領の空気は濃密だった。酸素というかオゾンというかそういう感じなんだろうか。見回していると足元の木の根に躓いた。クリス王子が難なく支えて、そのまま手を掴んで歩き出す。
「リナ」
「はい」
「私では不服か」
「え、別に不服とかないですよ」
「王になれなくても?」
「こうやってのんびりできた方がいいですよ」
「そうか」
「あ、でも、私でいいの?」
 この世界の事を何も知らない、末はクマかゴリラになるかも分からない、ぽっと出の梨奈でいいのだろうか。仮にも王子様であれば、貴族令嬢が選り取り見取りだろうに。
「お前がいい」
 変わらないクリス殿下の返事に、梨奈の頬が少し染まる。

 ジェリーが楽しそうにふたりの周りを飛び跳ねる。
 ピンクの梨奈の中華風の衣装と王子の青い衣装が木々の間で揺れる。
 クリス王子が梨奈を引き寄せて腕の中に抱き込んだ。
「リナ……」
 殿下は腕の中の梨奈を見て、顔を顰めた。
「ダメだ。この衣裳ではいやだ」
 手を掴んで歩き出した。
「早く離宮に行こう」
 何がイヤなのか、気まぐれ王子だろうか。

 でもこの散歩は悪くない。元の世界からこちらに来たのは六月だった。こちらの方が少し肌寒いと感じたけれど、森の中は花が咲いて空気が香しく気持ちが良い。


 ふたりが西の森の離宮に向かって歩いていると、知らせが行っていたのか、馬車と騎馬が迎えに来た。
「クリスティアン殿下! ご無事で」
 一番に馬で駆け付けた騎士見習いのジョサイアが、殿下の元に駆け寄る。
 その後から三人、騎馬でバラバラと駆けつけた。
「スチュアート、フォルカー。無事だったか」
「はい」
「ご心配を」
 スチュアートは宰相のご子息。フォルカーは公爵家のご子息で、殿下と又従兄弟にあたられるという。

 殿下の取り巻きは、魅了が解けたようだ。
 取り巻き以外にも魅了にかかった人がいたらしいが、
「ジェリー、食べた?」
『食べてないー』
 皆さんが変な顔をしている。説明がとても難しい。
「リナの従魔だ。気にしないよう」
 殿下が簡単に説明してしまった。

「リナ様、ご無事でよかったです。こちらはジェリーですか?」
 訳知り顔のシドニーが頭を下げる。
「そうなの。可愛いでしょ」
 今のジェリーは淡いグリーンの髪、グリーンの瞳の可愛いエルフの子供になっている。中身、人食いスライムだけど。
「殿下、こちらのご令嬢は」
 スチュアートが聞く。宰相候補は何でも把握しておきたいようだ。
「リナだ。先に、離宮に行って着替えをしたい」
「なんで?」って聞いたが無視されて、馬車に乗せられてしまった。



 馬車が離宮に着くと、大勢の使用人が出迎えてくれて、顔が引きつった。今までずっと殿下と二人っきりだったので、どうしたらいいか分からない。
 笑えばいいのか、ツンと澄ませばいいのか。
 何だかみんなの目が冷たいような気がするし。
 もしかして、魅了したヒロインとか思われているんじゃないだろうか。怖い。

 クリス殿下は一人の女性を呼んだ。
「ミランダだ。君の侍女だ」
「よろしくお願いします。お嬢様」
 頭の良さそうな、二十歳くらいの赤毛のお姉さんだ。
「梨奈です。こちらこそ、よろしくお願いします」
 とりあえず、普通にぺこりと頭を下げる。

「私の大切な人だ。リナは最近異国から来た、こちらの事は何も知らないんだ。大変だと思うが、無礼のないよう心して仕えて欲しい」
 使用人にそう言うとクリス殿下は梨奈をミランダに預けた。
「じゃあ、着替えておいで」
「はい、ジェリー」
『はーいー』
「あの、こちらは?」
「ああ、ジェリーはリナの従魔だから気にしなくていい」
「はい」
 ジェリーは、今はどう見ても可愛いエルフに見える。


 この離宮もなかなかどうして広くて、一人だときっと迷子になるだろう。
 ミランダに案内されて部屋に着く。
「こちらがお嬢様のお部屋でございます。殿下のお部屋はお隣になっております。中で続いております」
 続き部屋なんだな。まあ離れた部屋の方が不安ではある。それにしてもお嬢様って何かイヤ。ガラじゃないというか。
「ミランダさん、梨奈と名前で呼んで下さい」
「はい、失礼しました。ではリナ様と、お呼びいたします。私の事は呼び捨てでお願いします」
「はあ」

 広い部屋だった。天井にはシャンデリア、壁は鏡と絵画、窓の側にはライティングビューロー、もれなく暖炉があって、ソファセットと、テーブルセット。入ってきたドアの他に、右と左にドアがある。
「あちらが殿下のお部屋でございます」
 じゃあ反対側は。
「こちらは化粧室、あちらが衣装室、ミニキッチン、浴室、トイレ、洗面所がございます」
 まるで宮殿見学ツアーに来た、外国人旅行者みたいな気分だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~

ばいむ
ファンタジー
10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~ 大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。 話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。 説明口調から対話形式を増加。 伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など) 別視点内容の追加。 剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。 高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。 特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。 冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。 2021/06/27 無事に完結しました。 2021/09/10 後日談の追加を開始 2022/02/18 後日談完結しました。 2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...